第110話 情報屋のアウルム

 リヴァイバル王国王都内。

 魔力機による灯りが唯一の光源である籠城の都。

 要らない年寄は始末され、国民はそれに反旗を翻す事も出来ずに怯えながらも自らの保身に全てを捧げる腐りきった国。



 ここに於いての正義とは即ち権力であり、それ以外の仁義等何の役にも立たないゴミ以下だ。


 そんな腐りきった国、だが金を手に入れるには最も適した国である事をここのギルドマスターはよく知っていた。


 リトアニア商会より派生したギルドと言う名の元旅中護衛組織。今もまだリトアニアとの繋がりは当然ながらあるものの、ギルド単体としての組織も段々と国に根付きつつある。

 独立も目前、後はリトアニアが内部から解体でもされればギルドの地位は完全に確立されたものになるだろう。




「何か飲むか?」



 そんな薄汚れた酒場のようなリヴァイバルのギルド。そのカウンターに一人の男が腰掛けた。

 ウェーブが掛かり艶めく黒い長髪の男、久しく見ていなかったそんな男にふと軽々しく声を掛けたくなったマスターはだが、普段客にそうするように定形語を一つ吐く事に押し留めた。



「インフォルマーティオを頼む」


「ほう……色は」

「何色か、金貨三十だ」



 久しぶりに顔を見せたその男はやはり相変わらずの上客だった。

 インフォルマーティオと言う名の酒。

 様々な色味を何層にも重ねて作るマスター特別性の酒である。


 だがその酒はただの景気付けの一杯と言う所であり、料金は取らない。このやり取りはただの隠語であり、それの示す所は情報を買いたいと言うそれだけの事だ。



「今日は店仕舞いだ、全員続きは他の店でやってくれ!」


「んん?おいおい、またかよ……本当よく閉めるなこの酒場は」



「何度も言うがここは酒場じゃない、ギルドだ。あんたも来て早々悪いが……閉店だ」

「ああ」




 マスターはギルド兼酒場と成り果てた店から客と従業員が混ざった人間達を全て外へと追いだした。

 ウェーブ髪の男もマスターの言葉を聞くなり、カウンターで虹のような色合いをした酒を残したままギルドから出たのだった。

















 リヴァイバル王都は暗い。守りを選び街一つを囲んでしまうそんな国王。

 保身に全てを掛ける国民性が浮き出ているかのようでもあるが、極一部の人間は金の為なら何でもするような屑がいるのも確かだ。


 サトポンは恐らく一足早く此処へ訪れている筈であった。


 ここへ来るのは三度目か、一度目はサトポンによる紹介で。二度目はサトポンの指示によりファンデル王都ギルドの情報を買いに。

 それが今度は自腹を切ってサトポンを裏切る為に情報を買う事になるとは思いもしなかった。




 シンと言うらしいあの男の暗殺依頼が全てを反転させた。

 暗殺稼業から足を洗いたいと言うのは本音だが、それをあの男に全てを任せていいものか。


 悩む所はあるがどちらにせよ、何れ殺されるならば少しでも希望が残る方がいい。

 これは自分達三人の、そして教会で必死に苦生を生きる未来ある子供達の為。


 何やらぶつぶつと文句を垂れ流しながらも次の溜まり場について談笑する人混みから離れ、暗いギルドの裏口へと向う。



 暗闇。


 それは今となれば自分のテリトリー。

 見えづらい壁と一体化した鉄扉は直ぐに見つかった。


 そろそろかと鉄扉を三回、ゆっくりとノックする。提示した金額、金貨三十枚を示すその合図。呼応するようにふと鉄扉が僅かに開いたのを感じそこへ足を踏み入れる。


 だがそんな刹那に動く影、それを素早く見切り掴む。



「相変わらずの腕前で」

「上客にする対応じゃないな」


「まぁ念の為さ、入ってくれ」




 リヴァイバル王都ギルドマスター、アウルム。

 本名ではないのだろうがその名すら知らない者も多いこの男は、こんな保身が蔓延るリヴァイバルで極小数の金が全ての男だ。


 殆ど全ての仕事――中には暗殺のようなものある――を請け負い、それをギルド員に行わせる。そして自らは裏で様々な情報を売り買いしている所謂情報屋が本職の男。

 その情報の真意性は高く、範囲は他国にまで渡る。




