第79話 FAIBEの片鱗


「今のは……中々に、効いたナァァ」



――ひ!?




 纏わりついていた炎の大蛇が消滅した時、ガーゴイルの突出した真紅の眼球は観客席に立ち竦むルナへと向けられていた。

 短いルナの悲鳴と怯えは、たとえ真が視覚聴覚を過敏にさせていなくてもこの距離で判る程だ。




「むぅ!?その魔石は」

「ルナ!!」



 怒りか、それとも何か他の目的があるのか。ガーゴイルは突如として背に生える翼を大きく広げたかと思えばルナのいる観客席に向かって飛び込んで行く。

 真は迷う事無く反発応力によって浮き上がる身体をルナの元へと向けた。ガーゴイルが翼を一扇させるよりも疾く、真は数秒の時間でルナと向かい来るガーゴイルの間に割って入った。



「よく頑張ったな、ルナ」

「シン様!!」



 リングと観客席を分つ厚さ数十cmの壁上に着地した真は視線をガーゴイルに向けたままそうルナへ呟く。

 振り向けば恐らくは涙顔であろうルナの真を呼ぶ声、呼称が兄様で無くなっていた事に改めてこの状況がルナにとって差し迫った事態であった事を認識させられる。



(さて……どうしたもんかな)


「――人間、その魔石を何処で手に入れた」




 遂にその距離1m程まで迫っていたガーゴイルは、確実に視界の範疇である真を無視して大方ルナにそう問うた。

 背後に困惑しているであろうルナの気配を感じ、真はガーゴイルの戦意対象を変更させようと試みる。



「どのマセキだ、化物」

「……何だ貴様は。次から次へと人間はどこまでも湧いてくるな、今は貴様の相手をする折では無い」



 どうやらガーゴイルは真が女剣士と共に斬りかかった事など記憶の片隅にも無いらしい。

 それはある意味有り難いとも言えるが、逆を返せば全くの戦力外と言われている様な物。

 真は挑発するつもりが寧ろ自分の神経が逆撫でさせられている事に笑いがこみ上げた。



「………シン様っ、魔力を放ちます。避けて下さい!!魔力よ、我放つ│水の光槍ウォーターランスッッ!」



 真はふと背後で勇ましくもそう叫ぶルナの意図を捉え、半ば反射的に上空へと飛んでいた。


 数瞬の間を置いて放たれるルナの魔力。

 妖しく輝く杖の先端、黒き球体、大きな槍ランス形の水流が眼前に浮くガーゴイル目掛けて照射される。



 ガーゴイルとルナを更なる上空から見下ろし、真はルナの成長を場違いにも感じていた。

 こんなにも積極的に何かを行動するルナは初めて見た気がしたからだ。


 そう、皆真剣に戦っている。

 ただ一つの油断も命取りな戦場と化すこの世界で、恐怖と真摯に向き合いそして自らを高め生きている。それがこの世界に生ける人々の宿命なのだ。



 真は自らの不遜を改めさせられた。

 自分は何処か他人事だったのかもしれないと、見知らぬこの世界は自分の居場所ではない、地球と言う文明と科学が発展し過ぎたあの世界の人間で、決してこんな低文明なオカルト世界の一員ではないと。

 心の底ではこの世界を、この世界の人間を、馬鹿にしていた。それはまるであの異世界から召喚された少年の様に。





「――やはり……この魔力、魔族のそれが混じっている。源はその杖、悪鬼族の魔具か……小娘、貴様それを何処で手に入れた?まさか貴様も魔族と契約しているのか」

「な……何で、効かないの……私じゃ……役に立てないの」



 重力操作により真は落下速度を極限まで緩め、ガーゴイルとルナを足元に見据えながらどうするべきか考えていた。

 自分に出来る事は無いのかと。

 科学は、所詮このオカルトな世界で通用しないのかと。

 かの山本猛はだからこそ異世界に行きたがったのか、科学をも超える不可思議な力、それを解析し、更なる高みを目指す為に。



 だが真は当初から今ここに至る迄思っていた筈だ。

 この世界は遅れている、オカルトな魔法とやらは所詮地球の科学文明にすら及ばない。山本猛にもう一度会う機会があればそう教えてやりたいとすら。

 多少の好奇心を持ってその身に魔力とやらを受けてみたが所詮メッシュアーマーに傷一つつけられない、そんな魔法に期待を寄せるなと。



 だが今この現状はどうか。

 おかしな化物一匹に苦戦している自分、フォースハッカーがここにいればまた違った策や技術を提供できるのだろうか。

 もし出来たとしてそれは無い物ねだりと言うもの、今あるのはたった一つの科学結晶、携帯端末デバイスのみ。


 出来る事は限られている――――



「そうだ……膨大な程に、限られてる」


 


