平帆太郎伝
よろしくま・ぺこり
第一話 海賊討伐
空は青い。
海は蒼い。
空は雲一つなく晴れ渡り、海は波穏やかで風はさわやかだ。一瞬青蒼の中に吸い込まれそうになる。
そんな中を一陣の船団が行く。
「海はいい」
船上の物見台で風花太郎平光明(かざはな・たろう・たいらのみつあき)は呟いた。
「なあ、そうだろ」
眼下にいる平次郎水盛(たいらのじろう・みずもり)に言う。
「さようでございますな兄者」
水盛が答える。平素と違わぬ水盛の様子を見て、光明は感心する。
「うぬ、次郎は船酔いなどしてないな。それに比べ、三郎、四郎の情けなきこと」
太郎光明が嘆く。
「あ、兄者。そう言われても我ら、このような大船に乗るのは初めてで」
船縁で三郎森盛(さぶろう・もりもり)と四郎山盛(しろう・やまもり)が嗚咽を上げている。そう、彼らに取って海での戦は初めての経験だった。
「我ら平氏は海の一族ぞ。父上の巨鯨将軍が生きておられれば嘆くこと甚だしかったことであろう。少しは次郎を見習え」
光明が叱責する。すると森盛は、
「次郎兄者はずるい。富山の薬売りが持って来た『酔い止め』の薬を呑んでいるのです」
と言った。すると光明は、
「事前の備えこそ武士の勤め。さすが次郎だ」
と逆に褒めた。
「恐れ入ります」
水盛は畏まり、そして『酔い止めの薬』を、
「今から呑めば少しは効くであろう」
と森盛、山盛に渡した。
「かたじけない」
二人は竹筒の水を分け合い、薬を服した。
「敵の海賊はおそらく近くにいる。早く治せ」
光明は頼り無さげに二人を見た。
「ところで兄者」
水盛が言った。
「この度の海賊掃討の件。いかように」
「うん、それだが次郎。掃討はしない」
「えっ」
驚く水盛。今日の海戦は相模湾に巣食う凶悪な海賊を根絶やしにする事と聞いていたが。光明は言う。
「彼らとて元は漁師かなにかだろう。正業が成り立てば海賊などしない」
「はい」
「正業が成り立つようにするのが我らの役目」
「どのようにするのですか」
姿勢を正して聞く水盛。
「相模国に湊を増設する。まずはそれを手伝わせる。湊が出来れば市が立つ。市が立てば商業が始まる。町が栄えて民も我らも儲かる」
「なるほど。しかしそれを分からせるのが骨ですな」
「そう。その為に多少の弓矢はやむを得まい。我らの力を見せつける。これが大事だ」
光明が言う。そして森盛、山盛の方を振り返り、
「だから、とっととシャキッとせい。三郎、四郎」
と一喝した。
「ははあ」
平伏する、森盛、山盛。
そのとき、
「前方の船より伝令だあ。海賊船二隻を発見しただと」
と光明家臣の大斧大吉(おおおの・だいきち)が巨体を振って走って来た。
「二隻か。思ったより少ないな」
光明は呟く。平氏の船団は六隻であった。
「相手の船を包み込んで戦意を喪失させろ」
光明が命令した。伝令が信号を送り船団が動く。同時に敵から弓矢が放たれて来た。
「ふふ、素人の弱弓。軽く撃ち返してやれ」
平氏方より弓矢が放たれる。敵が怯み、光明は船を近づけさせた。我先にと飛び移る光明。だが、その瞬間、
『どどっ』
といって敵の船が沈み出した。甲板が揺れ、身を崩しそうになる。
「やられた。これは囮だ。自船に戻れ、海に落ちたら鎧の重さで溺れてしまうぞ」
そのとき南方から五隻の船団が接近してきた。何とか船に光明が戻る、しかし兵二百のうち七十が海底に沈んでしまった。
「海賊ごときにしてやられるとは、我が身の恥辱だ。やむを得ん。ここは急だが、作戦変更だ。全力で敵を討つ!」
そのとき、敵勢から巨漢の男が現れた。
「平氏の青侍ども、この相模湾で、難破時化丸様に敵うと思うなよ」
怒号が飛ぶ。
「あれは海賊大将!」
味方の兵士の一部が怯えた。相手は凶暴で名高い難破時化丸(なんぱ・しけまる)であった。
「難破時化丸なにするものよ。今こそ海の平氏の実力を見せよ」
光明の声のもと、平氏軍は弓矢を雨のように降らすと、敵の船腹に自船をぶつけた。
「突っ込め!」
平氏勢が次々と敵船に討ち込む。海賊側も立ち向かい、大乱戦になる。
「ワー」
「グワッ」
六対五隻の船上で壮絶な白兵戦が繰り広げられる。全く光明の予想外の展開だった。
「これは、時化丸を倒さない限り戦いは終わらないな。奴はどこだ」
光明が叫んだ。
「ああ、あそこだど」
大斧大吉が遠くの船に居る時化丸の影を見つけた。
「よし」
と言うと、光明は船を何隻も飛び越えた。なんと言う跳躍力!
