アルターの異世界日記

んご

第1話 柃の月7日

アルター・エニグマの日記9冊目より抜粋

ひさかきの月7日


早朝、時計をみていないので明確にはわからないが感覚では午前4時ぐらいのことだったと思う。

ベッドの横に誰かが立っている気がして目を開けたのだが誰もいなかった。

しばらくして玄関の方から物音がしたが眠気にまけてそのまま目を閉じた。


朝7時に目を覚まし顔を洗い服を着替える。

朝食を作っている途中で早朝の事を思い出し急に気になり始めた。

コンロの火を止めて玄関を確かめに行くとドアの郵便受けに注文した荷物が入っていた。

自分の間抜けさに嫌気が差した。


キッチンに戻り再び朝食の調理を再開してコーヒーを淹れる。

気分転換に今日のコーヒーはフレーバーを似せただけの偽物ではなく本物の豆を挽いて作られた粉末を使ってコーヒーを淹れる事にした。


食事を済ませ装備を整えて家を出る。

装備と言ってもいつも通り大したことのない物だけだ。

簡単な工具等が入った箱と朝食と一緒に作った昼食用のサンドイッチの入った弁当を入れた背負い袋に弾薬が入ったベルトポーチと玄関に立てかけてあるライフル1丁……。

訂正、大したことないということはなかった、今日はこのライフルを使うから少々物騒かもしれない。


ライフルのスリングベルトを生負い袋と反対側の肩にかけたところでふとこのライフルを作ったときのことを思い出した。


俺は元の世界では兵器工場の設計技師をやっていた、何故この世界に来たのかはわからないが気が付いたら草原のど真ん中に立っていて最初は夢でも見ているのかと思ったものだ。

ふらふらと当てもなく草原の真ん中を通る道を彷徨っていると偶然荷馬車が通りかかった。

今思えばかなりの幸運だったのではないか?

荷馬車の主人クレンさんはふらふらと歩く俺を見つけて荷馬車を止めて声をかけてくれた。

どう見ても肌の色も服装も異国の人間なのだが不思議なことに言葉が通じた。

何故ここにいるのかもわからないと言う状況を話したところ数秒ほど考えたクレンさんはそのまま俺を荷馬車に乗せて街の宿に泊めてくれた。

翌日から行商人のクレンさんに連れられて数日間旅をした。

その間にいろいろと聞いたり途中に寄った街で見聞きして分かったのはどうやら夢ではないらしく、しかもここは異世界らしいということだった。

数日してそう確信した俺はクレンさんにどうやら自分は異世界人らしいということを言うと「やっぱりそうか」と妙に納得したような顔で言われたときは流石に焦ったが話を聞くとこの世界ではよくあることであるらしく決して俺の頭の病気だと思っていたわけではなかった。

クレンさんはよくあると言ったがそれは年に何人も現れるなどと言うことではなく、数十年とか数百年に1度あるかないかぐらいの頻度でたまに異世界の知識を持た人がどこからともなく現れるということらしく、歴史的に有名な人物にもそういう人が居たりするらしい。

だがそう言われてみるとこの世界の違和感のような物にも納得がいった。

なんというか文明のレベルがちぐはぐなのだ、具体的に言えばある特定の分野の薬学だけが異様に発達していたり逆に特定の分野では中世の迷信レベルの医学知識が一般的であったりといった感じだ。

それから数か月クレンさんの仕事を手伝いつつ稼いだ金で自分の知識で何かできないかと、それっぽい道具をそろえて最初にやったのが酒を蒸留してのエタノールの精製だ。

といっても共沸の関係で96%以上の度数に精製するにはペンタンが必要となるのだが残念ながらこの世界で一般的なものではないようで自分でも石油エーテルやガソリンに含まれているのを知っている程度なので入手方法が不明なため無水エタノールまでは作ることができなかった。

それでも消毒用としては十分だ。

そしてこれがバカ売れした、消毒用ではなく飲料としての用途で……。

こうして結構な額の金を手に入れて見事独り立ちを果たした俺はクレンさんの家の横の空き家を購入してある程度の化学薬品を売る便利屋のようなことをして生計を立て近所の人からは錬金術師などと呼ばれている。

まぁこのグラークと呼ばれる世界の科学技術の水準が全体的に低いだけで俺のやっていることなんて大したことではないのだが……そのおかげで食いつなぐことができているのだ文句は言うまい。


そして前置きがかなり長くなってしまったが、次に思いついたのが俺の元の世界での本職であった銃のことだ。

グラークには剣や弓は存在するし製鉄技術もかなり高い様で離れた国からの交易品で刀の様な武器も見たことがあるし俺が元居た世界には無かった(まだ発見されていなかった)金属もあった。

