第14話 力とは


 日もすっかりと落ち、辺りは月が照らす僅かな明かりと何度か追加した枝による火の明かりだけだ。

 立ち上る白い煙は空へと上り、見上げれば夜空の星が木々の開けた合間からはっきりと見てとれた。


「宇宙は相変わらずか……」


 この星のどれかが地球だろうか、それとも全く見えてもいないのか等と真にしては感慨深くもふとそんな事を考えていた。




 火を焚くと獣、もしくは魔物とやらが寄ってくる恐れがあると言うので交代で火の番を予て見張りをする事になっていた。

 これが一人旅なら寝れないな等と思う所は多々あったが、今はただ空を見上げて地球に残されたフォースハッカーのメンバーの事を思った。



 ふと背後でごそごそと物音がする、恐らくフレイが身体を起こしたのだろう。

 敷いている獣か何かの皮で出来た敷物が砂利に擦れる音がした。



「……やはり寝れないな、こうして二人で野宿するのは久し振りだ」


「……俺じゃ不安か?よっぽどの化け物でも出たら真っ先に起こすさ」

「ふっ……そこはあまり心配してないが、まぁその時は起こしてくれ」



 フレイは真とそんな軽口を交わしながら対面にある大きめの石に腰かけた。

 露出された脚が月明かりに照らされ白々しく、何とも艶かしい様相を醸し出す。


 真はそんなフレイの姿に目のやり場へ困り顔を川辺へと視線を反らした。



「シンは襲ってこないんだな?」

「はっ?」


 突然突拍子も無い事をいい放ったフレイに思わず顔を向き直す。


「いや……旅をする奴は大概にして男だからな、こうして野宿なんかをしてるとな……そう言う事も起きる」


「そうか……で、どうするんだ、その、あんたは」



 フレイがどういった意味でそんな事を言っているのか真には分からない。

 手を出すなと言う保険的な意味か、それとも逆の趣味を持つ女なのか。


 地球でもそんな事は日常的に起こっていた気もする。

 自らの欲望を満たす為の力による、蹂躙。

 それは性に関わらず様々な物に起こり得る弱肉強食と言う名の自然の摂理でもあるかもしれない。


「フレイでいい。まぁ、私はボコボコにしてやったがな」

「……それはそれは。外見だけでなく腕も立つようで」


「私を美しいと思うか?」



 何の話だろうか、意図が掴めない。


「まぁ、そっちの部類だろうな。間違いなく」


「……強いと思うか?」

「そう、だな……」


「だがそれは所詮生まれもっての物による所が大きい、私の物じゃない」



 言っている事が分からなかった。

 確かに容姿はそう、遺伝に依るものだから何とも言えないがフレイの強さは自分で会得した物ではないのだろうか。

 強いて言うなら真の方こそ科学の度を越えた技術力によって初めて成される力の方が自分の物ではないと言える。

 それでも才覚と血の滲む様な訓練、そして命を賭した数々の戦いの中で培われたそれは誰の物でもないただ真自身の物である。



「つまり何が言いたい?……あんた……フ、レイのあの剣術も身のこなしも所詮は生まれ持っての才能だと?」


「……そうだ。才能が無かったら今の私は無いだろう……それだけに、それは私自身の力ではないと言う事だ。私は、私だけの力で、実力で、全てを手に入れたかった……と言うと欲張りか」



 フレイは恐らくあの男達と、仲間だと思っていた筈の男達に、自分達とは違うと言われた事に疎外感、所詮は貰い物の才能によって今の自分があると言う事に悔しさを感じているのだろう。

 だが才能も、容姿も、それを生かすか殺すかはまた自分次第だと言う事を真はよく解っていた。


 フォースハッカーのメンバーとて皆が皆、科学技術の知識があり、プログラム知識を持ち、そして金属の塊と戦える訳じゃない。

 それぞれが自分の出来うる事をやり、それを最大限生かして精一杯ただ生きているだけなのだ。


 好きな事が高じて、と言う事もあるだろうがそれはそれでいい。

 皆が皆、全てを手に入れられる訳じゃない。それも高々たんぱく質の塊である一人間一人に出来る事など限られているのだ。


 だからこそ真は今、ここでこうして自分の出来る事をやり、ただ生きて、死のうとしている。



「……欲張りだな。欲望は際限が無い、欲すれば与えられん……去れど破滅と身の丈を知れ」


「どういう意味だ?」

「そのままの意味さ。欲しい物の為に行動すればそれは手に入れる事の出来る物だ、だがその欲望に自らの目的を忘れればそれは身を滅ぼすから気を付けろ……ってな。知り合いの受け売りだ」



 真は自分に古武術剣技を指南してくれた男がよく小言を言っていたその中の一つを引用して言ってやった。


「そうか……そうだな。私は昔から負けず嫌いでな、正義感に溢れていた。だが傲慢だったな」


「ふっ、正義感か」

「わ、笑うな!」



 正義感と言う人間であれば誰しもが少しばかりは持つであろうそれは言葉に出すと何とも安っぽく思え、真は吹き出した。



「自分で自分を正義感が強いなんて言わないだろ普通。……でもまぁ、その傲慢に助けられる奴もいる」


「……お前の事か?」

「まぁ、そうとも言う」



 救われたかは分からない。

 正直この旅路も一人で加速システムを使って移動した方が早いだろう。

 だが道は分からないし、金もない。

 人とは一人では生きることすらままならない物なのだと真は改めて考えさせられた。



「……不思議な奴だなシンは。まるで他の世界の人間と話している気分になる、自分がちっぽけな存在だと思い知らされるよ」


「まぁ、実際にそうだからな……あまり自分を卑下するな、俺もちっぽけだが今を生きてる」



 フレイは一瞬真の言葉に不思議そうな顔をしたが、何処かすっきりした様子で腰を下ろしていた石から立ち上がると背伸びをした。



「……さて、すっかり目が冴えてしまった。見張りを交代する、シンも休め」


 そう言われ特に眠くもないが、身体を休めるのが必要なのは別問題だ。

 真は先程までフレイが横になっていた獸の皮が敷かれる場所へと身体を向ける。


「……ありがとう」



 ふと背後からフレイが小さく礼を口走ったが、真はそれを敢えて気にしていないと言う意味を込めて流す事にした。

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