第24話

「俺……やっぱ魔法使いは向いてないのかも……」

 ベッドの上で体育座りをしながら、亮介はぽつりと呟いた。

 時野の証言から自分が咄嗟に使った魔法の影響で大騒ぎになってしまった事が判明し、そのままズルズルとミリィの事、エアテルの事を思い出してしまい、今や完全に鬱モードである。

「今更言われても、「じゃあ辞める?」とは言わないけどね。やり出したからには最後までやる姿勢を持たないと、就職してから困ると思うよ」

「ミリィがあんな事になった以上は、あなたに頑張ってもらわないとどうしようも無いわ。泣き言を言っている暇があるなら、その時間を使ってどうやれば少しでも強くなれるか、どうすればイーターを効率良く倒せるかを考えるべきね」

 トイフェル達は容赦が無い。

「ミリィか……」

 ぼんやりと呟きながら、亮介は視線をトイフェルとフォルトに移した。

「……なぁ、トイフェル、フォルト……ミリィの遺体は、その……どうなるんだろうな? 水道管断裂のせいで、多分水道局とかが様子を見に行くだろ? その時に見付かったら……。俺、あの時あの場にいたのを誰かに見られたりしてるのかな? もし見られてたら、重要参考人として呼ばれたりとかもあるのかな……?」

「見付かる事は無いよ。骨まで残さず、綺麗に食べられてしまったからね。あと、キミはあの場を出る時にはちゃんと姿を消していた。目撃されていたとは考え難いから、重要参考人になる事も無いだろうね」

 気を紛らわせるためにダラダラと口から紡ぎだした言葉を、トイフェルは即座に否定した。

「血だまりはアタシとトイフェルが消しといたわ。遺体も犯人も見付からないのに血だまりが……なんて、周辺住民の不安を煽るだけだものね。イーター達が喜ぶ環境を放置しておく事は無いわ」

「そのうち、ミリィの家族か誰かが心配して、捜索願を出すだろうね。けど、生きている当人は勿論、遺体すらも見付からない。そのまま時間だけが過ぎて、いつしか世間からは忘れられて……最後に死んだ事にされて葬式を出されて、おしまい。イーターに食べられるって事は、そうなるって事さ」

「……そっか……」

 消え入りそうな声で、亮介は答えた。その様子に、トイフェルはコリ……と後足で頭を掻いた。

「……そんなに、自信が無いのかい?」

 トイフェルの問いに、亮介は力無く頷いた。

「今日の事で、痛感した。俺は……力不足だ。俺に力が無かったから、ミリィとエアテルを死なせちまったし……宇津木さんと時野を危険な目に遭わせる事になっちまったのに、俺にできたのは宇津木さんを逃がす事だけだった」

「あの状況で逃がす事ができただけでも上出来だよ。それに、従兄弟クンは自分で危機回避ができたわけだし、それほど気にする事は……」

「時野には、負の感情なんか吹っ飛ばして無かった事にできちまうぐらい強い夢があって、希望がある。だから、イーターを退散させる事ができた。……けど、俺は? 特に夢らしい夢も無くて、魔法もそんなに強いわけじゃなくて……それどころか魔法を使う度に何かしら騒ぎを起こすし。武術ができるわけでもなくて……。こんなんで、イーターに勝てるのか? ……普通に考えたら、無理だろ……」

「従兄弟クンの場合は、たまたまイーターが不安を煽るために話しかける事がそのまま従兄弟クンの夢を叶える事になり希望を与える事になるっていうかなりの特殊事例だったんだけどね……」

「そうね。普通の人間は不安を煽る謎の声が聞こえてきたからって喜んだりはしないわ」

 美味くも不味くもないコメントしようの無い物を食べた時のような顔で、トイフェルとフォルトが口々に言う。そして、しばらく沈黙が続いた後にトイフェルは亮介に問うた。

「夢が無いって亮介は言うけどさ、本当に無いの? 一口に夢と言っても、何も宇津木サンや従兄弟クンみたいに大勢の人間に関わってくるような大きな希望だけが夢というわけじゃないと思うよ?」

「……え?」

 言っている意味がよくわからず、亮介は首を傾げた。すると、トイフェルは更に言う。

「美味しい料理をお腹いっぱい食べたい、ドラマで見た外国の綺麗な街に行ってみたい、友達とカラオケに行きたい、宿題が終わったら楽しみにしていたゲームを思う存分にやりたい……どんなに小さな事でも、それに希望を見出せるなら……それは夢と言えるんじゃないかな?」