「娘、貴様悪鬼族と手を組みこの世界を統べるつもりか……その程度で片腹痛いがしかし、芽は摘んでおくべきか」

「これはッ……村長様が私に授けた村の宝!あんたみたいな化物に、渡し……ワダジ、ふぐッッぅ」



「ルナッ!」




 遂にガーゴイルはルナへとその悪意を向けた。

 女剣士と同様、ガーゴイルの腕の動作に連動して宙に浮ぶルナは首を両手で掻き毟りながら苦しみに藻掻いている。


 真に悩んでいる猶予等最早無きに等しかった。

 いや、この魔族が現れた最初ときからそんな物は無かったのかもしれない。


 何故もっと早くにこれに気付き試してこなかったのか、自らのこの世界に対する興味の薄さが今となっては仇となった。

 限られている、磁性粒子分解波は地・球・の戦闘で役に立たないだけだという事。真の頭にはそれが最早常識となって今迄気付けなかったのだ。


 ここは地球じゃない、ならば、もしかすれば、いや多少なりともこの魔族が物質であるならば。


 効果はある筈だ。



 真は苦しむルナから一旦視線をデバイスに移し、ゆっくりと降下していくのを感じながら素早くその画面を操作した。

 声紋認証のショートカットに磁性粒子分解波を設定していなかった事が悔やまれるが、そんな物はかつての地球で使う事等無かったのだから仕方が無い。

 少しの焦りと不安が指の操作を妨げるが敢えて冷静に、そして確実に真はその項目をタップしデバイスにガーゴイルを補足させた。


 対象分子に相変わらずのunknownが表示されるが間違いなく真の知り得る、そしてデバイスが認識した分子結合も同時に表示されていた。


(行けるか……!)



 出力は惜しまず全分解。

 濁った笑みでルナを苦しめんとする魔族ガーゴイルに向けて、真は遂に地球の戦闘で用を成さなかった磁性粒子分解波を放射した。




「ッかは」



 刹那の時間で漆黒の体躯を消滅させるガーゴイル。

 僅かばかりの黒い塊が宙を浮遊しているが、最早その物体に先程までの禍々しい脅威は見る影もない。



 1m程浮かされていたルナが歪な咽頭音を鳴らしながら観客席に自然落下し、その拍子にカランと杖が乾いた音を立てて転がった。


 直後、ふよふよと漂う元ガーゴイルであった筈の黒い塊は、ルナの杖先端に付けられた黒い球体に吸い込まれる様にしてその存在を完全に消滅させていた。





「……ルナ、平気か?」

「は、はぁ、いっ、痛たた……シン様……大丈夫です、それより化物、わ!?」


「あぁ、多分、大丈夫……そうだな」



 重力操作を解除しルナの元へ駆け寄った真は、ガーゴイルが浮遊していた辺りを見回した後、転がるルナの杖を一瞥してから再び顔をルナに向けるとそう呟いていた。



「へ……な、何が……え!?それは一体」


 ルナは痛む腰を摩りながらも慌てて横に転がる杖を拾うと、辺りをキョロキョロと見回している。

 真はそんなルナの小さな背中を見詰め、観客席の一つに背を凭れさせながら一つ息を吐いた。



 状況を完全に把握しきれた訳じゃない、ただ今は最悪の状態を抜け出せた事だけでも良しとする。

 久しく感じていなかった心労に、真は初めて自分がこの世界の人間の一人として仲間に加えて貰った様な気になった。

 だが悪い気はしない、ほんの数日前まではフォースハッカーでただの捨て駒だった自分はいつ死んでも良いような人工人間ガラクタだった。


 それが今こうして命のやり取りを通じ、生を実感している。

 対等である証、多少文明の違う技術を持ってはいるものの真は今この世界で、地球の時よりもしかるべく生きているのだから。




「あの化物……シン様が、まさか……?」

「英雄七不思議だ」


 いつかにも言った、ラベール花の採取をルナと共にした時。

 デバイスで撮影した絵をルナに見られ誤魔化した言葉。真はあまりに適当な自分の発言にこれは七不思議の何個目かを数えて苦笑した。



「え、英雄……で、でも!そんな……一体何がどうなって……跡形も無いですよ、シン様」



 どうやらルナもやはり成長している様で、事是に於いては真の適当さ極まる発言も通用しない様だ。



「まぁ、そうだな。強いて言うなら――科学が魔法を、凌駕したって……所か」

「え、カガ……何ですかシンさ、あ……シン兄様」


「いや、何でもない」





 真は訝しげな表情で首を傾げるルナと左手に握ったデバイス――正式名称【Full Artificial Intelligence Builtin Equipment】通称FAIBE―― を見つめ、今後の身の振りに多少の修正をかけてみようかと思うのであった。

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