エピローグ
戦いが終わり、巨神の親玉らしき存在と僅かな言葉を交わした後。
「今回の“プシュケー”上書き具合は……約3ヶ月分デス」
「さんかげつぅ!?」
ヘイゼルがボクの“プシュケー”を測定して告げたのは残酷な現実である。
僕が『天換』し、戦えば戦うほど僕の存在が「昔から女の子だったんですよ」と事実に上書きされ、16年分の消費で改変が確定するのは説明された。
だけど、だけど前回の戦いでは。
「なっ、なんで!? 前は2週間くらいだったんじゃ」
悲鳴にも似た僕の抗議に神サマの遣いは同情するような目を向けて
「ギガーテからダメージを受けたデスね?」
「……うん」
「それも直撃クラスだったんじゃないデス?」
「…………うん」
「それが良くなかったデス」
僕が戦うための少女形態、自称『プシュケー』。
あの姿はヘイゼルの配慮で『女の子として生まれたと仮定した姿』であり、存在を大きく書き換えながらも元の姿に戻すため情報を固定・保存せずに運用している状態なのは聞いていた。
そして保存していない・確定させていない状態であるため、個の存在としては非常に脆く壊れ易いのだという。
「ギガーテの馬鹿力、そして他人から“プシュケー”を奪い取る能力の性質上、アナタの不安定な状態との相性は非常に悪いデス。アナタの“今”の存在を過剰に破壊してしまうのデス」
存在を確定させていない状態での破壊的干渉。
この干渉によって壊れた体、存在情報を繰り直して修復するのに“プシュケー”の書き換え、『女の子になっている』という現状をより強く書き足す必要性が生じ、変身する時よりも多くの“プシュケー”を消費・浸透させてしまうらしい。
「存在の上書き保存を実行すれば関係ない問題デスけど」
「それは止めて」
ともあれ、言葉で説明されただけの時よりも僕の抱えた問題を理解できた。それはもう心底。
「攻撃力は高いけど防御力が最低値のテクニカルキャラ、そう思う事にする」
「ま、まあその理解でいいデス」
厳密にいえば防御に使用する“プシュケー”の量と作用に問題を抱えているという事だが、どちらにせよ生真面目で人のいい神サマの遣いは事実を一言でまとめてくれた。
「クチバシを酸っぱくして言うデス。攻撃受けるの、ダメ!!」
******
結局下校時間まで部室に篭り、僕達は部活の新入生歓迎&勧誘演目の準備に追われた。
僕個人の準備はほぼ完璧である。
何しろ演者としての役割は村人B、台詞も「ここはザカンの村です」と「か、怪物だ!」の二言であるからして、準備というほどの事もなかったりするし。
「……次はもう少し台詞のある役を狙おうと思う」
まだ終わってない準備の大半は裏方仕事、小道具の製作だ。
明日が終わればそのままテスト準備期間に突入し、学期末テストを経て春休みへと至る。場合によっては春休みにも部活で召集されるかもしれない。それはそれで楽しいのだけど。
日が沈み、完全に夜を迎える寸前に僕を乗せた自転車は自宅へと到着する。
ギガーテとの戦闘は神サマの加護を得ているためか、はたまた『天換』による上書き効果によるものか、肉体的な疲労を伴わない。
そして巨神相手に神速のアクションをこなせる力を得ても、この
「ただいまー」
玄関より一声かけ、自転車を車庫に移動させていた時、お迎えの道路に一台の自転車が停車した。
乗っていたのは、すらりとした背筋をした女子高生。県内では名門に分類される聖宮女学院の制服をきちんと着こなしているが、いわゆる「お嬢様」然とした雰囲気とは言い難い。
肩ほどまでに伸びた髪はやや癖っ毛で、自転車で風を浴びたせいかヘタっている。大きな目も伏し目がちな大人しさとは無縁の元気さを湛えていた。
しなやかな印象の彼女を動物でいえば細い鶴よりも健康的な鹿。
「……お帰り、明日香」
「あれ、戸田くん? 戸田くんも今帰りだったの?」
彼女は久我山明日香。
幼稚園から中学校までは同じ通学路を歩いた幼馴染。
「うん。部活があったからね」
「そう。演劇部だっけ」
「なかなか面白いよ」
会話が途切れる。
1年前までならどんなくだらない内容でも話は尽きなかったのだが、高校が分かれてからは共通の話題が無くなったのも理由のひとつ。
「じゃあね、戸田くん。お休み……はまだ早いか。1日お疲れ様」
「あ、うん。お疲れ様」
手をひらひらさせて車庫に消えていく明日香。余所余所しいとは言わないけど、かつての親しさに比べれば距離感を感じる。
「戸田くん、か」
彼女からの呼び名が「
「おにーちゃん、どうしたの?」
「あ、うん、なんでもない」
帰宅を告げながらもなかなか家に入ってこない僕を不思議に思ったのか、妹の千里が顔を覗かせる。
ひらひらと手を振り、問題ない旨を伝えて僕も帰宅を果たした。
******
自室で私服に着替えながら、今日の出来事を思い返す。
巨神ギガーテ、この世界の女性から“プシュケー”を奪い取ろうとする悪神のボスらしき相手と間接的に対峙した。
アルキュオネウス。
僕には聞き覚えのない名前だけど、おそらく神サマの遣いとしてギガーテと敵対する立場のヘイゼルは何か知っているだろう。
何しろ『ギガーテの心臓』に再度の封印を施す時の声が悲鳴に近かった。あれは相手の恐ろしさを知るからこそだと思うから。
生真面目な遣いの事だ、きっと今夜にでもまた夢に現れて色々説明してくれるだろう。その時に聞いてみればいい。
「まあヘイゼルが『タルタロス』の穴を早く塞いでくれれば気にする事もないのかもだけど」
これ以上僕がひとりで考えても答えの出ない事は棚に上げておく。そうして思い返したのは、また別の事。
「聖宮女学院の制服、か」
ギガーテに襲われていた少女が着ていた、明日香と同じ学校の制服。あの制服を目にした事で思わぬ不覚を取ってしまった。
あれはあれで反省点として活かすとして。
ギガーテと戦った後、僕は1時間以上部活に精を出し、日が暮れる前に帰宅した。その僕と時を同じくして明日香が帰宅したのなら、きっとあのギガーテの結界に彼女は居なかったのだろう。
ヘイゼルの避難誘導とボクの戦い、双方の結果ギガーテの“プシュケー”強奪は阻止できたのだから巻き込まれていても問題はなかったはずだけど。
「それでも、あんな事に巻き込まれないに越した事はないよね」
世界を救うなんてスケールが大きい事は想像も出来ないけれど、身近な人が危険に晒されるかもしれない、だから戦う。
そんな決意で剣を取った僕は、今更ながら安心したのだった。
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