防具と言う面でいえば楯とか皮の鎧に甲冑と言ったところか、こういう物は世界が違ったところで素材や多少の構造が違うだけで基本的にはあまり変わらないみたいだ。

だがやはり科学面での技術が進んでいない分銃はこの世界には存在しなかった。

という訳で思い立ったその日に頭の奥底の記憶を引っ張り出しつつ設計図を書いてみた。

流石に部品点数の多いハンドガンやアサルトライフル、ましてや機関銃なんてものはハードルが高すぎる、作るとしたら部品が少なくて構造が簡素なリボルバー式のハンドガンかボルトアクション式のライフルと言うことで半日ほどかけてリボルバー式のハンドガンとボルトアクションライフルの設計図を書き上げ、作る部品の単純さからボルトアクションライフルを採用した。

翌日銃身やその他の細かい部品の設計図をもって鍛冶屋を訪ねてみたところ数日で作れると言う、心配だった素材のクロムモリブデン鋼も配合比率を伝えたところ材料もそろっていたようで一安心、木工屋に銃床の設計図を持って加工を依頼したら銃本体の心配はなくなった。

なくなったのだが、弾薬の方が一番の難点だった。

弾頭と薬莢の作成は鍛冶屋に依頼したので問題はない、だが肝心の火薬と雷管が問題だ。

銃の設計と作成を依頼したパーツはもちろん金属薬莢方式、ここにきて見栄を張らずにマッチロック式で設計するべきだったか?なんて悩み始めたのだが後の祭りだった。

取り敢えずその日は仕入れたサトウキビから汁を絞ってを精製したり湯煎したりして砂糖を作りつつ火薬のことをを考えて終了

翌日街の市場で火薬の材料を購入する。

硫黄は火山が割と近い所にあるらしく薬屋で医薬品の材料として置いてあって結構安く手に入った。

そしてかなり重要な硝酸カリウム自然に出土するものは硝石と呼ばれるものでアイスクリームの製造や保存食の添加物から発煙筒の発火材まで広く使われるもので火薬においては酸化剤(要は酸素の供給源)として8割近くを占めるのだが、どこかで売っているのかかなり不安だ……。

この硝酸カリウム、出土する場所であればかなり大量の硝石が出土したりするものなのだが出土しない場合は少々特別な方法で生成することができるのでまぁ入手と言う意味ではそう不安な要素はない、ただその少々特別な方法と言うのが問題なのだ。

その方法とは幾つかあるのだが、1つ目は家の床下とかの黒土に暖炉等の熱源で自然に作られた硝石を回収する方法、これは手間はそこまでかからないがある程度の量であれば確保できる程度の方法であり、硝石自体が何十年と時間をかけて生成されるものだから繰り返しの利用はできない。

そしてもう一つが穴に土と蚕の糞とかそば殻とか尿とか煙草の灰とかそういう物をぶち込んで肥料チックなものを作って適度に温めつつたまに混ぜたりしてみんな大好きバクテリアに生成してもらう方法だ。

まぁなんというか作業が精神的につらいし手間もかかかるし硝石を精製できる段階になるまで4、5年はかかるのでこれは最終手段だ。

なんて最悪の事態を想定しつつ薬屋のお姉さんに硝石について心当たりがないか聞いてみると鉱石の採掘所で出土するものの防腐剤程度にしか使い道がないので鉱物店で安く売っているらしい。

薬屋のお姉さんにお礼を言って早速鉱物店で硝石を購入、木材屋で半焼炭を購入して早速家に戻る。

玄関とは逆側にある作業場の入口から作業場に入って準備を整える。

ある程度準備が整ったところで前日に作った砂糖が目に入ったので、濡らした木の棒に砂糖をまぶしてから適当に色付けした砂糖水を入れた小瓶に突っ込んだものを幾つか作って窓辺に放置しておいた。

さて準備も終わった事なので早速火薬を作っていく

作る火薬は褐色火薬、所謂ココアパウダーと呼ばれる火薬である。

といっても作り方は基本的には黒色火薬と同じである、ならなぜ黒色火薬を作らないのかと言うと黒色火薬は日本の火縄銃等で有名な為銃用の火薬と思われがちだが黒色火薬は燃焼速度が速くその反応は燃焼と言うよりも爆轟に近いため火縄銃と違って構造的に隙間がないライフル等の銃は発射時に弾丸と銃身の隙間が無くなりほぼ完全に密閉され銃身内部の圧力が過大になる為あまり銃の火薬には向いていないのだ。

