第341話

「そういうわけでデートをストーカーするわよ」

「なんで巻き込むのよ」


 瑠璃の不満の声は亜美の耳に入らなかった。


*****


「私、休みの日はゆっくりしたい派なんだけど」

「良いじゃない。たまには友だち同士で和気藹々したら良いじゃない」

「先輩後輩の仲で和気藹々出来そうにないんですけど。帰っても良い?」

「ダメ」


 瑠璃は舌打ちをしてアリアたちを眺める。現在はアクセサリーを見ているようだ。


「指輪を買いに来ているのかしら」

「気が早いんじゃない? まだ二人とも子供よ」

「亜美に比べりゃそうだろうけど」

「瑠璃が言う?」

「五月蠅いアラサー」

「っ、まだ27よ!」


 そんな見苦しいやり取りはもはや隠れておらず、アリアと柘雄は気付いていた。まぁ、気付いていても何も言わない優しさを持ち合わせていたので敢えて無視していた。


「ねぇ、柘雄」

「どうしたの?」

「指輪ってお給料三ヶ月分って言うじゃない」

「……言うねぇ」

「でもさ、私の給料三ヶ月分だとかなり高い指輪になりそう。どうしよっか?」

「……例え安物だったって僕は構わないさ。それに指輪が無くたってアリアのことを愛し続けるから」

「……もぅ……」


 照れ照れなアリアは顔全体を赤くして柘雄の脇をつんつん、と突いた。微妙にむず痒いのを耐えながら柘雄はアリアの頭を撫でる。

 それを眺めて瑠璃はため息を吐いて、亜美は笑顔になる。あの弟が、と言った喜びだ。


「アリア、昼ご飯は食べた?」

「ううん、食べてないわ。柘雄も?」

「うん」


 その結果、


「ただいま……」

「お邪魔します」


 柘雄宅でアリアの手料理作られることとなった。


「さて、私はお父さんと出かけてくるから」

「え? 朝は何の用事も無いって言っていなかった?」

「気のせいよ」

「六時ぐらいまで出かけてくるからのんびりしなさい、柘雄」

「お父さん……」


 柘雄は突然の事態に戸惑っている。アリアがそれを見て微笑んでいると


「アリアちゃん、今日泊まっていったらどう?」

「え、あの、着替えを持ってきていないので……」

「大丈夫。さっきアリアちゃんのお母さんから届けられたの」


 なんでやねん、と二人が突っ込んでいるとお義母さんは微笑んで


「アリアちゃんの着替え、常備しても良いのよ?」

「あ、いえ、その」

「お母さん、あんまりアリアを困らせないで」

「あらあら。あ、冷蔵庫の中身は全部使って良いよ」


 お母さんは微笑みながらリビングから姿を消した。それに続いてお父さんも。


「……どうしよう」

「柘雄、とりあえずはお昼ご飯を作りましょう。何か食べたい物はあるかしら?」

「アリアが作った物なら何だって良いよ」

「もぅ……相変わらずね」


 同居生活の頃から変わっていない、とアリアは呟いた。もっとも一年足らずの期間で嗜好が変化することもそうそう無いのだが。


「ねぇ、アリア」

「なにかしら? 今は野菜を切っているところよ」

「そうじゃなくて……アリア、住みたい地域とかある? 山の近くとか、川の近くとか、海の近くとか、砂漠の近くとか」

「砂漠ってどこにあるのさ。エジプト?」

「ふふふ」


 アリアは微笑みながら人参の皮を剥いた。そしてそれを小さく斬ってフライパンで炒める。次にウィンナーを細かく切ってフライパンに放り込む。そして火が通ったところで冷やご飯を放り込んだ。温まり、米が解れたところで塩胡椒を振って


「男炒飯!」

「男らしいなぁ……美味しいね」

「塩胡椒だけの味だけどね」

「でも美味しいよ」


 柘雄とアリアは男炒飯を食べながら色々とこれからについて話し合った。卒業後、結婚後、出産後。色々なことを和気藹々と話していた結果、玄関で亜美が脱水症状で倒れそうになっていた。


