夢と魔法と現実と
宗谷 圭
第1話
最初に言っておく。これから始まる話は、あたかも俺が主人公であるかのような書き方がされている。けど、この主人公は俺じゃない。
俺じゃないったら、俺じゃない。
それだけ、了承しておいてくれ。良いな?
# # #
天気は快晴。暖かな春の陽気に誘われているかのように歩く人々の間をすり抜けながら、土宮亮介は大学近くのコーヒーショップに向かった。次の講義まではまだかなりの時間がある。それまでに課題図書を読んでしまおうという心積もりだ。
深緑と山吹色に塗りあげられたテント生地の屋根の下へ入り、そのまま店内へ足を踏み入れようとする。
……と、その時、視界の端で何かが動き、亮介は足を停めた。他の客の迷惑にならないよう移動し、出入り口横の植え込みを改めて見る。
植え込みが、ガサガサッと動いた。間違い無い。何かが、いる。揺れ方からして、猫だろうか? だが、何か猫とは違う気配のような気がする。
亮介は辺りを見渡し、ひと気の有無を確認した。今のところ、周りに亮介の様子を見ている人間はいない。
「……よし」
意を決して、亮介は植え込みを掻き分けてみた。そして、硬直する。
「……!?」
そこにいたのは、猫ではなかった。だが、勿論人間でもない。
全長は五十センチ程度だろうか? ほとんど白に近いような薄い緑色をしている。柔らかそうだ。餅かマシュマロでできているのではないかと思うほどに。頭部は犬かウサギを思わせる。眼は大きくつぶらで、サファイアのような濃い青色だ。短い四肢があり、すらりと伸びた尻尾が揺れている。そして背中にはセロファンのような薄い羽が生えている。正直、この羽でこの生物が飛べるとは思えない。
その生物は例えて言うなら、そう……
「どこのアニメから迷い込んできたんだ、お前……」
思わず現実離れした問いをしてしまうほど、アニメチックな姿だった。
「アニメ? 失礼だなー。ボクはれっきとした、実在する知的生命体さ! キミ達地球人が言うところの、宇宙人、もしくは異星人という奴だ。まぁ、この場合は異星人が正解だね。宇宙人では、キミ達地球人も含まれてしまう」
非常にお約束ではあるが、目の前の何かは突如人語を操り出した。それも、日本語だ。
「えーっと……カメラはどこだ? 今時一般人相手にドッキリテレビ企画する局なんてあるんだなー……。それとも、何だ? 新番組の番宣? これって今そこらへんに声優が隠れてたりするわけ?」
遠くを見る目で辺りを見渡す亮介に、アニメキャラクターもどきはムッとしたような顔をした。ただし、眉毛らしき物が無いため表情はわかり難い。
「声優だって? このボクの美声を、地球の女性が元々甲高いものを更に甲高くして出している生身の人間がそのトーンで喋ったら相手にドン引きまではいかなくても「うわー……」とか思われそうな声と一緒にしないで貰いたいね」
「批判してる割には自分の声のポジションをしっかり理解してんじゃねぇか……」
見当はずれなツッコミをする亮介に、アニメキャラクターもどきは「ふむ……」と唸った。そして、言う。
「ボクと話して、そんな冷静なツッコミを入れる事ができるなんてね。キミは、地球人にしてはちょっと面白い。ボクはキミにちょっとだけ興味が湧いてきたよ」
「湧かなくて良い」
「まぁ、そう言わずに」
即座に亮介を制し、アニメキャラクターもどきは更に言う。
「折角だし、キミともうちょっと突っ込んだ話がしてみたいな。どうだろう? どこかで食事でも」
「……お前、金……っつーか、日本円持ってんのか?」
亮介の問いに、アニメキャラクターもどきは言った。
「持っているわけがないじゃないか。大体、ボクは今、キミ以外に姿を見られないようステルス能力を駆使している。キミ以外には見えないし、声も聞こえない。当然、コミュニケーションを必要とする店での売買ができるわけがない」
「……俺に奢れと?」
亮介の呆れたような問いに、アニメキャラクターもどきは「勿論」と頷いた。
「見たところ、キミは大学生だろう? 講義までの時間が空いたからコーヒーでも飲もうってところじゃないのかい? なら、時間や金銭の問題は無いだろう? 時間が無ければ学外には出ないし、金銭的に余裕が無ければわざわざ安くない外食店のコーヒーを飲もうと思うわけが無い。ボクに照りチキバーガーとフライドポテトを奢るくらい、ワケは無いはずだ」
「え。ハンバーガーとか食うの、お前?」
亮介の問いに、「油と塩がボクらの主食だよ」という答が返ってくる。
「アニメキャラクターみたいな姿のくせに油と塩が主食かよ、って顔をしているね。言わせてもらうけど、イメージだけでヒトと話すのは良くないよ? ボクはキミ達が言うところの異星人で、体のつくりが地球の生命体とは異なるんだ。当然体を保つために必要な栄養素も異なってくる。ボクの場合は、特に必要なのがたまたま油と塩だった。ただそれだけだよ」
一気にまくし立て、更に「それから……」と繋ぐ。
「いつまでも〝アニメキャラクターもどき〟とか思われていると思うと気分が悪いね。だから、自己紹介をしておこう。ボクの名は……トイフェル」
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