第85話 別れの兆し

 

 石造りの店舗が狭い敷地内で犇めく。

 数日前にフレイと三人でザイールへ行く為の物資を調達した王都の商店街は、相も変わらず晴れた空の下その存在を堂々と主張し通りには様々な人々が行き交っていた。




「ごこ……」

「ん」

「もぇ?」



 少しの蟠わだかまりはあるものの何処か晴れ晴れとした様子のアリィは、腫れて喋り辛くなった口を開けてある店舗の一角を指差した。


 その指差す方向を一瞥した後、真は同じく頬の腫れたルナと視線を交わす。

 そこは紛れもなくあの時フレイが入ってみようと言い、ルナの杖は危険だと不可思議な事を言われた老婆の店主がいる魔力機屋であった。



「ヒン様……ほほって」

「あぁ、言いたい事は分かるから無理して喋らんで宜しい」


「あ、アタヒはほほで待ってるはら」



 片手を上げてじゃあと何処かへ行こうとするアリィの襟首を真は素早く取っ捕まえ、意を決して店の中へと入る。 


 アリィの抵抗は虚しく終わり、三人は薄暗い店内へと足を踏み入れた。十段程の階段が下へと続き、所狭しと古臭い剣と甲冑が無造作に並ぶ。



 最早一言も何かを口にする事の無くなったアリィは、何故かおどおどした様子で誰に見られたくないのか顔を下に向けようと必死であった。




「……なんだい騒がしいね、お客かい?」



 そこへ何時ぞやと同じ様なタイミングで何処からとも無く現れた老女の薄気味悪い声に真は不覚にも身体を刹那に強張らせてしまった。

 ルナに至ってはまたしても尻餅をついて陳列する商品を次々と雪崩させた位だ。



「こぉらっ、小娘!商品を倒すでないわ馬鹿者が!最近の若者は一体どうなって…………って、アリィ?アリィじゃないかぃっ!!一体今まで何処にいたんだいっ!?心配したんだよ!アンタは言っても聞かないし、復讐等と馬鹿な事を言って勝手に出て行っちまうし……どれだけあの時話さなければ良かったと後悔したか、アンタの闇を思い出させちまった……アタシは……うっ、うぅ、良かった。無事だったんだねぇ……もしアンタまでどうにかなっちまったらあたしゃ息子に、あの義娘こにもあの世でどう顔向けていいか」




 ルナが店内の床にへたり込んだ事によってその背後にいつの間にか隠ていたアリィの姿が顕となり、店主であろう老女はそんなアリィの姿を目に留めるなりまるで神にでも会った様な表情で、腰の曲がる体を震わせながらアリィの元に歩み寄っていた。



「……ごめん、バァちゃん。プラチナ……ごめんなさい」















 アリィ=マカフィストの家族は父母娘の3人家族だった。

 アリィの父は全世界を周る行商人であり、そんな中リヴァイバル王国で出会った獣族の女との間に出来たのがアリィであった。


 どこにでもある平和な家族。


 元々リヴァイバル王国内で獣族と言うのはあまりいい目では見られない。だが近くに獣族の多く住む里がある事から王都へ移り住む獣族も少なからず居たのは事実だ。

 奇異の目でそんな獣族を見る人々がいる中、逆にそんな種族差別を良しとしない民が居るのもまた事実。


 そんなアリィの母は獣族でありながらも商人であるアリィの父と夫婦関係になった事で、リヴァイバル王国でも何とか普通の人間並みの生活を手に入れる事が出来たのだった。



 だがリヴァイバル王国内で不穏な空気が漂い始めたのは何時頃だったか。

 獣族は人間の奴隷として扱うべきだと、商売道具の一つだと、そんな風潮がいつしかリヴァイバル王国内で蔓延し始めた。



 原因は明らかだった。


 リトアニア商会裏組織【アニアリト】。   

 元々今のギルドも国の援助を受けて設立したリトアニアグループの枝分かれである。


 それだけリトアニア商会の規模は大きく、持つ権力も国と並ぶ程の物。ならばいつしか正リトアニア商会の感知せぬ所でその名を使い傍若無人に売上を叩き出す連中が現れ始めてもおかしくは無かったのだ。


 そんなアニアリトの計略を、アリィの父は同業者から早くも聞きつけていた。噂話程度であったそれは段々と真実味を帯び始め、獣族である娘と妻を守る為に父は実家のあるファンデル王都へ腰を移す段取りを整えていた。



 だが悲劇とは悲しいかな、父当人が居ぬ間に起こるのだ。

 獣族を商品として扱おうと企むアニアリトは獣族の里を見つけ出す為、街に存在する獣族からその情報を得ようと躍起になっていた。


 それは最早手段をも厭わない様な蛮族の行為だ。

 権力を振り翳した恫喝、暴行は街に買い出しに来る様な獣族まで向けられた。例えその相手が幼子だろうと連中に容赦はなかった。


 リヴァイバル国も元々多種族への理解がない王族が代々継承している為、そんな噂話を耳に入れながらも対策を取る気等端から無いのだ。


 アニアリトの矛先がアリィとその母に向くのも時間の問題であり仕方の無い事とも言えた。

 アリィの父は国移の準備に家を留守にしなければならない時間がどうしてもあった。流石に自宅まで連中が乗り込むとは考えていなかったが念の為自分の留守には鍵を掛けさせていた。

