第90話 砂の大地


 人間と機械の線引きは一体何処だろうか。


 脳内にチップを埋め込まれているかどうかか。


 赤き血が出るか出ないかどうか。



 その身が不死となるかどうかだろうか。



 否、今の真にはその結論の断片が見えつつある。


 人を人と思い、生きる事の必死さを感じ、そこに唯一存在する事。

 それは人間であろうと、例え機械であろうとも、きっとそれ自体が重要なのではないのだと。


 ただ生き、仲間と呼べる誰かを見つける事の出来る可能性を僅かでも秘めているのなら、それはもうそれだけで唯一その世界に価値のある人間なのだ。


















――あっ!シンちゃん!?無事!?ほら、ルナ、シンちゃん!


――あ、あとっ、えっと……し、シン様、度々ごめんなさい。でもその……心配で……あ、あれ?聞こえてますか!?



「……あぁ、しつこい位にな」





 シグエー、アリィ、ルナの三人で今後の身の振りを会談した後、結果として一人リヴァイバル王国へ向かう事になった真。


 だが別れ際、アリィの店にあるランクAに類すると言う|遠方秘談(ロードセル)の魔力機をアリィから無理矢理に渡されていたのだった。


 流石の貴重品ともあってアリィの唯一の肉親、祖母であり魔力機屋店主のローズもかなり躊躇し渡せないとの一点張りだった品。

 だがあのアリィがそれで終わる筈もなく、一夜明けて別れの時に店からしっかりとくすねて来たロードセルの片方を真へと渡して来たのだった。



 一体どんな仕組みなのか。いつかにフレイに嫉妬心を抱かせた声の魔石の上位版だと言うが、こんな物があるなら意外とこの世界の文明は地球を上回るのではないかと真に考えを改めさせていた。




 ファンデル王都を出た真は地球の科学技術の結晶である携帯端末―通称FIBE―を操作し、合金製ブーツへ反発応力を指示する。


 そんな真は加速アシストと重力操作を最大限に駆使し、あっという間に目的の一つでもあるルナの故郷、そしてフレイの元を訪れた後である。


 その間もロードセルによるアリィ&ルナコンビからの連絡はひっきり無しであったのは言うまでもあるまい。

 それは最早いい加減応答を無視しようかと思わせる程である。




――あ!ねぇねぇ、聞いてよシンちゃん!さっきルナがねんもぉぉ!?

――あぁっシン様!何でも無いです!お邪魔ですよね、ごめんなさい。一旦切ります!アリィさぁぁっ……




 ルナの声が遠ざかりそこで通信が途切れたのか、逆三角形をした小形のパズルにも似たロードセルはそのまま音を失った。



「……全く。いらない品を渡されたな」



 真は溜息をつきながら、逆三角形型の頂点の一部をパズルの様に嵌めこみ直してロードセルの通信を終わらせた。


 賑やかなルナとアリィ。

 そんな二人の声を聞き、ほんの少しだけ一人で来た事に後悔も感じる。



 フレイに旅立つと言う旨を話した時はあの時の喧嘩など夢だったのかと思わせる程悲しい顔をされ、猛反対を食らった。

 だがネイルとリトアニアの一件を伝えると渋々だがどうにか納得してくれ、ザイールの件は弟のレスタに引き継いだので直ぐにでもファンデル王都に向かってくれると言う事になったのだ。


 別れ際に骨が砕ける程の抱擁と、しつこい位の注意喚起には辟易したがそれも真の身を案じての事だと思うと今の真には心強い。



 だが一つ、反対に特にルナは連れて来なくて正解だと思える事もあった。

 あの村、ルナの故郷であり真が初めてこの世界で訪れた村には誰一人として人間が存在しなかった事。


 文明の低さを顕す藁葺屋根の家屋や、木々、ブルーオーガと言う魔物を殲滅させた広場や小高い丘はそのままに、まるで元々そこにあった自然の一部と言わんばかりにただ村の存在だけが屹立していた。


