有料彼氏

蜜缶(みかん)

前編

DVD、CD、漫画、車…

色々なものがお金を払って借りられる今の世の中で、最近彼氏も借りられるようになったらしい。


そんな話をTVで見たもんだから、彼氏いない歴=年齢の平凡なゲイであるオレは「そんなサービスがあるのか!」とすぐさまネットで調べてみたのだが…残念なことに、彼氏をレンタルするサービスは女性相手にしか行ってないそうだ。

(当たり前か…)

男も女もどーんとこい!って宣伝されててもそれはそれでツッコミたくなるけど…でも同性は一切ダメと言われるのも悲しかった。


今までの人生、異性にも同性にも相手にされたことはなく…告白したことも、されたこともない。

ましてや自分の性癖を誰かに打ち明けたこともなかった。

…だからレンタルだとしても、ほんの数時間だとしても、男相手に恋愛してみたかったのだ。




その日は一旦諦めてパソコンを閉じたが、翌日になっても、翌々日になっても…あのレンタルサービスが気になって仕方がなかった。

そして何日もずっと頭がそのことを占めたので、週末もう1度そのサイトを訪れた。

何度見ても男性は不可である事実は、やっぱり変わらない。


諦め切れずにサイトを読み進めていく中で「彼氏の都合が合わない場合は、キャンセルになる場合がある」という注意事項に目がいった。

人気彼氏になればなるほどその確率は増え、今現在の1番人気彼氏では毎回抽選なあげくに当選倍率は10倍以上だと念押しされていて、そして、思ってしまったのだ。


1番人気の人に人気のある曜日に申し込みをして、それでもし都合が合って一発で決まるようなら…そしたら会いに行こう。


オレは深夜に一人、震える手で申込書に入力をした。

『 武井青 20歳 デートをしたことないので楽しみたいです 』



『 ご連絡ありがとうございます。予約の確定メールが届くまで確定ではありません。彼氏の都合や厳選なる抽選の結果、後日改めてご連絡させて頂きます。数日ほどお時間がかかる場合がございます。 』


予約のメールはちゃんと送信できたらしい。

ほっとしたような、やってしまったような。そんな気持ちで胸をなでおろす。

(しばらくまたこのメールのことが頭を占めそうだ…)

そんな風に思っていると、意外にも、翌日の昼間にもう1通その会社からメールが届いた。


『 ご予約が確定致しました。彼氏:榊原優斗 ●月●日(日)15時~(3時間予定) 交通費・食事代込合計¥54000 銀行振込(前払い)デート代を払って欲しい・プレゼントをして欲しい等別途彼氏に何か購入して欲しいものがある場合はその金額も上乗せして入金をお願いいたします』


「嘘…」

まさかまさかの即決。

しかも1番人気とあって、値段がめっちゃ高かった。

1番人気ってだけで選んだのでよく顔も見ていなかったが、メールに添えられている写真はめっちゃイケメンだ。

(この人と、3時間だけ恋人になれるのか…)

オレはその日のうちになけなしのお金を入金をして、それからは頭は来月のデートのことでいっぱいになった。





そして迎えたデート当日。

地元で会うのは怖かったので東京で会う約束をし、大きな荷物を持って東京へ向かう。

…大きな荷物の中身は、女性用の洋服とウィッグと化粧道具だ。

女性専用のレンタルサービスに堂々と男として行ったらその場で規約違反で帰られてしまうだろうから…だからオレは今日だけ、女装することにしたのだ。


待ち合わせよりもだいぶ早く駅に着き、共用トイレに入って着替えを始める。

黒髪のロングヘアーにすとんとした白地のワンピーの上に青のカーディガン、下にはタイトなズボンを履いて、顔にはこの日のためだけに練習した化粧。

元のつくりが平凡だからどうあがいても美女に変身はできないが、もともと167cmで骨格もわりと華奢だったのが幸いし、なんというか、どこにでもいそうな平凡な女に変身できたと思う。

そしてトイレを出ると着てきた服などはコインロッカーへ預け、約束の場所へと向かった。




(…変じゃないかな)

初デートというだけでもドキドキするというのに、初めての女装に余計にソワソワしながら歩く。

何度も鏡の前で確認したが、それでも人前に出るのは落ち着かない。

人ごみに埋もれても女装だと気づかれる様子はなかったが、男に振りかえられることもなかった。

なるべく人と目を合わさないように、それでも待ち合わせの場所を見逃さないように、慣れない土地で必死で頭をきょろきょろ動かしながら待ち合わせの場所へ向かうと、

(……え?)


待ち合わせ場所になっていた、駅の近くの大きな看板の前に綺麗な男が1人、女性に話しかけられていた。

綺麗なその顔は、オレが間違えないように必死で頭に叩き込んでいた人気NO.1の彼そのもので…実物は、写真以上に凄くカッコよかった。

大きな目にサラサラな茶色い髪の毛、肌は白いのに健康的な感じで、服装だけでなく顔もオーラも凄く清潔感がある。


(…なんでこの人、こんな仕事やってるんだろう。芸能人とか言われても納得するのに…)

そんな風に思いながらも待ち合わせの場所へ近づくが、時計を見るとまだ待ち合わせの30分も前だった。

彼は早く来てくれたのか、それとも話している女性と別の用事をしているのか…そんなことも判断付きかねたので、話しかけることなく少しだけ距離を開けて、約束の時間になるのを待つことにした。



ドキドキしながら遠目で彼を見ていると、女性が話し終えたようで彼の元から去っていき、それを見ていた別の女性がすかさず声をかけに来ていた。

(用事じゃなくてもしかしてナンパなのかな…?流石1番人気)