 暗がりの地下室へと案内された所でアウルムが小さなテーブルに置かれる魔力機に灯りを点らせた。



「で、何がいる?」


 上等なクッション付きの回転椅子にドサッと腰掛けたアウルムは率直にそう切り出した。



「サトポンについて……そしてダルネシオン=ファンデルについて。それとこれは知る限りでいいが、シンと言う男についてだ」

「なるほど、な。お前はそっち側に付いた……という訳か」



 この男の察知能力は侮れない。

 情報を扱う者だけあって此方が情報を買う立場であるにも関わらず、その依頼内容から此方の情報を引き出してしまう。


 アウルムはこちらがサトポンの配下、ファンデル王都のアニアリトだと既に知っている。

 だがそれでも恐らく情報は売ってくれるだろう。この男はそう言う男なのだ。


 金が全て、メリットデメリットと金を常に天秤に掛けながら生きる屑。だが、だからこそ今はこの男の存在が有り難かった。




「金貨三十で足りるのか?俺は構わないがな」

「……それはどう言う意味だ」



 金貨三十で足りるのか、それは寧ろ情報を買う此方の質問ではないか。そんな疑念は次のアウルムの言葉で直ぐに理解できた。




「サトポンにあんたが目を付けられれば終わりだぞ。奴が来た時に幾らとは言わないが、積まれれば俺はこの情報を売る」

「っち……金貨、五十だ」


「まあ俺は構わない、自分の身は自分で守る事だ」

「白金貨だ……三枚、出す」

「ふん、そんな所だろうな。そんな怖い顔しなさんな、俺は親切心で言ってるんだからな」



 足元を見やがる。

 たがアウルムの言葉は間違いのない真実だ。

 俺がサトポンに裏切りを悟られればその情報を買いにサトポンが今度はここに訪れるだろう。


 奴の資金力を鑑みれば金貨三十等は簡単に払える額だ。



「アンタの商売には舌を巻く」

「そりゃどうも、で、本件だが……少し前に来たぜあの爺さん。散々な言われようだった。ギルドの管理はどうなってるだの、早い所そのギルド員を始末しろだの……危うく潰されかねないっと、それはまぁいいとして本題だ」




 そう言って何事も無かったかのように笑い、背凭れに身体を預けながらアウルムはサトポンのやろうとしている目論見を話した。



 リトアニアでギルドを創る切っ掛けとなった第一人者、現リトアニア会長の側近であるサトポンはどうやらファンデル王国の第三王子ダルネシオン=ファンデルを新たなリトアニアのトップに押し上げようとしているようだ。



 中でもその一部の連中が動いている獣族売買はリヴァイバル王国中にも多大な利益をもたらす。


 その上それを提案したのはリヴァイバルと敵対するファンデル王国の王子、ダルネシオン=ファンデルの方だと言うのだからこれはとてつもなく大きな事が近い内に起こる可能性が高い。


 自主的か、それともダルネシオンの指示か、サトポンは遂にサモン=ベスターの暗殺を目論んだがその結果は惨憺たる物だったと。


 暗殺を任された当のギルド員は依頼を失敗する所かリトアニア会長に側近から暗殺依頼が出ている事を伝えて逃げ去った。

 アウルム曰くリトアニア自体の組織解体が狙いだったのだろうと、自分の所のギルド員が起こした不始末を事も無げに話した。



「なるほど。となると……」



 あの男、シン否フォースは自分達の為に計画を変更してくれたと言う事か。



「これはアニアリトの……いや今は元か、元アニアリトのあんたなら知っているだろうが、サトポンはあれでも無手流創始者の初代弟子とも言われている。その腕前はなかなかの物だ、相手取るならそれなりの覚悟がいるぞ」

「あぁ、それは分かっている。俺達も勝機無くこんな事をしたりはしないさ」



 そうだ、サトポンは化物。

 自分達三人でとても叶うような相手じゃない、だがそれはあの男が相手でも同じ事。


 だからこそあの男に賭ける事にしたのだから。




「まぁこんな所か、ここまでで金貨十だな。それでダルネシオン=ファンデルについてだが……ダルネシオン=ファンデル。ファンデル王国国王の三男。奴はリトアニアグループ、いやサトポンが裏で動かしているアニアリトの半数も既にその手中に治めている」

