　丸太のような、あるいはそれよりももっと太い首にクオンはしがみつき、またがった。毛は焼け焦げ、皮は所々ただれている。とはいえ、その下の肉や骨はいまだに健在だろう。今からそれを、貫く。

　左手の剣を逆手のまま右手に渡し、その柄を火の消えた四元符ごと握り込む。その上から左手を重ね、剣を両手でしっかりと握った。そのまま両手を高く振り上げ、一瞬の溜めの後、一気に振り下ろした。

　ドスッと首筋に突き刺さり、渾身の力で振り下ろした剣は止まった。当然、クオンの腕力では化け物の太い骨など貫けはしない。化け物は叫び、巨体は激しく揺れ動く。

　焼け付く空気を一度だけ吸い、振り絞るようにしてクオンはその名を叫んだ。

「ぁあ……《アグニス》！！」

　左右の手に握られた四元符はその意志に応えるように眩いほどのオレンジの光を宿し、真下へ、剣先へ向けて炎を吐き出した。炎は流水のように柄から鍔を通り、片刃の刀身をなぞって傷口へと触れた。その瞬間、小さな炎は地上に落ちた太陽のごとく光を放ち、化け物を焼き尽くし始めた。

　眩い光を放つ炎は触れた端から皮と肉を燃やし尽くし、骨を穿った。吹き出るはずの血もことごとく蒸発し、黒々とした穴が焼き尽くされて広がっていく。

「グオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ——」

　化け物は最期の咆哮を上げた後に崩れ落ち、そして動かなくなった。

　焦げ臭い匂いが漂う中を、クオンはゆっくりと歩いていた。やがて地面の上にある小さな光、火種にたどり着くと、それを踏み潰した。

　ぐりぐり、ぐりぐり、と念入りに踏み消し、足を上げる。そこにはもう一欠片の明かりもない。それを確認して、ようやくクオンは腰を下ろした。

「……はぁ、げほっがはっ」

　思わず吐いたため息が熱で傷んだ喉に触れ、咳き込んでしまう。最後にうっかり息を吸ってしまったのは失敗だったな、なんて思いながら、クオンはそれも含めた自分の未熟さに声もなく笑った。

　化け物を仕留め終えた後、クオンには最後の仕事が残っていた。すなわち、火の後始末だ。普通の火ならそう簡単には燃え広がらないのだが、一帯を焼き尽くすような大火となれば話は別で、クオンはボロボロの体を引きずりながら水の《アキア》の力を使いつつ消火活動にあたった。そして今最後の火種を消し、クオンはようやく一つの戦いを終えたのだった。

　とはいえ、いつまでも休んでいるわけにはいかない。急いで四ツ角を仕留めたのはヤールの助太刀に向かうためだからだ。

「よい……しょっと」

　余力を振り絞りながら、クオンは立ち上がる。体は煤まみれで、裾や袖は端が焼け焦げたりしている有り様だ。だが、その足取りには力があった。

　その足が、ふと止まった。そして、クオンは振り返った。

　再び闇に落ちた草原の片隅、もうぼんやりとしか見えない焼け跡の地面。クオンはそこに目を凝らす。だが、いくら見ようと集中してもそこには何もない。当然だ。化け物の死体は数分も経たずに煙になって消えてしまうのだから。

　クオンは、しかし何もないそこに向かって目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。そして十秒ほど後、クオンは前に向き直り、疲れた体に鞭打って走り出した。