「そう……なのかな? ……そうかも」

 そう言う亮介に、トイフェルは再度問うた。

「もう一度訊くよ。キミには、本当に夢は無いの? やりたい事、やってみたい事、本当に何も無いのかい? 宇津木サンに言ってた事は、口から出まかせだったのかい?」

「あ……」

 そこで亮介は、自分の机の上を見た。昨日書いたまま、出しっ放しにしていた大学ノート。その中には、トイフェルと出会ってから書き始めた拙い小説もどきが記されている。

「……」

 亮介は無言のまま立ち上がり、机へと向かった。そして、ノートを手に取りぱらぱらと捲る。文字列を目で追っているうちに、亮介は情けなさそうに苦笑した。

 下手過ぎる。テンポも悪いし、表現も直接的な物ばかりで飽き飽きしそうだ。折角日本人として生まれたのに、日本語の良いところを全く活かせていない。

 読んでいるうちに何度も赤面し、ノートを破り捨てたくなり、そして耐え切れなくなってノートを閉じる。けれども、しばらくすると結局再びノートを開いてしまう。

 決して面白くは無い。しかし、何故か読み返してしまう。

 大掃除をしていて小学校時代の文集を見付けてしまった時と同じだ。ついつい、読んでしまう。読む事で、その時の自分の思考を客観的に眺めて楽しんでしまっている自分がいる。そして、ここをこう書き換えればもう少しはマシになるんじゃないかと考えてしまっている自分も。

「小説……」

「……うん」

 亮介の呟きに、トイフェルが頷いた。話の続きを促すように。

「まだ書き始めて何日も経ってないけど……書き始めてみたら、小説を書くのって楽しいかも、もっと書きたい……って思ってる自分がいる……かもしれない」

「うん」

「夕方、宇津木さんに言ったのは口から出まかせなんかじゃない。本当に、そう思うんだ。小説を書いて、満足がいく物が書けたら宇津木さんに見て貰いたいって」

「うん」

「小説家になりたいのかって言われたら、それはよくわからない。けど、もっと書きたい。もっと上手く書けるようになりたい。……そういう気持ちはある」

「……なら、それがキミの夢だ。亮介」

 さわやかに言うトイフェルに、亮介は一瞬呆けた。

「小説を書く事が、俺の夢? 夢って……夢って、こんなに簡単に見付かるものだったのか……」

「まぁ、その辺は人によるでしょうね」

 フォルトが言うと、トイフェルは頷いた。

「そうそう。小さい事でも夢と捉える事ができる人は、そんなに悩まなくても済むんだ。やりたい事が次から次へと湧いてきて、それを次から次へと追うのに忙しいからね。世間一般で言う夢が見付かるまでの間、「夢が見付からない」と言って悩む暇も無いわけさ。……まぁ、小説家になりたいかどうかまではわからないって言うなら、それは結論を急がない方が良いと思うよ。小説家になりたいなんて、就職活動じゃよっぽど上手く立ち回らないと不利にしかならないからね」

「……マジで?」

 トイフェルは「当たり前」とでも言いたそうに頷いた。

「よっぽど能力が高くない限り、最終的には別の職業に就きたいなんて言っている人間を採るワケないだろ? 「作家デビューしたので辞めます」なんて事になったら、そこまで育てた時間と費用も無駄になるワケだしね」

「……ああ」

 何となく納得した亮介が頷いたところで、トイフェルは言った。

「さて、こうしてキミはめでたく小さいながらも夢を見付けたわけだけど……見付けた以上、その夢を叶える為にも頑張ってイーター達を何とかしないとね」

「……そうだな。あいつらに食い尽されて、地球人が絶滅したりしたら……いや、そこまでいかなくても、俺が死んだら、小説を書くも何も無ぇもんな」

 そう言ってから、亮介は「けど……」と首を傾げた。

「そもそも、イーター達って何体ぐらいいるもんなんだ? この町だけでも結構な数が住み着いちまってるみてぇだけど……全部倒すのに、どれぐらいかかるかわからねぇんじゃ……就職したら、今みてぇにひょいひょいと動く事もできねぇだろうし……」

「なぁに、別に全部を倒さなきゃいけないわけじゃないよ」

「……え?」

 トイフェルの言葉に、亮介は目を見開いた。

「今日の廃工場での戦いからもわかるように、イーター達は仲間を大切にする傾向がある。そして、群れを作って集団で行動している場合も多いんだ」

 言われて今日の様子を思い出す。凄惨な記憶が脳裏を過ぎったところで首を横に振り、そのまま亮介は肯定の意味で頷いた。

「ああいう群れを作る生き物は、頭を潰されると弱い物だってのはわかるよね? なら、キミはイーター達のボスを探し出して、そいつを叩き潰せば良い。多分それで奴らは、キミを新リーダーとして認識してキミの言う事を聞くようになるか……もしくは、地球から出ていくんじゃないかな?」

