第75話 本戦の行方

「地球……」

「え?何?」




 不遜な態度を崩さない真に呼び止められて振り返る少年は、よく見れば真の見慣れた世界、アジア系の顔立ちか。

 今まで特に気にもしなかったが、黒髪と言う事事態珍しいこの世界。輪郭や目鼻も他の人間達と比べて何か違和感をもたらせる。

 ならば今の発言から少年も真同様、あの地球から此処へ来たのではないかとそんな考えが真の脳裏を過っていたのだ。



 ただ反射的に呼び止めてしまっただけに、真にはどんな言葉を掛けるのが最も自然か見当もつかない。

 よくよく考えればそもそも真のいた地球にこんな少年がいただろうかと言う疑問。施設の研究にかけられた人間達にそれ程興味は無かった真だが、それでも子供がいた様な記憶は無い。


 ならば施設外で生き残った人間か、否それも有り得ない。

 何故ならあの狭い日本で組織施設外は完全に荒廃していた。万が一そこで生きていたとして、そんな人間が先程の様な、等とふざけた言葉を吐ける筈が無い。



 他の可能性として海外にいた日本人か、もしくは日本人ではないが言葉はこの世界で共通化されていると言う可能性もある。

 何ともオカルトチックな推測だが、真の言葉がこの世界で通用するのだからそれも十分に有り得ると言わざるを得ない。だがしかし今合わせるべき焦点は少年が地球人だとしてどうやって此処に来たかである。



 この世界では召喚等とおかしな説明をされているが、現実召喚される側の方には何が起きているのか。

 ある日突然気付けばこの世界か、それともデスデバッカーの開発した時空転移装置が国外にまで波及し、真同様それを用いたか。



 そもそも真と少年のいた地球は同じ時代ではない可能性も捨てきれない。もしくはパラレルワールドが存在する可能性もある。

 考えられる可能性を瞬時に頭で幾つも羅列させるが、それをすればするだけ真の脳内処理は今の事態を拒んでいたのだった。



「何?もしかして君も僕とやる気とか?君じゃ無理だって、見てたなら分かったでしょ?この倒れてる三人、僕には余裕だったけど君より強いよ?」

「創星、30年」


「は?何、どうしたの、え、何かの詠唱?勘弁してよねぇ」




 そんな時真が咄嗟に思いついたのは元号、和暦であった。

 日本が荒廃を始め、皇族が存在を失ってからもそのまま適用され続けていたそれ。

 日付の概念等あまり気にしていなかった真であるからあまりはっきりとは覚えていないが、その辺りの年数で恐らくは間違いない筈だった。


 だがこれに反応してこない時点でこの少年が真のいたあの場所の人間では無い事だけは確かと判断出来なくもない。


 ならばと真はそのまま次の単語を無造作に放った。



「グレゴリオ暦」

「……は?」



 世界標準となっている暦ならばどうかと考えた真であったが、その反応もあまり芳しくは無かった。

 よくよく考えてみればグレゴリオ暦も完全なものではなく、その後に確固たる国際標準が定められロマリウス暦を強制的に適用する話があったのは記憶に新しい。



「ねぇ、さっきから何なの?この世界が何年だなんて興味無いんだよね。地球って言うまぁ星があるんだよ。宇宙って言う中にね……あぁまぁ君に言っても分かんないよね、兎に角僕が他の世界の人間だって言うのは黙ってて貰えるかな?面倒は御免だから、もし言い触らすなら……うーん、まぁいいや。どっちでも。兎に角君の相手をしている暇は無いから!あのお姉さんを渡す気になったら言ってよ、んじゃ」




 少年は好きな事を並べ立ててそう言い放つと、真の纏っている漆黒のコートとは比べ物にならない程値が張りそうなマントを翻して月明かりの照らす街道から去っていった。



「地球か、まさかな」



 果たしてこの世界は何なのか、あの少年も真と同じく他の星から来た人間なのか。

 そして地球と言う単語に宇宙と言う言葉、あの少年は一体どこの地球から来たと言うのか。最早考えるのも億劫になった真は再びこの世界へと思考を向け直し、宿へと向かうのだった。


















