第8話
ナヤはしゃくりあげながら泣き始め、またその場にうずくまってしまった。
「はやく、見つけてあげないと……でも、みつからなくて……ひぐっ」
……どうしたものか。見た限りナヤはそのいなくなった子羊のことで頭が一杯らしい。
(羊なんかよりも自分の命を大事にしろ、とか言っても聞かないんだろうな……)
しかし、言うことを聞かないだろうというだけでこの子をここに置いていく訳にもいかない。曲がりなりにも夜狩人の手伝いをしている身なら、守るべき村の一員をいつ化け物に襲われるか分からない森の中に見捨てていくなんてできないし、そもそもこんな子供を見殺しにするなどあってはならない事だ。
うーんと唸って考え込んだ結果、クオンは回答を導き出した。
「よし、分かった! 俺が子羊を見付けてくるから、ナヤは村に帰ってな」
その言葉を聞くと、ナヤはまた顔をぱぁっと輝かせた。
「ありがとう、おにいちゃん!」
そう言ってナヤは村に帰ろうととてとてと走り出した。
子羊を見付けなきゃっていう思いと夜が迫ってきた不安と恐怖で動けなくなっていたんだろうな。なんてクオンが心中を察していると、ナヤはふっとその足を止めた。
「ねえ、ここ、どこ?」
……まあ無理もない。逃げていった子羊を年端もいかない子供がたった一人で必死に追いかけて行ったのだから、帰り道が分からなくなるなんてのは仕方のない事だ。
そう言い聞かせるように心の中で呟きながら、クオンは再び森の中を駆け抜けていた。その背中にはナヤがしがみつくように背負われている。
そのナヤはというと、後ろへ後ろへと飛ぶように移り変わる景色を目をキラキラ輝かせて眺めていた。
「うひゃあー! びゅんびゅん! すごい!」
その歓声は元気そのもので、ついさっきまでぐずぐず泣いていたとは思えないほどだった。実はもう日もほとんど落ちていつ化け物が出てもおかしくないという状況なのだが、きっと今のナヤの頭にはそんな事を悩む隙は一欠片も無いのだろう。まあこのくらいの反応が子供らしいとも思えるが。
そういえば初めて馬に乗せられた時はこんな感じだったっけな、とクオンは昔の記憶を思い出す。父親の股の間に乗せられて、最初は振り落とされやしないかと身を硬くしてしがみついていたけれど、次第に頬を撫でる風と飛ぶように過ぎていく景色に歓声を上げ、そして実はそれまでがただの駆け足だったと知ってもう一度怯える羽目になったんだっけ……。それを考えるとナヤは怯えもしないし、幼い割になかなか度胸のある子なのかもしれないな。
と、考えていた所で、はっと我に帰ってクオンは周囲に注意を戻した。そう、今はそんな事よりも一刻も早く子羊を見付けて帰らなければ。そう念じるように自らに言い聞かせて、クオンは白い小さな影を探して視線を次々に走らせていった。
結局、クオンは迷子のナヤを背負って子羊を見付けることにしたのだった。二兎を追う者はどうこう、みたいな諺もあるが、ナヤを連れて帰るにはこれが一番合理的だと考えたまでだ。
とはいえ、何も森の奥深くまでナヤを連れて行くつもりは無い。ある程度まで行って子羊が見付からなかったらクオンはさっさと引き返すつもりでいた。村ではこの子の親も心配しているだろうし、何より深入りしすぎてうっかり化け物と出くわすのは避けたかった。自分一人なら逃げるのはもちろん、倒す事も大した問題ではないが、流石に子供を一人抱えたまま無事に村まで逃げられるかどうかは厳しい賭けに思えたのだ。
(しかし、目当ての子羊はおろか、獣が動く気配すらしないな……)
クオンはそう心中でぼやく。普通なら驚いて逃げていく獣が一匹二匹いてもいいはずだが、この森の、特にこの辺りまで踏み込んでくると、何も生き物がいないのではないかと錯覚するほどに静かだった。
そろそろ引き返した方がいいかもしれない。そう思いかけた瞬間、前方で微かな気配があった。そして僅かに遅れて背中のナヤが叫んだ。
「あーっ! いたー!!」
二人の視線の先、暗い森の中に白い毛の子羊が座り込んでいた。
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