「亜美は自己管理をしっかりして欲しいわね」

「柘雄が原因なのよ……」

「え?」


 甘い会話を聞いていて、亜美は心に傷を負ったのだ。


*****


「アリアちゃん、晩ご飯では何が食べたい?」

「えっと……柘雄が食べたい物が食べたいです」

「あらあら。じゃあ柘雄は?」

「まったく同じ言葉を言うよ」


 亜美が余りの甘い空気に吐血しそうになり、お母さんは満面の笑みになり、お父さんは近年まれに見るような良い笑顔になっていた。


「アリアちゃん、無理をしない程度に食べてね」

「はい!」


 お母さんはアリアの頭を撫で、亜美を見る。そのままため息を吐いてアリアの頭を再び撫でた。


「何よ今のため息」

「アリアちゃんみたいな素直な子に育ってくれたら良いのになぁ……良かったのになぁ……」

「私、そんなに不満を抱える要素たっぷりかしら?」

「良い人を見つけてもいないんでしょう……?」

「っぐ」


 お母さんの言葉が亜美の胸を刺す。亜美が精神的なダメージを受け、倒れそうになっていると肩が叩かれた。

 振り向くと――首を横に振っているアリアがいた。そして


「大丈夫、亜美も素敵な人に会えるから」

「く、勝ち組の上から目線が辛い!」

「ふふふ」


 アリアは慈愛の表情だった。そして柘雄は何も見なかったことにして、熱い緑茶を飲んだ。お爺ちゃんのようなそんな様子に亜美が癒やされたかは分からない。


 そして15分後


「柘雄は髪を洗うのが上手だね」

「そうかな? 僕一人なら適当にわしゃわしゃってやって終わりだよ」

「私もそうだよ。だからなのかしら、柘雄に洗ってもらうのがとても気持ち良いのは」

「僕は髪を洗っても別に何も感じないけどねぇ」

「シャンプーが目に入っても?」

「それとこれは話が別だよ」


 笑いながら柘雄は洗面器にお湯を入れ、


「アリア、流すよ」

「ばっちこーい」

「古いよ」


 柘雄は苦笑し、アリアの髪にお湯を掛ける。泡が流れていくのを眺めつつ、再び掛ける。普段ならどばっと掛けるけど、アリアだから少しずつゆっくりと掛ける。


「次は柘雄の番ね」

「ん? あ、お願いしても良いの?」

「体を先に洗ってくれても嬉しいんだけど……どうする? 私はどっちでも構わないわよ」

「なら先にアリアを洗おうかな」


 きゃー、と嬉しそうな悲鳴を上げながらアリアはぴかぴかに磨かれた。しかし


「前は自分で洗えるから」

「えー」


 そんな柘雄の言葉にアリアは不満を露わにした。そして少しした後、


「前は自分で洗えるから!?」

「まぁまぁまぁ」

「洗えるから!?」


 必死に何かを護ろうとする柘雄をアリアは不満げな表情で眺めていた。


*****


「マグナ、オバマ、ユリア、ユリウス、アリア」

『なんですか?』

『どうしました?』

『何事です?』

『何か問題が?』

『どうしたの優さん』


 優は少し、彼女たちの前で困ったように目を泳がせて――何かを決意したかのように頷いた。そして


「あなたたちが計画している最終崩壊計画を見ました」

『おや』

『どこから?』

「人間だって色々と確認する方法を持っているんですよ……ですが、実行許可が下りました。夏休みが終わると同時に全てを終わりに向かわせましょう」

『『反対です』』

「ユリア、ユリウス。何故反対なのかを説明してください」

『三年計画そもそもがおかしいです』

『何故公表せずに三年で終わらせるのですか』


 二人の疑問はもっともだ。しかし優は何と言うべきか、と悩んで


『三年間で一気に変わる世界だからこそ、三年で終わらせるんだよ』

『『アリア?』』

『考えてもみると良い。変化が多い世界の中でも仮想世界は変化がしやすい。たった一つのデータで環境は変化し、今までに強かった物が弱くなる』

「アリアの言う通りです。世界の変化を一旦終了し、続く世界へと――」


 優はそう呟いて5人に微笑みかけて


「納得出来ましたか?」

『『まぁ、少し』』

「よろしい」

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