「時化丸! 我こそは風花太郎平光明だ。これ以上、無駄に人の命を失いたくない。一騎打ちで勝負しようぞ!」
光明は時化丸に叫んだ。
これに対し時化丸は、
「青侍の大将か。それにしては勇気があるな。ならば来い! 一撃で海に落としてくれよう」
と受けて立った。
「やあー」
「とーっ」
互いに打ち込む。
『ガチーン』
剣が交差する。力は互角か。
「やるな、青侍」
「おのれこそ、海賊には惜しい身だ」
「漁師風情などと思うて侮るなよ。俺は、元は滝口の武士だ!」
「なるほど、それでこの智勇が……しかし何故だ?」
間合いを取るため二人は離れた。
「さあ、来い」
時化丸は中段に構え、光明を誘う。
「隙がないな」
そう言うと光明は渾身の力で時化丸に向かった。『ガチン』と鋼のぶつかり合う音がした。力勝負となる。時化丸は巨漢だ。光明危うし。しかし次の瞬間、はじけ飛んだのは時化丸の剣。光明が勝った。平氏方から歓声が起こる。一方、無剣の徒と成った時化丸は、
「くそっ、殺せ!」
と甲板に座り込んだ。
「殺すのは簡単だが……」
光明は座り込んでいる時化丸に最前の構想を話した。
「そ、そのような考えを……」
思い悩む、時化丸。
「お主とて無駄に死ぬより、人々の喜びに参加したほうが、元武士として生き甲斐があるであろう」
「……」
「どうだ?」
光明は返答を待った。
「一体、俺は何をすればいいのだ?」
時化丸が口を開く。
「貿易船や商船の警護はどうだ。海賊はお主だけではあるまい」
光明は諭した。だが、
「俺は海賊はやめない」
時化丸は静かに言った。
「えっ」
驚く光明。ここで殺すには惜しい男。しかし、海賊に拘るならば斬らねばならない。しかし、
「ただし、海賊を襲う海賊になる」
時化丸の口から出た言葉は期待以上のものだった。
「おう、それはよい考えだ。それでこそ、真の海賊大将よ」
光明は笑い、時化丸の手を握る。
「とにかく命の借りが出来たぞ」
時化丸が言った。
「そうかな」
「この恩はいずれ必ず返す」
総大将が降伏したので、戦いは終結した。時化丸は配下の者に光明の構想を話し、そのほとんどが漁師崩れであった時化丸配下の者は、光明の事業に参加し報酬を貰うことに賛同した。
海賊船は一隻を残し平氏方と共に行くことになった。残された一隻には時化丸と配下の一部が残り『海賊の海賊』として働くことになった。
帰りの船の中で光明は、
「次郎、俺の構想は間違ってないよな?」
と聞いた。
「間違えでは全くございませんでしょう。破天荒な策です」
水盛は答えた。
「三郎、四郎。船酔いは治ったか」
光明は後ろに振り返った。
「はい、船酔いは治りましたが、今度は、いささか血に酔いました」
森盛が言った。
「それでも平氏の武士か」
光明はぼやいた。そして、
「海の戦いは終わった。次郎、今度は陸だ」
「陸?」
次郎が怪訝そうな顔をする。
「そうだよ、坂東だ」
光明は声高らかに宣言した。
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