第77話 ブリセイダの決意
今日は特になにごともなく野営地点に到着した。順調すぎたせいで時間も体力も余っていたからか、大勢で焚き火を囲んだ夕食時の会話も、にぎやかなものになった。
話の流れで俺たちのことを聞かれ、事情があってザラとパドマを連れて旅を始めたと話す。
「……と、そういうわけでゼニスにやっと到着したんだ」
細かい所はあいまいに濁して話たが、皆とても面白そうに聞いてくれていた。
「なんと、貴殿はすでにヒュマの軍を撃退していたのか。すごい男だと思っていたが、まさかそこまでとは思ってもいなかったぞ」
「あの時はリョウゾウたちもいたからな。性格はともかく、実力はかなりのやつらだったよ」
この世界をゲームとして知っている者たちは、それを知らない者たちと比べて力の使い方が上手い。
コンボのつなぎ方だけでなく、スキルの応用や装備のシナジー効果など、ゲーム知識が実力を底上げしていた。
俺はゲームに詳しくはなかったが、リョウゾウたちの話からそれらを理解することができる。
パッシブスキルを意識的に使ったりするのも、試行錯誤しているうちに見つけたものだ。
「力の使い方はザラたちにも教えてるから、そっちから聞いた方が分かりやすいと思うぞ」
ゲーム知識をこちらの感覚で説明するのは難しい。彼女たちには以前から話しているから、上手く説明してくれるだろう。
「我は貴殿から直接教えてもらいたいのだがな?」
ブリセイダが肩を組んでくる。近づいた顔から、酒の匂いもする。
「そう言われても、習得するまで付き合う時間はないぞ」
「なに、エルフの人生は長い。時間はいくらでもある」
そういう意味じゃないのだがと言う前に、フィーが身を乗り出してきた。
「ブリセイダさんてグレイさんと距離が近いですよね。そういう趣味でもあるんですか?」
いきなりディスられるとは思っていなかったので、思考が止まる。
フィーは心底不思議そうな顔をしている。同じく疑問符を浮かべたブリセイダの横顔を見て、もしかしたらと思い至った。
「フィー、ブリセイダは女だぞ」
「えっ、そうなんですか??」
「なにっ、気付いていたのか。いつからだ?」
「いつもなにも、最初からだ。ぱっと見で分かったんだが」
ブリセイダはエルフらしく中性的で整った顔立ちをしているが、長年の旅のせいかやや男性的ではある。立ち居振る舞いもそうだが、それはおそらくエルフだから、女性だからという理由の偏見を避けるためだろう。
美形揃いのエルフのパーティーに力強いリーダーがいるとわかれば、礼儀知らずの乱暴者簡単でもに手を出そうとはしないだろう。
そういう努力をしている女性だと、俺は最初から理解していた。改めて考えれば種族的なものかスキルの効果かもしれないが、性別に関しては特に鼻が効いた。
「なんだ、最初から分かっておったなら、そう行ってくれればよかったのだ。それなら変に気を遣う必要もなかったのに。なあ、ザラ?」
「アタシは別にどうでもいいのよ。パドマはそいつの為ならなんでもいいだろうし、後はミミルでしょ?」
「呼んだだか?オラはまだグレイさと一緒にいるべ。だけんどブリセイダさんはちげえんだろ?」
なんだ、なんの話をしているんだ?
「あのー、なんの話をしているんですか?
「……今する話じゃないわね。けっこう時間が経ったし、そろそろお開きにした方がいいんじゃない?」
「んだな。じゃあみんな片付けを始めるベ」
ミミルの号令で全員が動き出す。話を気にしている者がちらほらいたが、蒸し返せる空気ではなくなっていた。
見張りを残してそれぞれが寝床へ散った後、俺のテントにミミルがやってきた。
「フィーアちゃんはもう寝ちまっただよ。話のことはすっかり忘れちまってるようだべさ」
「そうか。それで、結局あれはどういうことなんだ?」
「それは……、あ、来たみたいだべ」
ミミルが入り口を開けると、ブリセイダが立っていた。
いつものかっちりとした装備を全て外して、ひらひらしたうすい布の服を着ている。
「すごいな。いつものカッコイイ姿に見慣れていたせいか、すごく色っぽく見えるぞ」
「そ、そうか。それは良かった。こういうのは着慣れないが、うむ、そう言ってもらえるのなら、着たかいがあるというものだ」
鎧と一緒に凜々しさまで脱ぎ捨ててしまったのか、テントの入り口に立ったまま、なにか言いたそうにもじもじしている。
「そのままじゃ寒いだろ。とりあえず中に入ったらどうだ?」
「う、うむ。ふつつか者だがよろしく頼む」
なんだろう、この流れには
「ブリセイダさんから、グレイさに話があるらしいべ。んだばオラは邪魔せんように、今日はザラさんとこ行くだよ」
頑張るだよと言い置いて、ミミルは行ってしまった。
ブリセイダがすがるような目で見送っていたが、俺も似たような目をしていたと思う。
「それで、そっちで話はついているみたいだけど、俺はよく分かってないんだ。しっかり説明してくれるか?」
「あ、ああ。うん、そのだな。我はその、今まで武に生きていたのだ。エルフはもともと我欲に薄く、一族全体のために生きる種族なのだ。同士と共に旅に出たのもそのためであり……ああ、脱線しているな。すまない」
どうやらとても緊張しているようだ。ランプの明かりのせいもあるだろうが、白い肌に朱がさしてみえる。
「このままだと話が進まないから、単刀直入に言おう。グレイ殿。我に種を授けてくれないだろうか!」
「は?」
は?
「ザラから聞いているのであろう。我らの都市はヒュマによって滅ぼされた。なら生き残った我らは一族を再び繁栄させなければならない。グレイ殿は、それができると聞いている。だから、力を貸して欲しい」
「ええと、それは、ヒュマと戦うとかそういう話ではなく?」
「子孫繁栄の話だ。グレイ殿は特別な力を女神から授かっているのだろう?その力を我に貸してほしい」
俺たちだけの間のつもりで教えていたのだが、ザラがそこまで話しているとは思っていなかった。
「俺よりも、エルフどうしの方がいいんじゃないか?そっちの仲間にも男はいただろ?」
「さっきも言ったが、エルフは我欲が薄い。あれらがその気になるのを待っている時間はない。グレイ殿。我には魅力がないのだろうか。先ほど色っぽいと言ってくれたのは、口先だけのものだったのだろうか」
ぐいぐいと身を寄せてくる。
狭いテントでは逃げ場はなく、上気した肌から出るいい匂いがまとわりついてくる。
「さっきの言葉はウソじゃないよ。いろいろと聞いたのは、確認したかっただけだ。俺は旅を続けている冒険者だし、ザラたちと一緒にいる。ブリセイダも仲間を率いているだろ、それが身ごもっても大丈夫なのか?」
「我の心配なら無用だ。この先のことなら目処はつけてある。後は貴殿の心一つだ」
ここまで覚悟が決まっているのなら、俺が言うことはない。俺も嫌ではないのだ。なら答えはこうだ。
「わかった、ブリセイダ。キミの願いに応えよう。ただし、改めて覚悟してくれよ。これはある意味で俺とキミとの勝負だからな」
「ふふ、一騎打ちなら我も望むところだ。そう簡単に勝てるとは思わないでもらおうか」
ブリセイダがやっと笑った。
俺はゆっくりと立ち上がり、ランプの明かりを消した。
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