そんなやり取りがさらに2回ほど行われた後、時計を確認すると約束の15時になっていた。

彼と話していた女性が離れたのを確認し、心臓が破裂しそうなほどドキドキしながらゆっくりと彼に近づき声をかける。

(初っ端で男ってばれませんように…)

「……あの、榊原、優斗さんですよね?武井青です。初めまして、今日はよろしくお願いします」

すると彼は目を真ん丸に見開いてきょとんとした。


「…え?青さんなの?え?さっきからそこにいたよね?何で声かけてくれなかったの?」

「え…?あ、女性と話されてたので…なにか、用事なのかなぁと思いまして…約束の時間まで待ってました」

「え、何それー…もー…オレずっと青さん待ってたのにー!話しかけられる度に青さんかと思って接してたらみんな違うからさー…どうしようかと思ったよー」

「え、そうだったんですか?すみません」

慌てて謝ると彼はニコっと効果音が出そうな勢いで笑った。

遠目では爽やかで少し大人っぽい感じに見えたのに、笑うと急に幼く見えるその顔は、間近で見るには心臓に悪すぎる。


(30分も前から待っててくれたんだ…オレにとってはデートでもこの人にとっては仕事なのに、凄い)

これが人気NO.1の所以なんだろうか。

緊張やらかっこいいやらでドキドキしっぱなしの心臓に左手を当てると、急に彼が顔をぐぃっと近づけてきた。


「…何て呼べばいい?青さん?青ちゃん?あっちゃん?」

「…青がいいです」

「青ね、了解。オレのことは好きに呼んでね」

「じゃあ、優斗でも、いいですか」

「もちろん!じゃ、いこっか」


(…キスされるかと思った)

レンタルの彼氏なんだからそんなことはありえないのに。近すぎた顔が離れていきほっとしていると、急にグィっと右手を取られ、そのまま歩き出される。


「…っ!」

(いきなり恋人つなぎって…!!)

あったかくてオレよりも大きい彼の手を握り返したほうがいいのか分からず、繋がれた場所をガン見していると、

「まずは映画だっけ?」

と何食わぬ顔で話しかけられる。


「は、はい!」

「見たいのとか、もう決まってるの?」

「あ…え、まだです。ここ地元じゃないんで…映画館もどこにあるのかよくわかってなくて…スミマセン」

「そっか。まぁ着いてから考えればいいもんね。最初から決まってるよりそっちの方が楽しいかも。映画館はね、あっちに大きいのあるよ」

今映画何やってたっけなー、と言いながら、彼は笑顔で握った手をブンブンと振った。


(カッコいいと思ってたけど…なんか可愛い?)

くるくると楽しそうに表情を変化させる彼に、緊張しっぱなしだったオレもつられて笑顔になる。

今更になってぎこちなく手を握り返すと、それにこたえるように彼がぎゅっと強く握り返してくれた。




ブンブンと繋いだ手を振ったり、時々肩がぶつかったりしながら歩いていると、道行く女性が彼の方をチラチラ振り向いているのに気付く。

(カッコいいから当然だよな…)

そんなカッコいい人が今自分だけの彼氏なのだと思うと、思わずにやけてしまった。



10分ほど歩くとデパートに到着。

どこが映画館なんだ?と思っていると、この4階フロアが映画館になっているらしい。

オレの地元は小さな映画館が単体であるだけなので、都会の映画館はこんななのかとびっくり。

実際に4階に行ってみると予想外の大きさで、ポップコーンや飲み物が売ってるのさえ初めて見るので、視線をあちこちに動かしていると

「ふふ。何か食べたい物あった?」と笑われ、赤面する。


(田舎者丸出しだったかな…)

「…ポップコーン食べたいです。映画館でこんな沢山売ってるの見るの、初めてで…」

「そっか。味もいっぱいあるから、チケット買ったら選びにいこっか。…まずは映画何見るかだよね。ちょうどいい時間のはどれかな…」

そう言って大きな画面にかわるがわる映し出される上映スケジュールに目を移す。

そんなものさえ見るのが初めてで、どこをどう見ていいのかさえよくわからないでいると、彼はそれに気付いたのか、これから始まりそうなものを読み上げてくれた。


「…15時半から始まるのがアイドルのアニメので…15時45分からのが海外のホラー映画ので、16時05分からのは…なんだろう。聞いたことないヤツだ」

「え…」

(アニメとホラーと…よくわからないけど16時のだと映画終わったら終了予定の18時になっちゃうし…)

だからと言って初デートでホラーはどうかと思うし…それはアニメも同じだ。

どうしようかと答えられずにいると、

「…このアニメんの、今上映中ので1番人気らしいよ。これだったらさ、映画終わった後も時間できるし、アニメにしてみる?オレはホラーも好きだけど…これ2時間以上あるみたい。それか青の見たいのないなら、映画じゃなくて違うことしに行くでもいいんだよ?」

そう優しく微笑まれたので、

「……じゃあ、アニメにしてみよっかな。こういう機会じゃないと、多分見ないし…」

と言うと

「よし、じゃあ決定!」と嫌な顔一つせず即決される。

時間もないのですぐにチケットを買ってそのまま売店へと向かい、飲み物と期間限定のチーズカレー味のポップコーンを買ってもらった。

…買ってもらったと言っても、オレが上乗せして6万円振り込んだからなんだけども。

注文した商品が届くまでの間、彼が笑いをこらえていたのでどうしたのか聞くと、

「ポップコーンの味選ぶのに目輝かせ過ぎでしょ。めっちゃかわいい」と言われた。

…これも彼の仕事なのだろうか。

お世辞の言葉だとしても、馬鹿みたいに心臓が踊った。

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