 その案に、亮介はぽかんとした。そして、すぐに顔を険しくする。

「随分簡単に言ってくれるけどよ……どうやって? イーター達のボスの居所なんて、どうやって探せば良いんだよ?」

 すると、トイフェルは尾をくるりと回して何かを取り出した。宝石か何かのようだ。この宝石に、亮介は見覚えがあった。

「これは……」

「そう。廃工場で戦ったイーター達のボスが首元に付けていたヤツさ。エアテルに攻撃され、更にキミにも攻撃され……その衝撃で落ちたんだ」

「……これが、何だって言うんだよ?」

 エアテルの最期を思い出し、少し不機嫌になりながら亮介は問うた。すると、フォルトがトイフェルと亮介の間に割り込んできながら言う。

「これを付けていたのは、ボスクラスの奴だけだった。そう考えると、何か特別な物かもって思えないかしら? ほら、地球人だって、偉くなればなるほど色々と変な物を身に付けるじゃないの。勲章とか、腕章とか」

「……いや、腕章は別に偉くなくても……。って言うか、ボスが付けてたから何だって言うんだよ? 単に飾りじゃねぇの? 地球人の勲章だって、見せるために付けるだけで……それを付けたから何か特殊能力が使えるようになるってわけじゃねぇぞ」

「うん、確かにね。……けど、この石はそんなただの飾りとは違うよ。ボク達は地球へ来るまでにいくつかの星を見たし、この石も何度か見た事がある。ある星ではこの石を、通信機器に使用していたよ」

「……通信機器?」

 トイフェルの言葉に、亮介は反応した。トイフェルは頷く。

「この石には共鳴能力があってね。一つの石を二つに割ると、片方の石は片割れを求めて断面が光るようになるんだ。その共鳴能力を利用して通信機器を作る星も少なくない」

「例えば、この石を二つに割って、片方をA、もう片方をBとしたとするわ。すると、AとBは互いを求め合って断面が光るようになるの。次に、Bだけを更に砕いて、C、D、Eにしたとするわね。すると、この三つのうち例えばCは、A、D、Eを求めるようになるわ」

「……それじゃあ、そのうち全表面が断面って事になって、ずっとピカピカ光りっ放しにならねぇか? それに、そんな状態の石を通信機器なんかに使ったら、一人だけに届けたかったメッセージを全員に送信しちまったりとかして問題が起こりそうにも思えるけどな」

 亮介がそう言うと、トイフェルは首を横に振った。

「それが、そうでもないんだよ。石は、細かく砕かれてしまった場合は一番大きな石を求めて光るようになるんだ。フォルトの例で言うなら、本来ならA、D、Eを求める筈のCの石は、Aだけを求めるようになる。これは、他の石――D、Eに関しても言える事だ」

「……って事は……」

 トイフェルが何を言わんとしているのかが何となくわかり、亮介は石を手に取った。眺めてみると、薄らと白く光っているように見える。

「恐らく、奴らの大本のボスは一番大きな石を持っている。そして、細かく砕かれた石を中隊長クラスの奴らが持ち、有事の際にはボスの元へ駆け付ける事ができるようにしている……ってところかな」

「百聞は一見に如かずと言うわ。その石を持って、部屋の中をぐるぐると歩いてみなさいな」

 言われて、亮介は石を持ったまま部屋の中をウロウロと歩き始めた。傍から見ると、動物園の檻の中にいるトラのようだ。

 石は部屋の中でも場所によって光が強くなったり弱くなったりする。だが、持つ高さを変えてみてもあまり光の強さに変わりは無いようだ。特に、南に面した窓際まで行くと強く光るようになる。

「この様子だと、イーター達のボスは今、この家から見て南の方角にいるようだね。因みにこの石は、求める片割れの石の至近距離に近付くとカメラのフラッシュなんて目じゃないほどに強く輝くんだ。このぐらいの光り方なら、距離はそんなに近くないかな」

「……この石を使えば、イーターのボスの居所がわかる?」

 亮介の呟きに、トイフェルとフォルトは頷いた。それに納得した様子を見せた後、亮介は少しだけ不安そうな顔になる。

「……けどよ、逆は無ぇのか? その……俺がこの石を持っているから、向こうのボスに不意打ちされるようになったりとかは……」

「可能性は低いわね」

 フォルトが外を眺めながら言う。

「一番大きな石を求めると言うのは、全ての石に求められる一番大きな石にも言える事よ。一番大きな石は、自分の次に大きな石を求めるようになる。多分、その二番目に大きな石は一番の部下に与えるんでしょうね」

「その石が二番目に大きな石であればボスから見付けられる可能性もあるだろうけど……実質群れのナンバーツーになる奴があんなにあっさりと倒されてくれるとは思えないしね」

「そ……っか……」

 ひとまず安心して、亮介は安堵のため息をついた。だが、可能性が無いとは言い切れないためか、まだ多少の不安はある気がする。

(もし、この石が二番目に大きい石だったら……?)

