第115話 手のひら



「ここは……」

「私」


「目が覚めましたか?ここは教会、私はここのシスター。貴女方が道で倒れていましたのでとりあえずとお運びさせて頂きました」




 ルーシィの修道服姿はまさに教会のシスターさながら。どこから見てもまさかこの人間がアニアリトの暗殺者とは思われないだろう。

 例の男、霧雨真の意向により二人は目覚め次第開放と言う手筈になっている。



 ルーシィは慣れない服装と口調で精一杯身元を伏せながら優しくフレイとネイルにそう伝えた。




「私は一体……」

「はっ!フレイ!フレイがあの変な男に。それで私も」

「そうだ、あの勇者……何が、どうなっている」


「何か恐ろしい目にあったのでしょう……ですがこれも母神マーラのお導き。貴女方はいつも守られています」




 母神マーラ。


 ルーシィは正直な所そんな神がいるのならもっと早く自分を助けて欲しかったと、自ら神を口にしながらそれを全く信じていない自分に笑いたくなった。


 自分はフォース、あの男と一緒なのだ。

 ルーシィは心の底で奇しくもあの男の言葉に内心で同調していた。神などいないと。


 だがだからこそ、そんな男だからこそルーシィはフォースを信用出来なかった。

 神を信じていない自分は誰も信用してはいない、ならばあの男フォースもまた誰も信用していないのではないか。


 だとすればやはりと。


 ルーシィは心の底に引っ掛かる一つの疑念を振り払えずにいたのだった。




「シスター殿」

「えっ、あ、はい……如何しましたか?」


「私達はどこにいたんだ?」



 考えに耽っていたルーシィは、アニアリトである自分の素が出そうになるのを抑え適当なでまかせを咄嗟に考えた。

 早い所この二人を帰したい、ボロが出る前にと。



「イルトの、街道裏で。たまたま買い出しをしていました所お二人が倒れていたのです。かれこれもう半日も起きませんでしたから心配したのですよ」


「イルト……?」

「私達、ノルトにいたのよね。やっぱりあの変な仮面男……私達に何したの……そうだ!フレイ、貴女あの仮面男の事好きって……」


「な、何で私が!あの男は王都が召喚したらしい伝説の勇者と言う話だが私は嫌いだ。魔族を倒せる程の力があるが人を馬鹿にするような態度……まさか、私は……また、操られて」

「御二人方、兎に角今は混乱しているのでしょうから一度ご自宅で休まれるのがいいでしょう。道は、判りますか?」




 あの仮面が勇者とは何かの冗談か。


 過去にもファンデル王国は禁忌の術を用いて異世界から勇者を召喚し、魔王から人間を救ったと言われている。


 だがそれもあり得ると思った。

 ルーシィは痛い程知っている。

 勇者と言う存在が何の役にも立たない事を、自分の大切なものなど何も守ってはくれない存在だと言う事を。



 だが過去の勇者は魔王討伐後に忽然と姿を消したと言う。にも関わらずまたもや勇者の存在があると言う事はこの世界に再びあの時のような事が起ころうとしているとでもいうのか。

 ルーシィはこれから起ころうとする何かに思考を巡らせながらも、ネイルとフレイを必死で言いくるめ、自宅へと帰らせる事に注力したのだった。



















 ジギルは手筈通り一度ロードセルによってサトポンへ連絡を入れ、イルトにあるサモン=ベスターの屋敷裏へと来ていた。



「で、その様かジギル」

「は……申し訳、ありません。誠に遺憾、不甲斐なく言葉もありません」


「ふむ、だな。確かにあの男には何か異様な空気を感じたがお前達でも力不足だったと言う事か……」

「二の句もありません……リトアニアに、我等の存在が知れてしまうのでしょうか?」




 ジギルは自分の起こした失敗の所為でリトアニアが窮地に陥る事を心配をした。

 だがそれは密かにある情報を引き出す為の演技でしかない。


 サトポンがダルネシオンと今後どのような展開を企んでいるか、それを少しでも聞き出せないかと考えたのだ。



「その辺りはお前の気にする所ではない、直にリトアニアは我等の手中となる。時間の差が出た程度に過ぎん……しかしあの男の所在が掴めん事にはな」



 ジギルはしめたと思った。

 サトポンがダルネシオンと繋がりがあると口にする事は無かったが、直にとは恐らく何かしらの計画が進んでいる事を示す。

 そしてあの男の所在、それをジギルは当然ながら知っているのだ。



「奴は、あの男は手負いです。南の森へ逃げ込んだ様子。片足の腱を切っています……恐らくそこで暫く潜伏するのではないかと」


「南の森、か……あり得るが範囲が広いな。だがしかし殺るなら早急か。リヴァイバル方面からアニアリトを要請するか……しかしだとすればこちら側からの人間も必要」

「面目御座いません……ファンデル王国に我等以外は」


「ふむ……これ以上失態を重ねる訳にはいかんな。使える者を出させるしかあるまい、今夜が勝負だろう、お前も行けるな?ロードセルの回線の一つを共通にする。仕留めた者には白金貨だ、お前も直ぐに行け」

