2語り足りぬ満月の夜
目の前で椅子に座った男はそう語り終えた。
満月が照らしいつもより明るく昔を懐かしく思い出す夜。
30人もの我々天国教に囲まれながらもこの男は子供のように椅子を逆に座り背もたれの方から足を出してつまらなそうにしている。
これほどまでに隙しかない男一人に手を出せずにいた。
第一にこの男は「少数派」の幹部だから。
謎まみれの少数派という集団のさらに謎に隠された幹部。
能力を持っている事は断定している。それも強力な能力を。
目標を中心とし10メートル離れて囲めば全滅だけは免れるという風にマニュアルに書いてある。
ただ謎の男に対して正直に則るしかない。
第二にこの男が今語った詩のようなポエムのようなモノの意味が分からない。
能力のスイッチだとすれば手遅れだろうが、依然としてなにも起こらないでいる。
闇とは何かの暗喩だろうか。歯車とは何だ?
「君達の身体中に世話しなく回り続ける歯車が見えないか?」
男はどことなく呟いた。
チラリと自分の体に目をやっても何ら不思議なモノはない。
バカにされたのではと普通は頭にもクるが男の雰囲気は冗談なんて言うようなものではなかった。
ただ壊れている。これほどの敵が周りを囲んでいてもまだ死に対しての自覚がない。
悲しいほどに疲れ果てた彼を我々以外に誰が天国へと送るというんだ?
大義名分じみた正義が後押しする。
「実は俺にはもう歯車しか見えなくなってね。」
「君たちの顔をろくに知らないまま殺されるんだ。」
悲しそうに俯き項垂れる。
やはり、男の言っている言葉は狂気じみたもので意味など最初からなかったようだ。
回りの信者達に目をやると覚悟は決まったようで皆、銃の引き金に指がかかっている。
「大丈夫だ。天国に行けば苦しみも悲しみもなく、大切な人と幸せに暮らせる。」
いつも通りのマニュアルに載っている言葉を話す。
それを合図に一斉に引き金を引いた。
「いや、だから殺されるって言っているだろう。」
金属の間の抜けた軽い音が鳴っただけだ。
ただの素人である我々の銃弾の保管の仕方なんてどう頑張っても無理がある。
不発弾は珍しくはない。
しかし、30人の銃が不発なんてありえるだろうか・・・?
男はゆっくりと立ち上がった。
さっきまで今にも倒れそうだった弱々しい姿はどこにもない。
目は全てが黒く、それでいて眼球が月の光で煌めき硝子のように美しい。
目尻から足元へと血が絶え間なく流れ続けている。
長く細い腕と足は枯れた木を連想させた。
こんな明るい夜でも月を隠し暗闇へと変えるほど大きな木を。
ただの狂気の塊だ。純粋な、研ぎ澄まされているような。
仲間は一歩二歩と後退りしながら中には転んで起き上がれない者もいる。
ああ・・・、と今さらになって気がついた。
だってあまりにも情報とかけ離れすぎているじゃないか。
陽気なやつだと噂で聞いた。必ず誰かと行動する、とも。
彼が間違いなく我々の過半数を殺して回っている少数派の「死神」以外の何者でもない。
「お前らは奴らに殺される。」
地表が踊るように割れ、歌うように「ナニか」が・・・―――・・・
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