第11話 解散


「てめぇらっ!!その金は俺が振り分ける、反抗するならこの場で消し炭だっ!」



 男達はザックの言葉に一旦散らばる金貨とまだ袋にたんまりと入っているだろう巾着から手を引く。

 ザックはゆっくりと男達が空けた間を通り、溢れた金貨を中に入れ巾着を全て腕の中に収めるとゆっくりと女を見据える。


「…………精々頑張れや」



 そう言うとザックは男達に金貨が欲しい奴は付いてこいと言い、女の横を静かに通りすぎた。


「おいっ!」


 と、そこで真はザックに向かって声を上げる。

 女、それに他の男達も真に視線を泳がせた。



「……俺の物は返して貰おうか」


「……っち、ほらよ!」



 男は真を一瞥するなり胸当ての中から携帯端末デバイスを放り投げる。

 真がその軌道を確認し掌を構えようとした刹那、再度の火弾がデバイスを燃え盛らせた。


「……っ!?ザックッ!」


 女は咄嗟の出来事に、だが冷静にそれが他人の物だと理解しザックに怒りの声を上げる。



「へっ、まだてめえとの決着はついてねぇからな。これで俺の勝ちだ」



 真は火だるまになったデバイスが落ち、その火がやがて消えるのを待ちながらザックに再度問うた。


「ブーツは」


「あぁん?……っけ、透かしやがって。酒場だ…………じゃあな、土竜のフレイ。約束通りこの街を出てやるよ」




 ザックのその言葉に土竜のフレイと言われた女は何も言わず、ただその金に釣られてザックに付いていく男達を静かに見守った。



 真はやがて火の消えたデバイスを拾い上げ、時刻を確認する。


(13時か……時刻は正常と)



 ここに転移してからついに丸一日が経過していた。

 未知の力に大しても何の傷もないデバイスに安堵しながらそれをポケットに入れる。


 携帯端末デバイスは断熱、遮電、断火断水性を持ちその上tNにも耐えうる超高強度カルビン特殊合成樹脂から出来ている。

 一度ここまで良いものが作れるなら防具もこれで作ってくれと頼んだ事があった真だが、最高の物は相手に奪われればそれだけの驚異が逆に降り掛かるのだと言われ断られた。

 それだけにこのデバイスにはGPSと声紋認証が付いているのだ。



「……申し訳ない、これで勘弁してやってほしい。この街にはもうあいつらは入れさせないから」



 フレイと言うらしい女は恐らくあの男達、元部下達に労働を強いられていたであろう者達にバックから更に巾着を二袋渡して頭を下げている様だった。

 労働者はフレイを一瞥すると、乱暴な手付きでそれを奪い皆散り散りになって出口へと戻って行く。



 項垂れるフレイを横目に、真も自分のブーツがあると言う酒場へと足を向ける事にしたのだった。



(全く……何が何やらだな……)









 盗賊の様な輩が皆一斉にいなくなった街にはまだ活気があるとは言いがたいが、皆一様に生気を取り戻した様な表情で街を復興させようとあちこちへと走り回っていた。

 酒場へと足を運んだ真は、カウンターの中から合金製ブーツの他様々な剣や籠手、明らかに値の張りそうな盾等山積みに置かれたそれらを見て目を輝かせる街の人からブーツは自分のだと返して貰った。


「あんたさっきの冒険者だよな……強ぇな、あのままあいつらをのしちまうんじゃねぇかと思ったよ」

「え、あぁ……いや、必要ならそうしても良かったんですが……」



 あぁそうだな、と酒場の元店主なのかその男はカウンターを片付けながらあのフレイと言う女の事、盗賊紛いな男達がこの街に来た時の事を真に話して聞かせた。



 力による制圧、どこの世界でもどんな時代でも起こる事は同じ。それが金、経歴、生まれと多少の違いはあれど弱き者が強き者に平伏すのはこんな訳の分からない世界であろうと変わらないのだと店主からの話に真はそう思わされていた。 



「所で兄ちゃんは旅の途中かい?」


 言われてみればあれから小さな村に行き、それから情報を得る為に広い街を目指した。

 だがここでも日々を過ごすには幾分小さすぎる。


「ええ……まぁ。どこか大きな街で仕事等ありませんかね」


 真は率直な考えを述べてみる。

 実際にこの世界でやっていくには地に足を付ける必要があった。

 不可思議な先程の現象の解明もしたい所だがそれには如何せん金がいるだろう。


「冒険者ならギルド登録はしてるんだろ?ここからなら南のリヴァイバル王国に渡るのが普通だろうな。王都なら仕事は幾らでもあるさ」



 リヴァイバル王国に渡る、と言う言葉からしてここはまた別の国の端になるのだろう。

 だが真の頭には未だギルドと言うものと都と言う物が理解の外にあった。


「そうですか……遠いんですかねそこは。食べ物に困らない程度でいいんですが、そこそこ広い街で……」


 この街が小さいと聞こえてしまう物言いになったかと、慌てて口をつぐむ。

 だがその店主はそんな真の言葉など意に返さない物言いで一笑した。


「ははっ、確かにこの街は小さいからな。それでも平和にやってらぁ、ここだけの話、この街は王都からの税の徴収もないしな!……まぁ、ただ歩きで行くにゃあ、遠いな……」


「そうですか……」



 歩きではと言うからには他の移動手段があるのだろうが、だからといってこんな文化レベルの低い場所に飛空挺や動力車等あるはずもないだろう。

 どちらにせよ加速アシストのある真にとって距離などどうと言う事はない。


「まぁ、気長に行きなよ。うちの馬を貸してやるとは言えないが……そうだ、飯ぐらいなら作ってやれる。食ってくか?」


 店主はそう言いながら足下の戸棚から何やらごそごそと食材を取りだし真にそう言って笑った。


「あいつらに見つからないよう隠しといたんだ、へへ……料理は久し振りだが腕は鈍っちゃいねぇだろ」

「あ、いや……俺今手持ちがなくて」



 宿屋で唯一の銀貨をあの男に手渡してしまった事を思いだし慌てて店主にそう伝えたが、店主の男は豪快に笑ってそれを制した。

 久し振りの料理の毒味がてら食っていけと、手際よくカウンターに備え付けられている器具で調理を開始する店主。


 見たことの無い調理器具に目を奪われながらも、真は自分が感じる事の無い空腹と言う物を必死に思い出していた。


 かつての地球では栄養固形食。

 わざわざ調理した物を食べるよりもはるかに楽で完全な必要栄養素を摂取出来た。

 体の健康など食から一々考える必要も無かった為、空腹を司る神経は脳から解離させている人間が多いのだ。

 中には趣向として食を楽しむ人間もいたが、真は当然ながら前者である。



 調理された物を食べるなど何年振りの事だろうかと考えながらただ目の前に上がる湯気と鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに心を奪われていた。

 

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