「……サ!」





 ジギルは思った以上に上手く行った事に胸を撫で下ろしていた。リトアニアが総動員されるのは正直な所難しいだろうと思っていたからだ。

 だが結果はまさにフォースの願った理想形、問題は全てのアニアリトをあの男が本当に殲滅出来るかである。


 一度ルーシィとバイドの元へ戻り、他のアニアリトより早く森にてフォースへロードセルを一つ渡して置くべきだろうかとジギルは考えていた。


 ロードセルには回線が二つある。

 ジギル、ルーシィ、バイド、サトポンへ連絡を繋げる事が出来る回線。もう一つの回線は予備でそれを共通。つまりは全体の会話が聞こえる物にするとサトポンは言った。


 ならばこのロードセルの一つをフォースへ渡せば戦況はかなり有利になる筈だ。



 フォースに付くか、サトポンへ付くか。今ならばまだ何方へも行ける。だがジギルの気持ちは既に決まっていた。


 フォース、今や霧雨真と名乗ったあの男に全てを賭ける。

 その後の自由が本当にあるかの保証は何処にも無いが、このままサトポンの下へ居ても結果は変わらないのだ。

 ならば、一つの希望に全てを投げ打つのもいいかもしれない。


 どちらにせよ、本来であれば無くなっていた命なのだからとジギルは夜の王都を駆けていた。












 





「……アウルムか、例の男の処分を依頼する事になった。白金貨だ。あぁそうだ、失敗する訳にはいかんのだ。……ふん、よく知っているな。この連絡で判るだろう?手が足りん、北の森だ……リヴァイバルの方も動かす……だからこそだ。いいな、首を届けろ」




 サトポンはロードセルによってリヴァイバルギルドのアウルムへ、シン殺しの依頼を出していた。


 リヴァイバルに点在するサトポンの配下であるアニアリトは五人、他にも息のかかった者は居るが恐らくは役に立たないと判断していた。

 ファンデル王都に持つアニアリト、ジギル、ルーシィ、バイドはサトポンの配下でも一、二を争う程戦闘と暗殺に長けたアニアリトなのだ。

 それが殺られたとなってはとてもただの人攫い程度のアニアリトでどうにかなるものではない。こうなればリヴァイバルのギルドごと丸々協力して貰うしかなかった。



 何の理由かリトアニアを危機に晒そうとする男シン。

 ダルネシオンからはとりあえずリトアニアは此方で処理すると言われていた。そしてついでとばかりに男の処分は任せると。


 こうなればサトポンにしてもこれ以上ダルネシオンに迷惑を掛ける訳には行かない。

 サトポン自身もこれからリトアニアグループが変わる様を見たいのだ、それをどこの馬の骨ともわからない一人の男に潰されては敵わなかった。



「あの時なら確実に殺せていたものを……」



 サトポンは奥歯を噛んだ。

 自分であれば確実にあの程度の人間を始末するのは容易い。


 だが相手の戦力を見誤った。

 今となれば一対一であの男と対面する機会は無いだろう。

 結果有能な部下を二人も失い、確実性を重視したとは言え一人の人間の為に大掛かりな人員を動かしてしまった。


 あの時はサモン=ベスターの暗殺者だったからと言い訳するにしても、今となれば口惜しい場面でしかないのだから。





「無事に動員したようですね」

「っ!?」



 サトポンが背後に気配を感じた時には既にロードセルを持っていた腕が切り飛ばされた後であった。




「なかなか隙が無いので大変でしたよ、貴方やはり相当出来ますねぇ、ジギルさんには感謝しないといけませんか……もし動員出来ないようであればその場で貴方とジギルさん、ルーシィさんとバイドさんも消して終わらせる予定だったんですがね。まあいいでしょう……さて、どちらにせよ貴方はもう用済みですね。あの時なら確実に、何ですか?なるほどなるほど。さぞかしお強いんでしょうか、今なら貴方の望む状況ですよ、さあ私を殺ってみせて下さい」




 馬鹿な、何故、どうなっている。

 サトポンはそんな疑問で危うく真っ白になる思考を必死で振り払っていた。


 この自分が知らずの内に、他人へ背後を許すなど過去に一度たりとも無かった事である。


 ジギルへの対応、その後の連絡に警戒が疎かになっていたのか。それにしてもこの事態は有り得ない。

 暗殺の才能に長けるジギルでさえサトポンの背後に現れればその隠し切れない僅かな殺気を感じ取れる位なのだから。


 もしそれを感じ取れないとすればそれはこの男に一切の感情が無いと言っているようなもの。


 油断していたのか、サトポンは斬られた腕を一瞥し流れる事の無い流血に疑問を覚えながらも眼前の男と対峙していた。



「まさか……貴様に付いたと言うのか、あやつら」

「さぁ、どうでしょうか。死にゆく貴方には関係の無い事です」



 この男の言葉からサトポンはルーシィとバイドは生きていると、ジギルに嵌められたのだと理解した。


 全てはこの男の手の平、操る側がいつしか踊らされるなど。



 サトポンは数年ぶりに、だが身体に嫌と言う程染み付いた流麗な動きで、自然に無手流の構えを取っていた。

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