第73話 アリィの先行投資


どうも神部です。この場を借りて失礼いたします。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが……ルナとレスタの関係性、それに関わる数話を差し替えております。

(差替版)と書かれた物を読んでいない方は今後の展開に違和感が出るかもしれませんので再度軽くで良いので読んで頂ければなと……。


読者の皆様、いつもありがとうございます!

では以下より本文です。




――――――――――――――――

本文



 フレイとレスタの父でありこの屋敷の主、そしてここザイールの街を復興した第一人者兼領主、ブランタ=フォーレス。

 だが妻レスマリア=フォーレスは夫が何かを企んでいると突如言い放ったのだった。



「母さん?」

「母君、それは一体どう言う……」



 そんなレスマリアの発言に疑問の声を上げるレスタとフレイ。

 だがレスマリアに冗談を言っている様子は無く、周りで聞いているクローアとサンジもそれに心当たりがあるかの様に視線を落としていた。



「母君、父は確かに昔から無茶をする様な人だがそこまで悪事を働く様な人間じゃないのは私がよく知っている」


「えぇ、分かっているわ。でも……心当たりがあるの……私がレイを……フレイ、貴女の母親を……」

「その話は――――」

「ダメなの、聞いて。お願い、フレイ……話さなくてはいけない……でないと被害は大きくなるかもしれない」




 先程フレイが必死で言わせまいとした真実をレスマリアは遂に話した。

 その口振りはゆっくりで噛み締めるような、悔い改めるような、だがそれは確実に覚悟を決めた者の口調であった。



「私はレスタが病気だと知り、落ち込んだわ……その間にも後から来たレイとブランタの子……貴女はどんどん時期当主の器に成って行く。焦っていたのね……そして同時にそんな貴女達が憎かった……憎くて憎くて、そしてそんな時に現れたの。悪魔が……あれは私の穢らわしい心が生み出した物と言ってもいいくらいの禍々しい生き物……」






 魔物。

 否、人間と言葉の意思疎通が出来るそれを人々は魔族と言う。

 レスマリアが出会ったその悪魔は恐らくガーゴイルと呼ばれる種の魔族では無いかと言う事であった。

 レスマリアが初めて告白するそんな話に一同は口数少なく聞き入っていたが、歴史を、世界をよく知るサンジ=プラハはレスマリアの出会った物は憎しみと欲望を餌とする汚らわしき魔族だろうと語った。


 フレイもその話を聞き自分がファンデル王都周辺に出来た遺跡に赴いた事、そこは魔族が統率しておりその種族も恐らく悪魔族であろう事を話した。

 そして勇者召喚が恐らく行われているであろう事も。

 それはつまり今ファンデル王国に何かが起こっているかもしれないと言う事実。




 話は戻るがレスマリアはその魔族に乗せられフレイの実母レイ=フォーレスを消して欲しいと頼んだ様であった。

 涙ながらに過去の真実を語るレスマリア、耳を塞ぎたい話であろうがフレイはそれを真剣な顔でただ静かに聞いていた。その表情は悲憤にも満ちていたが、隣に座る真がそっと肩に手を置くとそれも少し紛れた様に見えた。



「……あの人は変わってしまった。後悔しても私がした事が消える訳じゃないのは分かっているの……でも、あの悪魔はまた私の元へ現れてこう言った。お前の家族は欲望の塊だって……ブランタは魔族の事を調べていたわ、最近は此処に戻って来る事も少ない……あの人ももしかしたら……」



 家族は欲望の塊、それはつまりレスマリアだけでなく他のフォーレス家の者も悪魔の手の内にあると取れる言い回し。

 真はトーナメントの仕組み、そして更に賭け事まで催されていたそのやり方に領主の欲を確かに垣間見た事を思い出していた。




「私も旦那様のここ最近の様子はおかしく思えます。何処か遠くを見ていると言うか、フレイお嬢様が此処を出てからその……少し荒れていた所も、ありますし」

「いや、私も長年仕えているが思う所はあった。ブランタ殿は何かを隠している、ファンデル王都へ独立宣言も出していた様だ。ならばそれは無策と言う訳でもなかろう」




 段々と見えつつある領主ブランタの思惑。


 ファンデル王国から独立し、利益を自らの物と独占してそこから今度は共和国に領地を拡げて行こうとしているのではないか。だがそれに必要な圧倒的軍事力、それをブランタは魔族で補おうとしているのではないかと。


 そう結論付けられた所で皆が口を噤む中、レスマリアは突如立ち上がりテーブルに頭と手を付け呟いていた。


「お願い……力を貸して……下さい。私がした事は許されない、私はどうなっても構わないわ……私はあの人に振り向いて欲しかっただけなの……お願い、します……ブランタを、助けてあげて……」



 そう切願するレスマリアだったが、此処にいる誰もが何をどうすればいいのか皆解らずただ沈黙だけが食堂の空気を支配していた。



「それは……魔族を倒して欲しいって言う事でいいんですかね、母上殿。それでしたらこの天福商店がお安いですよ!うちの商品と従業員のシンちゃんなら余裕です。たかがガーゴイル一匹、されどガーゴイル一匹……そうですね、お値段の方はプラチナ……おとと、白金貨一枚で特別に手を打ちましょうっ」



