第35話 二人のハイライト
ファンデル王都には多くの薬師が滞在する。
だが薬師と言ってもこの世界で取れる植物や生物の何と何を掛け合わせてどんな物が出来てそれがどんな効果をもたらすのか、その全てを網羅している様な薬師は恐らくそういないだろう。
殆どの薬師は既存の方法、手順に従って出来うる限りの治療を施す薬を調合し販売する程度だ。
夜中に突如駆け込んできたギルド員は全身の痛みを訴えその場でもがき苦しんでいた。
ギルドの方針に従い、仕方なくハイライトは王都でも常時店を開けているギルドお抱え大手の薬師館へと駆け込む羽目になった。
正直逃げ帰る様なギルド員にそこまでは無用だとも考えるハイライトだったが、今や自分は籠の中の鳥。
給金と言う名の餌の為、飼い主に媚びを売りながら大人しく言いなりになるしかない。
そんな気だるさを腹に抱えながら薬師を一人連れてギルドに戻った時には既にギルド員の男は事切れていた。
薬師は既に死体となったその男が何故死んだのか判断しきれずに、とりあえずその死体を薬師館に持って帰ると言うのでハイライトは憂鬱な気持ちでそれを手伝うのだった。
内心で大手の癖に何とも情けないと言う気持ちは拭えない。
もしあの人なら、自分の命を救ってくれた今や伝説とも絵空事とも言われる薬師ハイライト=ソーサリーならば直ぐに原因を言い当てる筈だと思いながらそれを口に出す事は決して無かった。
◆
ファンデル王都ウェルト地区。
半壊した町並みは未だ過去の魔物の襲撃による爪痕を残している。
これだけ広い城下街でここだけ何処か取り残された様相は、その頂点に立つ白亜の城を見なけれ此処が王都だと忘れてしまいそうな程だ。
ウェルト地区が魔物に襲撃を受けてからもう10年以上は経つと言うのに未だその復興が進まないのはそこに昔から住む住人達の意向でもある。
魔物が来ればこうなるのだと言う事を忘れない様に、対応の遅れた王国への嫌味もそこには多少なりとも含まれている。
そんな王国側もあまり関与したがらないウェルト地区のある一画。
人気も特にそれほど無い移住区には一件の薬師屋がある。
他の地区にある薬師館とは比べ物にならない程小さな木造家屋、それは端から見ればただの古びた住居にしか見えずウェルト地区の住民の中でもそこが治療薬を売っている店だと知っている者は僅かであった。
そんな古びた薬師屋へ、ハイライトは久し振りの非番を持て余して足を向けていた。
「……邪魔する」
「?……シグエの兄っ」
ギルドに設けられたそれとは比にならない程簡素な古木で申し訳程度に作られたカウンター越しに、ハイライトの姿を視界に捉えた少女が声を上げた。
焦げ茶色のショートカットで前髪を揃えた少女、その頭に剥き出た獣に見られる三角の耳が笑顔と同時にピクピクと喜びを現す様僅かに動く。
その少女がまだ幼い事はカウンターから肩上しか出せないその身長から直ぐに分かった。
ハイライトはその少女に片手を上げてカウンターに歩み寄ると、普段の様に軽々しく声をかける。
「よ、元気そうだなイルネ」
「当たり前!でも久し振りだねシグエの兄、仕事忙しいの?」
「んん、あぁまぁ……そこそこな」
ハイライトはシグエの兄と気安く呼び掛ける少女の質問に曖昧に答えた。
「ハイライトさんはいるか?」
「あぁじっちゃんに会いに来たのかぁ……なんだぁ、ま、分かってたけどさ。じっちゃんならいつもの地下に籠ってまた調合してるよ」
そうかとハイライトは少女の頭を一撫でするとカウンターを軽々と飛び越えて床下の一画を持ち上げると、地下へと続く階段を降りた。
階下には狭い廊下が伸び、端には木箱が積み上げられている。
他にも調理器具等が乗った簡素なテーブル横に恐らく地上と空気の循環を行う為の配管が為されており、久し振りに見るそんな光景にハイライトは普段のストレスから若干解放された気分にさせられた。
奥まった場所に広めの空間。
その天上には光源となる魔力機が設置されその一体を照らし出す。
椅子に腰かけた白髪混じりの男は何やらテーブルへ噛り着くようにその腰を曲げていた。
「ハイライトさん」
「…………ん?」
ハイライトのその声にふと我に返ったように顔を上げ背後を振り返る男。
男は視界にハイライトを捉えるとめんどくさそうな顔をしてどっと椅子の背にもたれ掛かった。