 言うなればその村から強制的に全ての人間が消し去られてしまったとも思える様な状況。


 こんな事態を素直にルナへ説明する訳にも行かず、真は散々頭を悩ませた挙句ロードセルによる通信でルナに多大な嘘を伝達する事を強いられた。


 杖の事は村長も知らなかった、杖と村の事はいいから英雄の指示に従いなさいと村長は言っていたと言うその場しのぎの嘘を。

 何れ本当の事態をルナが目の当たりにする日は近いかも知れない。だが真にはそれを今、この時にいう気にはなれなかったのであった。






「……ふぅ、しかし凄い日照りだな。こうも気候が変わる物か」





 砂金の世界。

 辺り一面に広がる砂の大地は日の光を二倍にも三倍にもして照り返す。

 色濃い林道をルナの村から南へ抜け、丈の低い蔓植物が疎らに生える砂道を更に抜けた所で真はそんな新たなる地への第一歩を踏み締めていた。





 遠目に聳える赤茶けた山々。その手前で左右へと数百キロにも渡って伸びる灰色の壁は、まるで此処から先には何人も入るなと言いたげに砂地の中央で境界線を引いている。

 そんな同じ高さで伸びる石壁の一箇所にその倍以上はあるだろう石柱と門が見えた。

 恐らくはあそこがファンデル王国とリヴァイバル王国の国境なのだろう、今思えばそう簡単に国内に入れるのかは疑問だがここで足を止めていても仕方がない。


 真は再び合金製ブーツによる加速アシスト、出力はこの世界平常用の1.3倍で日照る砂地を蹴ったのだった。





「っとぉっ!?」



 だがそんな折だった。

 地面の砂が突如として盛り上がり、身の丈10mはありそうな生物が真の行く手を阻む。


 それは正しく何かの生物で間違いないだろう。

 大木の幹程太い体躯はまるで巨大なミミズか芋虫だ。

 その生物は湾曲した頭部位置から大量の砂を流落させ、不気味な動きで収縮する口で真を見下ろしていた。




「これはまた……面倒なのが」




 化物―この世界では獣と呼ばれる物だろうが―と対峙するのは久し振りな気がしていた真、このまま加速アシストをフルに出力すればこの面倒な戦闘も避けられるだろうか。

 そんな事を考えながら取り出したデバイスと眼前の化物を見比べていると、突如化物の窄まっていた口が大きく伸び開き次の瞬間には砂の砲弾が真に向けて撃ち放たれていた。


 咄嗟に何か来る事を察知していた真は横に大きく跳んでそれを躱そうとしたが、砂の大地は真の瞬発的な動きを絡め取り阻む。

 あまりに勢い良くその場から飛び退ろうとした真は、積もる極め細かい砂に足を滑らせ予想より遥か手前で転がる事になった。



 爆撃の様な地響きと粉塵が視界を遮る。


 訳の分からない生物の不可思議な攻撃。

 もし直撃すれば……打撲位にはなるのだろうか。この世界に存在する生物の防衛本能による攻撃は全く不可思議だと真は半ば呆れ、巨大ミミズを見上げていた。






「ハァァ!!」




 刹那、高らかな女の声と共に巨大ミミズに煌めく剣閃が迸る。

 太い両刃の直剣を片手で振り切った態勢でいる銀色のプレートメイルを纏う女。


 その身を半身に分けられ、砂を巻き上げながら沈む巨大ミミズを尻目にその女はふと真に視線を寄越した。

 降り注ぐ砂が陽の光を受けてキラキラと輝き、まるでそこにいる朱色の長い髪の女自体が煌めいている様にも思える。


 真は不覚にもそんな情景に魅入られていた。




「何を手間取っている、シン?」


「……ただの、運動だ。それより何でこんな所にいる、レヴィーナ」






 魔族をも傷付ける事の出来る両刃片手直剣。

 白銀のプレートメイルで全身を覆うが、明らかに戦闘で邪魔になりそうな朱色の、いや今改めてこうした日の下でよく見るとローズピンクにも見える長髪を背に流した女剣士は、背後で巨大ミミズが倒れた音を耳に入れるなり剣を鞘に収め、首を少し傾けながら真を見て微笑んだのだった。




「お前の女から頼まれてな。まぁトーナメントもあんな形で終わってしまったし、私も修行の旅でもしようかと思っていた所だったから気にするな……そうだな、今の礼なら夕食でもご馳走してもらおうか」



 レヴィーナ。そう名乗る彼女とはザイールトーナメント本戦時、魔族ガーゴイルへ共に向かい掛かった事がある程度でそこまで深い中ではない。

 ただ彼女の知識によりフレイの旧友が命を救われたのは確かだ。だがそんな恩人にあの気遣いの塊の様なフレイが真の保護者役を頼んだのだとすれば、それはよっぽど真が心配だったのかもしれない。


 恩人に対して頼み事等普段のフレイに出来る様な事とも思えない上、案外嫉妬深いフレイが自分の元に女を寄越す事等。



「俺の……女って。フレイが本当にそんな事を言ったのか?と言うか、それで何で飯になる」



 真はシグエーに連れられた汚らしい店で全財産を使い果たして謝罪のご馳走をしていた。

 今や懐はこの世界に来て何回目かの無一文。


 やたらと飯を奢らせようとするこの世界の住人に真は少しの腹立たしさを感じずにはいられなかった。

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