「おいっ!」



 静かな広間に滞る事なく紡がれるアリィの宣伝文句を瞬時に止める者はいなかったが、言い終わった後にフレイが声高々にアリィへと詰め寄っていた。



「これは遊びじゃない、ふざけるのは止めてくれないか」

「え……何?おっぱい、まさか無償で魔族討伐を請け負うつもりなの?この奥方はあんたの母親を殺した様な人でしょ。そんな人の頼みを聞くって?あんた馬鹿?脳沸いてるの?おかしいでしょっ、いい?この人は魔族討伐を望んでるの、また自分の気持ちを満たす為に。ギルドに魔族討伐を依頼すれば白金貨一枚で済むような話じゃない、それをうちが請け負うと言ってるんだよ?言わば今は売り手市場……どう母上殿?」



「アリィ!お前はっッ」

「姉さんっ!落ち着いてよ!」




 アリィの発言に激怒するフレイは今にも飛び掛りそうな勢いで弾けるが、弟のレスタは冷静にそれを弱々しい身体で必死に抑えつけていた。

 そんなレスタの姿にフレイも溜飲をギリギリの所で下げたが、その怒りに満ちた視線はアリィへと向けられたままだ。


 アリィはそんなフレイの視線を特に気にする様子もなく、レスマリアへ商売の話を持ち掛ける。



 真にしてみれば二人の気持ちが解る分それは複雑であった。

 フレイは正義感と優しさの塊。例え自分の母を死に追いやった人間の願いであろうとここまで懇願されて放って置けるフレイではない。

 そんなフレイだからこそ、自分も黒く濁り乾ききった心を多少なり開けたのも事実である。


 だが一方でアリィの言う事は最もだった。

 ギルドの魔族討伐相場がいくらか知らないが商売人ならその辺りもしっかりと計算しているだろう。危険な事を頼むならそれなりの対価があって然るべき、それも頼む相手の中には自分が過去に邪険にし、あまつさえ実母を死に追いやった義理の娘がいるのだ。謝罪と涙で確執が少し弱まったとは言えそれは相手がフレイだったからに他ならない。


 相手が違えばレスマリアはこの場で斬り殺されてもおかしくない立場なのだから。



 ただ、真にはそれより気になる事があった。




「……俺はいつからお前の所の従業員になった」


「ぇ……へへ、やだなぁシンちゃんてば。あれ、その漆黒のコート凄く格好いいねぇ、あれ?そのグローブも……もしかしてそれ対魔性じゃない?高いんだろうなぁ……どこで買ったの?!」



「……先行投資、か。なるほど」

「よく出来ました!流石はシンちゃん、私が惚れ……見込んだだけある男っ」





 どうやら先行投資とは口だけでは無かったらしい。

 抜け目の無いアリィの商売人根性に真は舌を巻くのだった。



「私は認めないぞっ、シンをそんな物で祭り上げる等……そのコートもグローブも私が買い取ってやる!その話は無しだ」


「……へぇ、じゃあどうするの?あんたはそこの第二の母を見捨てるんだ?へぇ、やるじゃん、復讐ね、それもプラチナイスな結論だと思うよ」



「なっ、なんだと!?そんな事は言っていないだろ、ただ私は……シンに、その、そんな魔族は人一人でどうにかなるような相手じゃ、しっかりとしたA階級のギルド員を集めてだな……」

「だぁかぁら、それだとお金がかかるよって言ってるの!すごぉーくね、あんたもB階級なら知ってるでしょう?魔物討伐は白金貨数枚、それを束ねる魔族となればもうそれはそれは……」



 フレイはアリィの的を得た講釈に若干圧倒されつつあった。

 反論するたびに返される正論に、フレイ自身も自分がおかしな事を言っているのに気付いたのだろう、語尾は着々と声音を落として行き最後には椅子で項垂れる事になった。



 恐らくフレイの事である。真を心配してくれているのだろう。 だが持ち前の正義感から義母レスマリアと父ブランタを救いたい気持も強い。

 しかしギルドへの依頼にかかる金は恐らくただの妻でしかないレスマリアや、ましてや今となればしがない冒険者風情でどうにかなる様なる物でもない。

 本来なら国が動くレベルの事態なのだ。



「でも……その、まだその魔族と決まった訳じゃ、ないんじゃ……いえ、その、すいません」



 そんな時、ルナがふと呟いた。



「そうですな、ルナ殿の言うとおりです。今まで憶測を並べ立てて来ましたがそれも確かではない、それを確かめてからでも遅くはありますまい。ブランタ殿は明日の本戦で必ず式典礼に出席されるはず……その後であれば、お嬢ならもしや」

「そうか!そうだ、私が真実を確かめる。話はそれからだ」



「でもさ、それで正直に言うかな?万が一お父上さんが魔族に毒されてたら?そんでおっぱいが殺されたら?」




 アリィの言葉に返す言葉は誰も見つからなかったが、フレイだけはそれを真に受ける事なく、ただ大丈夫だと呟いていた。

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