 翌日、ザイールトーナメント本戦会場コロッセオ。

 既に受付を済ませた真は、観客席にて応援していると言う皆と言葉を交し選手控室に身を寄せていた。

 控室には、まだ真と黒銀の鎧に身を包む剣士風の男が一人、そして朱色の長髪を背に流した女剣士が静かにその時を待つだけだ。



 フレイは本戦の式典礼に出てくるブランタが下がる時を見計らって父との謁見に臨む様である。

 本来であれば屋敷に帰ってくるのを待つ方が効率的に思えるが、最近のブランタの傾向は屋敷に戻る時期が分からないらしくこのタイミングしか無いのだと言う話であった。


 ブランタが魔族とやらに侵されているとして、そんな人間が普通に挨拶等出来るのかと思う所は多々あるが、兎に角その件はフレイ達に一旦任せる事にする。


 いざとなればいくらでもやりようはある筈だ。




 刻一刻と近付く筈の本戦時間に控室にも出場選手が集まってくる。

 昨日のブロックAからDで勝ち抜いた四人とシード権を持つ四人、計八人の選手で行われるザイールトーナメント本戦。選手が戦うリングの周囲は白い壁が立ちはだかり、観客席はそれを見下ろす様にぐるりとリングを取り囲み設置されている。


 控室から距離があるにも関わらず、観客席から聞こえてくる歓声は今か今かと試合を待ち望む人間達の欲望を如実に現していた。



 ふと控室に入って来た本戦出場選手の一人に真は目を向ける。相手もその視線に気付き、驚きの表情を貼り付けながら真の元へ歩み寄って来た。



「……まさか君も、勝ち残ったって事?」



 異世界の勇者、そして地球と言う星から来たと自称する不可思議な少年。


「悪いがそのまさかだ。宜しくな」


「うへぇ!?悪い冗談だよ、君が勝ち残れる程このトーナメントはレベルが低いって事?そりゃ魔王も倒せないよね、何か拍子抜けだな」




 そんな少年の戯れ言を掻き消すかの様に控室内で係員の声が響く。

 選手宣誓的な物ではないだろうが、これから式典を行うに当たって本戦選手八名はリングで開催者の挨拶を聞く事になる様だ。開催者とはつまり領主ブランタ、フレイの父であり今や魔族の虜となっている危険性を孕む者。



 そんな事など知る由もなく、ただ自分がこの大会で優勝する事だけを考えている選手達は一同緊迫した空気を漂わせやがらコロッセオへと向かった。






 周囲を包む歓声は中心で合わさりコロッセオに反響する。

 本戦八人を賛える言葉、真はふと観客席を見上げフレイ達が集る場所をその中から何とか見つけ出して一瞥していた。




「皆様お待たせしました!ザイールトーナメント本戦に残った強者八名の選手達に惜しげ無い拍手を!」




 囲まれた壁の一部切り取られた空間から出てきた実況解説者。

 真が戦ったブロックAの審判員ピエールが拡声器を使用してそう言い放つと、同時により一層の歓声と拍手の嵐がコロッセオを包んだ。



「エークセレンッッ!では先ずはこのザイールトーナメント主催者でありここザイールの領主、ブランタ=フォーレスより恒例の式典挨拶を一言頂きます!」



 わぁと言う歓声が再び上がり、一際高い位置に設置された露台から一人の中年男性が姿を現すと周りのざわめきも一瞬で静けさへと変わった。


 街の代表色であるかの様な白色のマントと口回りを覆う髭はその威厳を現し、その者がこの街で一番の権力者であろう事を瞬時に理解させる程の風貌。


 フレイの父ブランタ=フォーレス。

 万が一にもフレイと婚約したらこの男に挨拶を交わすのかと思うと気が滅入りそうになるが、場違いな思考を振り払って真は周りの選手達と同様顔を上げた。




「えぇ、例年参加者が増えるこのザイールトーナメントで今年もここまで勝ち抜いた八人の勇敢な選手達よ。皆はいつか国を背負える程の器になるだろう……優勝者にはギルドで階級Aを名乗れる様配慮する、賞金は白金貨十枚を約束しよう。八人の英雄よ、健闘を祈る」



 それだけ言うとブランタはマントを翻しその場を後にした。それを見届けた所で解説者のピエールが代わるように場を受け持った。


 だが真の視線はフレイに向けられている。

 ブランタが捌けたのを見計らったかの様にフレイは観客席から立ち上がり、恐らくはブランタの元へと駆けて行く所であった。


 試合は二組ずつであるからその間であれば多少控室から抜ける事も出来るだろう。

 真はピエールの試合説明が中々終わらない事に若干の苛立ちを覚えながらこの後の段取りを脳裏に描く。




 そんな刹那、観客席側から何やらざわめきが上がりそれは瞬く間にコロッセオを包み込んだ。

 タイミング的にもそれは歓声や試合を待ち望む様な声で無い事は明白で、観客の視線の先を追ったピエールも口を開けたまま説明を切っていた。





――――魔物だ!




 誰かが言った。

 その言葉は観客席に混乱と悲鳴をもたらせ、いつしかコロッセオは阿鼻叫喚の渦に包まれる。


 リング上に集まった戦士達も、上空を旋回するその黒い物体を見つめたその時ばかりは今までの勇猛さを忘れているかの様であった。

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