第11話【介入】

『本署から各員、至急、以下のバイクを緊急手配をされたし。ナンバー、×××―××××。車種はカワサキ ZRX1200 DAEG。 バイクに乗る女は男性変死事件の重要参考人。危険につき、総員発砲を許可。繰り返す。本署から……』





†††††




「あぁ? なんだコリャ……」


 車に戻った哲が聞いた無線。その内容に訝しげに表情を歪める。

 手配無線で発砲許可が異常であるし、そもそも“容疑者”ではなく“参考人”だ。危険があるかどうかなど、判断がつく筈がない。

 支離滅裂とも言える命令に、哲は携帯を手にした。細かな傷が大量についた折り畳式の古めかしい携帯は、電話だけできれば良いという理由で既に七年使っている物だ。発信の相手は昼前に話した若手だ。


「おう、海斗か。この訳のわからねぇ無線は何の騒ぎだ?」

『先輩! それがよく分からないんです! 本庁からの指示だとかなんとか……』

「馬鹿野郎、何でウチの管轄のヤマに本店の馬鹿どもがチャチャ入れてくるんだよ。今朝は何にも言ってなかったじゃねぇか」

『知らないですよ!』


 チッと舌打ち。嫌な予感がする。禄でもないことが起きそうな、胸糞の悪い予感が。


「俺も動く。お前も直ぐ出ろ。最低でも二人一組ツーマンセルだ。誰もいねぇなら俺と合流するまでこの無線には関わるな! 分かったな?!」

『でも先輩、お墓参りは……』

「もう終わった! 直ぐ戻る」


 そこまで言うと一方的に電話を切り、乱暴にドアを閉める。


「インユエ……あんたなのか……? 」


 エンジンをかけアクセルを踏みながら苛立たしげに呟くが、次の瞬間には哲の表情が更に曇る事になる。


『こちら六号車。手配車両を発見。参考人の女性は呼びかけに応じず逃走中。至急応援を要請。現在昭和通りを北に向かって……』


 ──糞が!


 内心毒づいた哲は車上に赤色灯を設置。けたたましくサイレンを鳴らしながら手配車両とのチェイスが行われているであろう場所へと急いだ。




†††††




『そこのバイク! 止まりなさい!!』


 拡声器越しの声を無視してインユエはアクセルを吹かした。

 設置されたバリケードなど目に入らないと言わんばかりに猛スピードで突っ込む。けたたましい轟音を上げながらバリケードを蹴散らし、その後ろから数台の警察車両が猛然と後を追う。

 白昼のカーチェイスに閑静な街がざわめいていた。

 警官たちは銃を構えるが発砲ができない。実戦経験の少なさもあるが、何より問題のバイクが走るルートが問題だった。あのバイクは、無闇に発砲できないよう、敢えて人目につくように走っているのだ。


「クソッ、何をしている!」


 警官隊の指揮を摂っていた男が苦虫を潰したような顔で吠えた。

 バイクの逃走は更に続く。

 しばらくして、痺れを切らした警官の一人が発砲した。それを皮切りに後方の車両から数度に渡る発砲がされるが、命中には至らない。


「バリケードは駄目だ! 車両を使え! これ以上好きにさせるな!」


 車両課無線に怒鳴りつける。


「何としてでも止めろ! 発砲許可があるのに何故もっと撃たん! 威嚇射撃じゃなくて構わんのだぞ!」

『無理です! これ以上は市民に被害が!』


 返ってきた部下の言葉に苛立ちが募る。


 ──役立たずがっ!


 内心吐き捨てながらダッシュボードの上に拳を叩きつけた。




†††††




(警察の介入なんて面倒な事になったわね。哲君かしら? いえ、きっと違うわね)


 誰にも知られぬフルフェイスの中で、インユエは苦笑していた。


(頼もしくなったとは思うけど、の独断でこんなに大騒ぎを起こせるほど偉いさんには見えなかったし)


 そんな事を考えながら、後ろから飛んでくる銃弾を気にも止めない。当たればかすっただけでもバイクのバランスを崩し致命傷になりかねない。そんな状況下でも恐怖や怯えは微塵もなかった。それは、死せぬ者独特の感性からか。


(でも、ちょっとマズい、かな? このままじゃ車に囲まれちゃう)


 インユエには見えていた。

 警察車両が徐々に包囲網を縮めているのを。人ならざる者の特殊な知覚が、常人が知り得ぬ筈の広範囲の情報を正確に捉えている。


(お巡りさんを引き連れて乗り込むわけにもいかないし……ひと暴れしなきゃ仕方ないわね……)


 大きく溜め息をひとつ。

 同時にブレーキに力を込めた。優に時速百キロを越えていた車体が凄まじい悲鳴をあげて急制動を起こす。慣性が生み出す破壊的なエネルギー。インユエは神懸かり的なハンドルコントロールで車体を反転ターンさせることで強引にそれをねじ伏せた。

 唐突な行為に後方から迫っていた数台の反応が遅れ、インユエを避けるように脇をすり抜け歩道に突っ込んだ。直後に、インユエが背を向けた交差点に左右から警察車両が侵入してくる。


『動くなっ!』


 遅れて到着した車両が退路を塞ぎ、警官がスピーカー越しに叫んだ。ぞろぞろと警官隊が車両から降りてくる。手には拳銃ハンド・ガンを構え、その銃口の全てがインユエを捉えていた。

 束の間走る、緊張と静寂。


 ドッドッドッドッ……


 低く唸るようなエンジン音だけが、その場に響く。

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