そのため圧力がかかりすぎないように燃焼速度の比較的ゆるやかな火薬が必要なのだが、黒色火薬の木炭を半焼炭に変えた褐色火薬でその問題は割と解決できたりしてしまう。

まず木炭をすり潰してすり潰した硫黄と混ぜて皮張りの容器へ硝酸カリウムを加えてほんの少し水分を入れる。

更に木の棒でしっかりとすり潰した後綿布で包んで鉄板(丁度いいものがなかったので調理用の物で代用した)ではさんで均一に重さがかかるように重りを載せて圧搾した後5mmから1mm前後の粒になるように破砕、あとは温風で乾燥させて出来上がりだ。

次は雷管用の火薬なのだがその前に作らなければいけないものがある。

雷管用の火薬として制作するのは雷酸水銀なのだがその原料に必要なのは水銀、硝酸、エタノールの3つ、水銀は以前温度計を作った時の材料が余っている、エタノールも酒を蒸留したものがある、硝酸はない。

という訳で硝酸を作る。

まずは褐色火薬にも使った硫黄と硝石を使って硫酸を作る。

どうやって作るのかと言えばただ一緒に燃やすだけ、これだけで硫酸が得られる。

そして得た硫酸に硝石を溶かして蒸留すれば硝酸の出来上がりだ。

これで材料はそろったので雷酸水銀もささっと作っていく、と言っても水銀を硝酸に溶かしてエタノールを入れるだけそうしてできた化合物が雷酸水銀だ。


残った材料を見てふと思った。

この材料で無煙火薬つくれるんじゃね…?

まぁ、作れたらそれに越したことはないのだ取り敢えず余った材料で試作する分には問題ないだろう。

という訳で成功するかはわからないが作ってみる。

まず先ほど作った硝酸を濃硝酸にするために蒸留する。

硝酸は69%の水溶液で共沸混合物となるがそこまで濃度が上がっていれば濃硝酸としては十分なので問題ない、同じように硫酸も蒸留して濃硫酸を得る。

材料としてはこの二つとセルロース…と言うか脱脂綿

濃硝酸と濃硫酸の混酸でこの脱脂綿を硝化させてシングルベース無煙火薬のニトロセルロースの出来上がりだ。

まぁ品質は劣悪そのものなので使えるかどうかは実際に試してみないとわからないのだが、全てのパーツが完成するまで1週間程かかる。

翌日からは仕事の合間に各種の火薬を作りったり弾に火薬を籠めるための道具をそれとなく作成しつつ過ごしちょうど1週間、ようやくすべてのパーツがそろった。

一つ一つの部品が設計図通り完璧に作られていて組み上げたライフルは想像以上の出来だった。

元居た世界の物と比較しても遜色のないどころか上物の部類に入る物だ。

それも大量生産品と違って1つ1つのパーツが職人の手で設計図通り仕上げられているのだから当然だろう。

銃本体の出来は上出来だがやはり弾薬の方が不安だ。

自作したローダーで油を塗った薬莢に火薬を入れた雷管を嵌めて褐色火薬を詰めて弾頭を圧入して完成、無煙火薬の弾薬も同様の手順だ。


と言うのが昨日までの話、作った時のことを思い出したなんて書いたけど昨日のことなのでここまで長々と書く必要もなかった気がする。

と言うかこれ昨日のページにも書いたし、まぁここまで書いておいて消すのも何なので残しておいてもいいだろう。



早速試射という訳で街から少し離れた場所で試し打ちをする。

装弾方式はマガジンの制作は少し骨が折れそうなのでチューブ弾倉にしたから装弾数は5発、まずは褐色火薬の弾薬から試す。

銃の扱い自体は試作品の試射をかなりの回数しているので問題はない、ボルトをを引いて前に戻し弾薬を装填する。

ほぼ無風なのを確認して50mほど先にある適当な木を狙ってトリガーを引く、ターンと乾いた発砲音が響いて着弾は…左に少しずれた。

アイアンサイトを少し右寄りに調整してから撃つ、今度は命中したようで木から木片が散っているのが見えた。

銃の弾薬も問題はなさそうだ、次は無煙火薬を試す。

結果は変わらない、だが反動と発射炎が少し少ないかな?

この調子なら無煙火薬の方も問題ないようだこれからは褐色火薬の制作はやめて無煙火薬の弾薬だけ作るか……。


取り敢えず、銃を売るとかそういう話はおいておくとして異世界で生きていく上でかなりの武器を手に入れたのは確かだ比喩的な意味でも物理的な意味でも……やる事は終わったのだし昼食を食べたらさっさと街に戻ることにした。

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