「ふぅ……シグエーか、イルネなら上にいたろ?ワシに挨拶なんぞ要らん」
「まぁ……いえ、今日はハイライトさんに会いに来ましてね。……ちょっと暇だったんで」
「全く……国務官はそんなに暇か、こんな所に遊びに来る余裕があるなら少しは不憫な連中の補助でも考えっ……と、お前に言っても仕方ないか」
男の国へ対する不満に今や何とも言い難い立場となったハイライトは苦笑いでその返事を返す。
「で……?今日は何の様だ、お前がワシに用事だと言うならそれなりに期待するぞ」
「ただの暇潰し……で来たい物ですけどね、ここは……落ち着くもので」
「冗談言え、そんな国務官みたいな堅苦しい喋り方になったお前と話してたら柔軟なワシの頭が堅くなってしまうわ!」
段々と昔の様なやり取りに戻った所でハイライトはその男に小さい麻袋を差し出し本題へ入った。
「ハイライトさんなら何か分かるかと……話では、バジリスクの眼球だとか――――」
「んなんだってぇっ!?」
ハイライトが全てを言い終える前に男はその麻袋を慌ただしく取り上げ中を覗き混む。
暫し男はその麻袋の中を食い入る様に見詰めたまま体を震わせていた。
「…………まだそんな生物が存在していたとは……間違いない……結膜の孔、これは毛様体から繋がる……あっ、くそっ、中心静脈がここで切れてるのか……あぁ、誰だこんな取り方をしたのは……馬鹿めが……後少しで原理が解りそうな物を……」
「……はぁ、全く」
ハイライトはこの男がこう言った獣の部位、男は総称して生物と呼ぶがそれを見ると周りが一切見えなくなる事をよく知っていた。
こうなってしまった男の薬師魂は暫く止められない。
それがこの男、伝説の薬師と今や御伽話の様に謳われるハイライト=ソーサリーなのだ。
◆
ハイライト=シグエーは孤児であった。
自分のいる場所がリヴァイヴァル王国と言う名の国である事も最初の内は知る由もなく、ただ自分が本能の赴くまま生きるので精一杯。
窃盗、強盗は当たり前でその相手が危険な集団であってもそんな事など幼いハイライトには関係ない。
だがそんな幼き盗人が天の裁きの対象にされる事は見えない神がいる世で自然の摂理とも言える事態であった。
その男からの盗みが今後の人生を左右する等その時の少年には分かる筈もないのだ。
ハイライト=ソーサリー、しがない薬師館の跡取り息子。
ただ自らの興味をそそる事への注力は他者を凌駕する程の研究者資質であった。
彼は薬を調合する事より生き物に対する興味が人一倍強かった。
最初の内はその仕組み、骨格や臓器の役割に興味を示し、それをリヴァイヴァル王国で最もよく浸透している無手流の戦闘技術に応用できるのではないかと自ら修業を積み重ねて行った。
次第にギルドへ登録してそんな独自の無手流で名を馳せて行ったハイライト=ソーサリーは、薬師館を経営する父親に跡継を無理強いされるのが嫌で風来坊となる。
そんな旅の中で彼は痛手を追い、薬の大切さを理解するが今更父の跡を継ぐ事等出来ないと自ら研究を重ねに重ね独自の薬物調合を行い、自らの体で試し続けた。
元々薬師館で育った事もあり、薬への基礎知識もある彼は独自の観点で新たなる薬をも開発するようになっていった。
最初こそ怪しまれた彼の薬は今まで難しいと言われた治療も行える効き目を発揮し、口伝えでリヴァイヴァル王国へ浸透していった。
ハイライト=ソーサリーの名はリヴァイヴァル王国の薬師館で知らない者はいないとまでに有名となり、こぞって彼を自らの店へ招きたいと言う勧誘は後を立たなかった。
今更何処の薬師館にいても学べる事は無いと彼はその身を伏せながら風来坊を貫くが、そんなある時旅の途中で珍しい生物と出会し彼は自らの無手流戦闘術でそれを捕獲し、嬉々とした気持ちでゆっくりと研究出来そうな居城を探していた最中にそれを強奪されると言う事態に見舞われたのである。
子供、明らかに孤児だと分かるただ自分が生きるためだけにそれが何とも知らずに盗み取った少年はその盗んだ物によって自らの命を瀕死の状態に晒した。
生きる為に盗んだ物で死に向かう少年と、自らの物を盗まれ、それによって死に晒される少年を助ける羽目になる男、それが二人の出会いであった。
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