 そんな亮介の不安を知ってか知らずか、トイフェルは言う。

「……と言うワケで、キミさえその気になればいつでもボスのところへ行けるわけだけど……どうする? しばらく修行でもして、レベル上げを図るかい?」

 言われて、亮介は考え込んだ。腕を組み、目を閉じ、黙り込み、何分も、何十分も考え込んだ。その間、トイフェル達は何も言わない。同じように黙ったまま、亮介の答を待っている。

 やがて亮介は目を開けると、小さいながらもきっぱりとした声で言った。

「……いや、明日……早速行ってみようと思う」

 亮介の答に、トイフェルとフォルトは目を丸くした。

「それはまた……随分と急だね」

「ちょっと性急過ぎるんじゃないかしら? ……だって、あなた……悪いけど、どう考えてもミリィよりも魔法は弱そうだし……ゲームみたいに言うのも何だけど、少しぐらいレベル上げをして行った方が……」

「良いんだよ。丁度、明日は講義も無いし」

 フォルトの言葉を遮るようにして言う。そして、その言葉で唖然としてしまったトイフェルとフォルトに慌てて言葉を付け足した。

「あ、いやその……何て言うかさ、明日なら一日時間が空いてるから、昼間でも自由に動けるし。……ほら、あいつらって地球人を襲う為に、主に夜活動してるだろ? だから、昼間に行けば不意打ちとかできるんじゃねぇかな……って……」

「だからって……それなら来週でも、再来週でも良いじゃないの。それで少しでも強くなってから……」

「それを言ってたら……多分、俺はずっとボスのところに行かないままだと思うからさ……」

 ぽつりと言った亮介に、トイフェルとフォルトは思わず顔を見合わせた。亮介は、その様子を見ながら更に言う。

「来週の講義が無い日に行くと決めて、修行したとするだろ? それで、いざ来週のその日になったら、俺はきっと「まだ全然修行が足りてない。だから、もう一週間修行して来週こそ行こう」って思うと思う。それで、次の週になったらまた同じように考えて……まだ足りない、まだ弱い……そうして自分に言い訳をして、いつまで経っても行かないままでいるかもしれない」

「……」

 亮介の言葉を、トイフェルとフォルトは黙ったまま聞いている。

「それで……今はあんま考えたくないけどさ。そうやってズルズルと先延ばしにしているうちに、段々ミリィとかエアテルの事も忘れていって……現状に満足して、夢を追う事もしなくなるんじゃないか……って思うんだ。それが怖いんだよ。だから、思い切って明日……行ってみようかと思うんだ」

 そう言って苦笑する亮介に、トイフェルは溜息をついた。そして、同じように苦笑する。

「……戦うのはキミだからね。キミがそれで良いなら、ボクは何も言わないでおくよ。……フォルト、キミは?」

 話を振られ、フォルトは渋面を作った。

「正直に言えば、修行もしないでそんなぶっつけ本番は大反対よ。あなたがイーターに殺されたら、ミリィの仇はどうなるの? アタシ達は、また一から協力してくれる地球人を探さなきゃいけなくなるの? ひょっとしたら、次の協力者を見付けるまでにアタシもトイフェルも、奴らに見付かって食べられてしまうかもしれないわ。アタシは、そんなのは嫌。……けど……」

「……けど?」

 トイフェルに続きを促され、フォルトは口を開いた。その顔は、今にも泣きそうだ。

「あなたが言う通り……確実に勝てるようになるまで修行しているうちにミリィの事を忘れてしまうのはもっと嫌。短い間だったけど、それでもアタシが見付けた、アタシと組んで戦った最初の地球人なのよ? それを忘れて、仮初の平和の中で安穏と過ごすなんて絶対にごめんだわ」

「……そっか」

 そう言って弱々しく笑うと、亮介は明日自分をイーター達のボスの元へと導いてくれるであろう石を強く握り締めた。

 石は、まるで亮介の意思を酌んだかのようにほんの少しだけ強く光り輝いた。何となく、そんな気がした。

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