少女天換プシュケー! ~巨神と戦うため、僕がボクになる話~

真尋 真浜

序章   少しだけ未来の話


 赤黒い世界に白い影が蠢く。


 白いのは人である。

 この隔離世界で獲物につけられたマーキングの色が混乱の坩堝の中、恐ろしい影から逃げ惑う。


 それを追うのは青黒い巨大な影。

 影絵の巨人。

 忌まわしき異界の落とし子が出口を求めて彷徨う獲物を追いかける。


 中には歯向かう白い影もいたのだが、巨大な手の一振りでなぎ払われる。

 暴虐な巨影、しかし『彼』にとって行く手を阻む影──男に興味は無かった。

 『彼』が求めるのは、女。

 女の持つ“力”を求めているのだから。


 巨影の腕に吹き飛ばされ、倒れ伏した男を一顧だにせず、巨影はその先で震える女性を見据える。


「いや……いや、助けて!」


 訳も分からずおかしな場所に閉じ込められ、追い立てられ、パニックになった女性は涙を流しながら目の前に迫る巨大な影に哀願する。

 彼女自身、己の身に何が起きたか、これから何が起きるかも分かってはいない。

 それでも感覚的に理解したのだ。

 自分は、これから何かを失うのだと。


 女性の嘆願を無視し、黒影は手を伸ばす。

 無造作に、落ちている小石を拾い上げるように



 ──ギインッ


 銀光が奔った。

 赤でも青でも黒でもない、勿論白でもない色が通り抜けた。

 

 ボトリ。

 水気を帯びた泥のような音を立て、黒影の腕がこぼれ落ちる。


「アオオオオオオン!」


 腕を失った巨人の影の唸りは怒りか痛みか。

 だが銀光はそれに構う事なく、怯えた女性へと声を飛ばす。


「そこのキミ、今のうちに逃げて!」

「え、あ、あの」

「いいから早く!」

「は、はいっ!」


 銀色の声に打たれたように立ち上がり、慌ててその場から遁走する女性。

 獲物がみすみす逃げおおせたにもかかわらず、黒い影は追う気配を見せない。

 当然だ、己の体を引き裂いた何者かへの憎悪と、己の求める“力”に満ちた存在が目の前にいるのだ。


 巨影に対峙するのは、白銀の鎧をまとった女性。

 白銀の兜に黒い髪をなびかせ、キリリと凛々しい立ち姿。

 柔らかさを湛えた下がり眉の面持ち。

 しかし双眸は厳しい光を宿して影の巨人を睨みつける。


「ヘイゼル、他の人達は?」

『問題ありマセン。キミの周囲に囚われた人はいませんデス』


 ならばよし、と銀の女性は頷き、改めて前を見据える。


 ギガーテ、不滅の巨神。

 彼女の“心眼”には影ではなく、その真の姿がはっきりと映っている。

 両腕がやや長く、大きな口に乱杭歯を除かせた異形の神。


 この化け物は少しばかり傷をつける、腕を切り飛ばしたくらいではびくともしない上、不死性を持つ。

 そして今の彼女にギガーテを消滅させる力は無い。

 力を削り、消耗させて封印する。それ以外に手立てのない存在なのだ。


 また、巨体を誇る化け物であるために周囲への余波、破壊の被害は免れない。

 ギガーテが作り出した隔絶空間『巨神殿』の外部に被害は及ばないが、囚われた人々の身命はそうはいかない。

 そのため、パートナーのヘイゼルに避難誘導を任せていたのだ。


「これで周囲に気遣う必要はなくなったね」


 握りの部分に赤い宝石をあしらった銀の剣を構え直し。


「あとは、ボクの仕事だよ──かかってきなよ、ギガーテ」

「グルルルルル」


 威嚇の声を上げ、少女を警戒する異形の巨人。


「来ないの? じゃあこっちから行くよ!」


 再び銀光が閃く。

 振るわれる巨腕が銀色の影を追う。

 しかし勇躍する銀光は残影を残し、巨腕を掻い潜って剣を一閃。


 湿った音を立てて吹っ飛ばされる巨人の左足。


「グオオオ……!」


 瞬時に再生するも、傾いた巨体を踏み台に跳躍する銀の少女。

 少女の髪が金色に燃え上がり、切れ長の瞳に青い輝きが灯る。

 それに呼応し、手にした剣にひときわ大きな光が宿り、巨大な刃を形成した。

 人を圧する巨人の影よりもさらに大きな直剣。


 神剣パラディオン、神威煌く女神の刃。


「グラウ──」


 巨人をも両断できる、輝きの剣。


「コーピス!!!」


 裂帛の気合と共に、光の烈剣が振り下ろされる。

 解き放たれた爆光は巨影を飲み込み、さらに膨れ上がる。

 巨人のみならず、周辺一帯の瘴気をも吹き飛ばす一撃。

 輝きと衝撃が晴れ渡った後には巨人の影はなく。


 脈打つ、闇色の心臓が体の大半を失いながらも明滅していた。


「ヘイゼル!」

「わかってマス、『オリーブの封印』!!」


 地面に転がった心臓の周囲に芽吹くオリーブの双葉。みるみる成長したそれは心臓を包み込み、再び地中へと姿を消していった。


「封印完了、もう大丈夫デス」

「じゃあここの結界もすぐに解けるね。ボク達の出番はこれでおしまいっと」


 戦闘が終わったからか、それとも巨人の影が消滅し、空間内の雰囲気が穏やかに戻ったからか。

 人が集まる気配を感じた少女は


「じゃあみんな、悪夢はこれで終わり。いい目覚めを」


 光の小路を作り出し、そのまま異空間から一足先に立ち去った。


******


 街外れの裏路地。

 人気のない一角で、白銀の鎧をまとった少女が掌に乗せた白いフクロウに語りかけていた。


「今ので大丈夫かな? 目立たないよう頑張ったんだけど」

「基本的にあの結界、『巨神殿』は夢の中の出来事と同じデス。見られていても白昼夢、夢を見たとしか思わないデス」


 少女の問いかけにフクロウは人語を返し、少女もその事に驚く様子はない。


「それならいいけど……で、今日はどれくらい消費しちゃった?」

「ダメージ受けてないデスから──3週間分くらいデスね」

「ああ、ボクの3週間……」

「まだ“プシュケー”が完全に消えたわけではないデス。キミが『その姿』になっている間、他の人からあやふやな印象になるだけデスから」


 落ち込んだ様子の少女を慰めるフクロウ。


「うん、わかってる……じゃあ『天換』を解くよ」

「了解したデス」


 少女が淡い光を放つ。

 乳白色のそれが少女の体を包み隠し、収まった後には。


 学生服姿の少年が立っていた。


「お疲れデス、マサキ」

「うん、お疲れ、ヘイゼル……」


 戸田とだ真幸まさき、健全な男子高校生。

 ひょんな事から、変身ヒロインをする事になった高校2年生。


 止むに止まれず得た力であったが。

 その代償は、彼の人生そのものである。

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