 だがアニアリトの連中は既にそんなマカフィスト一家に目を付けており、父のいないそんなタイミングを既に突き止めていたのだ。



 家に戻った時、そこにあったのは妻の無残に散らばった衣服と血の池。そして隙間の開いたクローゼットの中で震える幼い娘の姿だった。



 獣族の結束は堅い。

 夫婦となった自分ですら獣族の里の情報は聞いた事が無い。

 恐らく妻は同胞を守ったのだと理解した。


 娘を、同胞を、自分の身を挺して守り抜いた妻。


 それに対し自分はどうか、商売よりもっと早くこの環境を何故変えてやらなかったのか。

 後悔と怒り、自分とリトアニアへの憎悪は無尽蔵に心を闇へと満たしていった。


 父はアリィをファンデル王都でそこそこの商店を営む母親に預け、ただ一つの目的の為に再び王都を去ったのだった。




 












「……ひどい」

「あぁ、胸糞が悪くなる話だ。リトアニア商会の奴を一人逃がしたのが悔やまれる」



 アリィだけ席を外し、真とルナは老女の店主からアリィ=マカフィストと言う人間についての過去を聞いていた。



「え、シン様?」


「アンタ!まさかリトアニア商会に手を出したのかい!?ならもうアリィとは関わらないでおくれっ、そっちの娘も危ない目に合うよ!……息子は……あの子はもうこの世にはいないだろうね。リトアニア商会に逆らっちゃいけない、アニアリトが本来のリトアニアと関係ない訳じゃないんだ、何処かで必ず繋がってる。アンタも同じ目に合うよ」




 老婆、ローズ=マカフィストの言葉は深く真の胸に突き刺さった。

 アリィと関わるな、そして他の人間を巻き込むな。


 それは確かにその通りであった。

 許せないと言うだけの自己欲求を満たす為に、権力と武力を対立させればどうなるか。その結果は無残な物だ。

 武力を持たない者はその争いに巻き込まれ、ただ犠牲になるのみなのだ。



「私は……大丈夫です。それに、そう言えばアリィ、さんは人間ですよね?何で狙われるんですか?」



 ルナは真の想定した通りの言葉を紡いだ。

 ルナは自分の危険より真と共にいる事を望むだろう事は分かりきっている。そしてそんな事よりと一つの疑問を口にした。


 そちらの疑問については真にも考える所はある。先程のローズの話ではまるでアリィも獣族の様に言われていたがアリィはどう見ても人間なのだ。



「それはな……幻惑の指輪をアタシが全財産叩いて手に入れあの子につけさせたからさ。あの子は間違いなく獣族なんだ、もっと沢山、それももっと早くアレを手に入れられたら……息子も……|義娘(あのこ)も」


「幻惑の指輪……そんな物が」

「それを渡したのが行けなかったのかね、理由を聞かれてアタシはショックで失っていた筈のアリィの記憶を思いださせちまった。それであの子はギルドに所属して商会の悪事を暴こうと……此処を出て行っちまったんだ。でも、随分と逞しくなった様だねぇ……ギルド員にはなれていないようだが」


 幻惑の指輪、恐らく見た目を変えられる様な不可思議な物。

 真は一度ハイライトの店で本物の獣族を見ている。確かに一目で人間と獣族の違いは判るだろうからアリィが獣族だと言うなら今の姿は明らかに偽物だ。


 そしてアリィの現状、ローズの話から今やっと真の中で何かが繋がった様な気がしていた。

 アリィはギルド員になって何かしらの復讐を考えたのだろうが自分では役不足だと理解し、今更此処へも戻れずただ代わりに復讐してくれる人間を探しながら細々と露天商の真似事をしていたのだろうと。





 ローズの言う様に幻惑の指輪を幾つ手に入れればこの問題は解決に向かうのだろうか。

 全ての獣族が人間に扮して生きる事が。

 きっと根本的な問題は解決しない、欲望に埋もれた人間達は永久に消える事はないのだ。そしてアリィの心の傷も。




 たがローズ=マカフィストの言う事の中で最もな意見を真はここに来て真面目に考えていた。


 今後どうして行くか、である。

 リトアニア商会に顔が割れているか未だ判断しかねる所ではある現状だが、それと問題を起こした事だけは間違いのない事実。

 今後真が誰かと一緒にいればその誰かも危険に晒す事に他ならない。

 それはこの場合で言えばルナとアリィだ。


 更に今後フレイと一緒にいればフレイをも当然何かしらの危険に晒しかねない。


 仲間とは、真にとって仲間とは何か。

 それは守るべき大切な物。


 ならば辿り着く答えは。


 真は早い内にこのかけがえのない仲間との別れが控えている事を胸の内に理解せざるを得ないでいたのだった。

 

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