File054. 万能型


 空気の膨張速度が音速を超え、多重の衝撃波を生み出していた。

 高度四百メートルで生じた大爆発は一秒もかけずに地上へ大振動と大音響を届け、原爆並みの破壊力で地上を舐めていく。

 カイリの〈障遮鱗プロテクト〉が自動オートで発動していた。


「きゃあああああ」


 マティが頭を抱えて女児のような悲鳴をあげる。

 彼女をかばうように、身体を丸めるカイリ。


「スザク……!」




 〈障遮鱗プロテクト〉の陰に入らなかった地面がえぐれていた。

 爆心地を中心に直径八キロほどの範囲で斜面が削られた山や、土砂で埋められた渓谷が見える。

 耳鳴りがして自分の声がまともに聞こえないことにカイリは気づいた。

 両耳の鼓膜が破れている――。


「くそっ。妹にここまでやるのか、ビャッコ」


 カイリは自分の考えが甘かったことを知った。

 争いを好まないゲンブと、人懐ひとなつっこいスザク。

 その二人を見てきたカイリは、結局実感を持てないでいたのだ。


 予言書にはっきりと書かれていた記述に。

 竜の厳密なおきてに。



 “竜は、その主人に絶対服従する”



 それは主人の命令さえあれば、どこまでも冷徹な行動が取れることを意味する。


(正式に孵化した竜はそうなんだ。自由な竜のスザクやゲンブとは違う……)