「!?」



「さっきも言ったがリトアニアを利用してリヴァイバル、ファンデルの二国を裏で掌握するつもりだ。奴は頭の切れる男、その尻尾は掴ませない。これは確かな情報ではないが過去に魔物襲来を呼んだのは奴ではないかと聞く。その目的は分からない。他に分かるのはあの男が無神論者で頭がイカれていると言う事、その思考が極端すぎるせいで優秀な王位継承者にも関わらず頭の固い親兄弟に疎まれているって事位だ。俺も何時誰から消されるか分かったもんじゃないな」




 魔物襲来。

 各国を襲った闇歴史、あの時の事は忘れもしない。全てを失ったあの日、恐怖と無力だけが身体を支配していた。

 だがあの日があったからこそ自分はここまで強くなったのだから皮肉な事だ。


 それを仕組んだのがダルネシオン、だとすればその目的は一体何か。あの後国は禁忌となる秘術を用いて勇者なる者を導き事を収めた筈だ。

 それがダルネシオンと何か関係しているのか、だが今は分からない。


 今俺達が求めるモノはアニアリトから足を洗う事と教会の子供達の安全だけなのだ。




「それでシンと言う男についてだったか、ソイツが今回例の暗殺依頼を放棄した男だな。そしてあんたが今付いている大将と言った所か?」

「……ああ」


 アウルムは既にその辺りの情報をやはり知っていた。

 情報の早い男、一体何処からそれ程の情報を手に入れてくるのか全くの謎だがコイツは金さえ出せば敵には回らない。

 下手に嘘を言った所で何の意味もないだろう。



「正直言って分からない。分からないと言うのは情報の信憑性があまりにも無いって事だがな……無手流にしてはこの国が初めてみたいな顔をしていたのが不思議でな、事前に調べてみたんだよ。まぁどちらにせよお前らに殺されるだろうと思ったが、こう言う展開になるとはあながち情報も馬鹿に出来ない」

「どう言う事だ?」


「村一つ、ブルーオーガにバジリスク、土竜団にギルド試験官、ついでにガーゴイルだ」



 アウルムの言葉は突然端的になる。

 何かの隠語か、言っている事が全く分からなかった。


「何の話しだ?」

「お前の大将が一人でやったモノさ、全く意図が読めない。それでファンデルのD3ギルド員と来りゃどんだけファンデルギルドの昇進条件は厳しいんだって話さ」



 ブルーオーガにバジリスク?

 ガーゴイルだと?

 魔物、魔族の話が此処で出てくる理由が全く分からない。


 しかしギルド試験官に土竜団を一人で殺ったとは一体……。


 確かにあの男は異常な技量を持っていた。俺の速さに何の気もなく付いて来た上、ルーシィとバイドが二人で掛かって相手にもならなかった。


 村一つと言う事に関しては最早意味が分からないが。




「悪いが今回ばかりはアンタの話が読めない。何が言いたい?素直に言えないならもう少し積んでもいい……頼む、五枚ならどうだ。悪いが正直な話これが限界だ」


「はっ、そうか。だが悪いな……金が全ての俺にもプライドはあるんだ。騙して金を取る気はない、この話がそのまま全てさ。リヴァイバル北、ファンデル王国領内の辺境の村で出されたブルーオーガ討伐依頼ってのが一時噂になったがどうやら何も無くなった、それをやったのがその男って話さ。ギルド試験官ってのはあのハイライト=シグエー、元リヴァイバルの孤児だが……っと、ここは別料金だな。兎に角あの試験官をギルド登録試験でぶちのめした。うちでも飼っているが土竜団を一人で壊滅させたのも奴だと言う。ザイールでトーナメントがあるのは知ってるだろ?今年は魔族が襲来して滅茶苦茶だったらしいがその魔族も一人で殺っちまったらしいぞ……はは、自分で言ってて情報屋を辞めたくなるような話だ」




 理解出来なかった。

 最早一人の人間に関わる話とは思えない。

 魔族、魔物?それじゃあ過去に世界を魔の手から救った勇者レベルの逸話だ。

 D階級ギルド員?

 S階級どころの騒ぎだ、それが今迄何をしてたと言うのか。

 全くの出鱈目、もしかすると何処かであの男は情報操作をしているのかもしれない。

 目的は解らないがだとすればあのシンと言うのも適当な偽名か。




 シン、フォース、あの男は一体何が目的なのか。


 だがただ一つはっきりした事もある。

 それは、今更自分達が何処にも引けないと言うたった一つの現実がそこにあると言う事だった。

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