 隠し役名コマンドで誕生したスザクや、孵化器の判断で緊急孵化していたゲンブは契約に縛られない自由な竜である。

 少なくともシステム上に彼女たちの主人は登録されていない。

 ビャッコもまた孵化器のエラーで誕生した自由な竜であり、彼女の意思で行動しているにすぎないが、カイリはそれを知らなかった。

 いずれにしても状況は同じである。


「……ビャッコは、本気でスザクを殺す気だ」


 幼いスザクの、くったくのない笑顔が頭に浮かんだ。


 意識の奥底に何か熱いものが染み出し、じっとしてはいられない衝動がカイリの身体を震わせる。


「スザクは無事でしょうか?」


 マティの声が聞こえた。

 彼女が〈薬杯ヒーリング〉の“インジュリ”モードを唱え、鼓膜を治療してくれたのだとわかる。


「ありがとう、マティ。君は大丈夫なのか?」

「私は両手で耳を押さえていましたから」


 両耳を押さえて笑顔を見せるマティ。


 〈枢暗光サーベイ〉の効果時間は過ぎていた。

 だが今スザクの無事を確認するために、再び〈枢暗光サーベイ〉を使うことはためらわれた。

 汎数レベル13の魔法によるエネルギー消費は、同等のエネルギーをブレスで使用する竜たちの闘いに影響を与えかねないからだ。

 この地にはゲンブの孵化器にエネルギーを供給していた太い竜脈が一本通っているはずだが、発電所から供給されるエネルギーは無尽蔵ではない。

 突然のエネルギー不足が一瞬でも生じた場合、それがスザクに有利に働くか不利に働くかはタイミング次第だろう。

 そしてカイリは、そんな魔法を唱えていられるほど悠長な気分ではなかった。


「俺がビャッコを止める。フェスはここでマティを守っていてくれ」


 木の精ドライアードのフェスがカイリの肩を離れて地面に降り、根を張り始めた。


「あの…… 地下に部屋を作る です」

「頼む」


 掘削ビットの触覚器フィーラーを持つ土の精ノームであれば、十分な深さに十分な広さの空洞を短時間で作ることができ、空洞の壁を頑丈にする処置さえ施せるだろう。

 汎用性を長所とする木の精ドライアードにそこまでの能力はないが、木の根で地下空間を作るくらいのことはできる。


「スザクは無事なはずだよ、マティ。それに……」


 心配する表情のマティに向けて、カイリが笑みを作る。


「君との約束を果たすために、絶対に失ってはいけないもの。それが四体の竜だ。そして君たちフェアリ族の予言書は、竜と同等以上の力を俺にくれた。だから……任せてくれ」

「はい」


 カイリが見上げた空で、舞い上がっていた土煙が風に流されていた。



  ***



 広範囲を漂う土煙が、ビャッコの視界を覆っていた。


 十万個の圧縮空気爆弾。

 一個でも小さな戦艦を沈めるほどの威力があるそれを十万個放った彼女は、それでも念のため、スザクが助かる可能性について考えていた。


 スザクの身体を十万回粉砕できる爆発である。

 頭部まで粉々になり、ナノマシンシステム上にあるスザクの全情報を完全に破壊し尽くすはずの攻撃だった。

 スザクのブレスを警戒して近接距離クローズレンジに入る前に爆発させたため、前方からだけの爆発になったが、それでも十万発である。

 回避できるはずもない。


『どうして……』


 近距離でのみ使用可能な竜どうしの通信回線に、ビャッコの声が響いた。


『いったい、どうやって助かったというの……?』


 ビャッコの索敵が、スザクの存在を捉えていた。

 土煙に隠れて見えないが、スザクの位置は動いていない。

 そして姉竜にのみ許された妹竜を感知する能力。

 それが、スザクが無傷であることをビャッコに伝えていた。


『ビャッコねえ!』


 スザクの明るい声が回線の上を跳ねた。


風系ガシアスのビャッコ姉は、私の初陣ういじんにはぴったりだと思ったんだけどな。こんな攻撃方法があるなんて、やっぱり風系ガシアスはすごいね。攻撃、防御、移動、情報収集。その全部に秀でた万能型の竜だって、タキタニさんが褒めてただけのことはあるなぁ』


 土煙が風に流されていく。


『ちょっ、ビャッコ姉、風、強いって』


 風を使い土煙を一気に吹き飛ばすビャッコの前方で、赤いドラゴンが揺れていた。

 そのドラゴンの前で、風を受けて光るもの。


『それは何? その連なる六角形の防御壁は――』

『〈障遮鱗プロテクト〉だよ。汎数レベル13の魔法。カイリが〈枢暗光サーベイ〉を使う前に事前詠唱して〈方定パーマネント〉をかけてくれていたんだ。その時は過保護だなーって思ったけど、これがなかったらヤバかったな』


 一瞬、スザクが何を言っているのか理解できないビャッコ。

 それが魔法システムを利用した役名コマンドのことだと思い当たる。


『事前詠唱では竜脈のエネルギーを消費しないから、ビャッコ姉は気づかなかったと思う。〈障遮鱗プロテクト〉が発動した瞬間には竜脈に高エネルギーが流れたはずだけど、ビャッコ姉の爆弾の威力がすごすぎて気づかなかったんじゃないかな? あ、でも〈枢暗光サーベイ〉の時は気づいてたよね?』


 ビャッコはようやく合点がてんがいった。

 ゲンブとともに彼女が感じた竜相当のエネルギーの流れは、その〈枢暗光サーベイ〉という役名コマンドによるものだったのだと。


役満フルコマンドが成竜のブレスに相当するエネルギーを消費するという知識は私にもあるわ。リュシアスの話ではカイ・リューベンスフィアは汎数レベル6までの役名コマンドを使える可能性があるということだったけど……。そう、あなたの主人は元帥クラスというわけね』


 汎数レベル13の役名コマンドを使用できるのは、軍の階級の中でも元帥のみというのがビャッコの記憶領域に残る情報だった。


(つまり、竜に対抗できる人間がこの時代にいるということ。リュシアスを世界の王にするには、多少の苦労もありそうだわ)


 ビャッコが作り出す風がみ、〈障遮鱗プロテクト〉の盾もそれに応じて消えた。

 まるで降参したかのように前脚を上げ、緊張を解いてスザクに近づくビャッコ。


役満フルコマンドをあなたにポンポン使われては、私に勝ち目はないわ。ここは引き下がります』

『えーっ!? 大丈夫だよ、カイリがかけてくれたのは〈障遮鱗プロテクト〉を一回だけだもん。私のとりえって攻撃だけだから、いろいろ覚えたいんだ。さっきの爆弾の使い方なんてすごく参考になったし、もう少し――』


『……なんてね』



 白竜の口が大きく開いていた。

 スザクまでの距離、六十メートル。


 咄嗟にブレスで応戦しようと身構えた赤竜の身体が、ガクンと落ちる。


『え……何?』


 背筋を走る戦慄。

 スザクには何が起きたのか理解できなかった。

 高度を維持できず、四百メートルの高さを落下していく。

 〈障遮鱗プロテクト〉の効果時間はまだ残っているはずだった。


『元帥さんの役満フルコマンドは厄介そうだしね。やっぱりあなたから先に死んでもらうわ、スザク』


 妹を見おろす姉竜の灰白色の瞳は、どこまでも冷たかった。



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