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どうにか、冷静になれてきた。
今何が起きようとしているのか、徐々に理解の程が追い付いて来た。牢屋に入れてくれたのは恩の字だろう。お陰で落ち着けた。
俺には今、何かが起こった。何が起こったかまでは解らない。ただ作為的なものなのか、人為的なものなのか。
物語は決まっていた。なのに、ジャンルすら超える物語となってしまった。俺はアリスを愛し合っていたかった。
今俺の物語は、矛盾を孕んでいる。
それだけは理解している。
俺は俺の過去――現在からすると、未来を知っている。正確に言えば、ジェイルが死ぬ直前より前からの、正史だ。
何故知っているのか。
その説明は簡単だろう。この話が、そう、ノンフィクションを追体験していると言えばいいのか。今までもそう言う執筆法を使ってきた。
なのに、その追体験が狂い始めてきているのだ。
小説を書いているのに、正史が変更されている。
書いていた小説が、変わっている。アメコミ映画を見ている最中に思い立ち、ノンフィクションであるこの話を書こうとした。墓まで持って行こうとしていたこの話は、このサイトを知り合いに教えてもらった事を切欠に、漠然としたまま始めたノンフィクション小説だ。
説明が難しい。
だから俺は今、小説を書いている筈なのだ。
書いている筈なのに、書いていると言うか、追体験していると言うか。そしてそれが変わってきている。
だから、この状況を説明するのは難しい。
俺は≪先≫を知っていたが、その≪先≫が変化している。
俺は「執筆者」であった筈なのに、いつの間にか「登場人物」になってしまっている。
そう揶揄するのが最も認識させ易いだろう。
つまり、ここから先の話を俺は知らない。
だからもし、ここで俺が死んだとしても可笑しくないのだ。主人公が終盤以外で死ぬ小説なんぞ読む気にもならん。それが今、起きようとしている。
正直な話、怖い。
今まで経験した事のない恐怖感がある。得体の知れない深遠に踏み込んでしまったかのような、そんな恐怖感。
知らないうちに、喰われてしまっていたのだ。
はあ。
最悪だ。
つまりどうだ。
俺は人に名乗る事すら出来ないのだろうか。
墓荒らしなどと、もう名乗れぬだろうな。ただの記号でしかなかったのだから。これがどのような形で人目に付くかも解らん。自分の名前を語る事も出来ん。
そう言えば、俺はどこまで自我があっただろうか。
他人の小説に、レビューをしたのは覚えている。作家名題名は失礼ながら失念したが、数話書いた短編集の作家だったのは間違いない。もしもそのレビューが残っていれば、つまり俺の自我がなくなったのはその後と言う事になる。なかったら、どうしようか。俺の妄想だったと言うオチか?
ううむ。
いや待て。今物語は続いているが、これはどのような形になる?
駄目だ。
もう訳が解らん。
確認する方法がない。これが酷い妄想なら、それでいい。
訳が解らん事は、寝て待つしかないのか。
脱出は不可能だ。
「おいっ!」
この声は、ラザースか? だが無駄だ。彼は俺を知らない。助けを求める事は出来ない。いや、例えアリスだろうと、求めても意味ない。
アリスに、会いたいな。
「速く立てっ! 付いて来いッ!」
脇から二人の人間に抱えられるのが解った。どこかへ連れて行かれるのか――いや。
館の、主人か。
つまり、最後の晩餐。
それによく似た、尋問だ。
俺は椅子の上に下される。
順次、足以外の拘束を外されていく。
目隠しを外されるのは辛かった。視野一杯に広がる光の束で、目を開けていられない。明順応するのに、目安とされる四十秒を超えた。
俺が慣れた頃を見計らってか、正面に座っていた老人が口を開いた。
「やあ」
と。
あああ。
言わばラスボスの登場だ。
「ワシはエイデンワイズと言う。エイデンで良いぞ」
などと言う老人。
この街の主に違いなかった。
この老人は、どうにも苦手だ。俺は俺の方で、彼に対する立ち回りを意識せねばならない。
彼は長い机を挟んだ向こうに座っている。
「俺は――」
矢張りこれしかなかろう。
「墓荒らしだ」
「ほう? 墓荒らしとな?」
俺は黙って頷く。
「本当の名はなんじゃ」
彼の丸眼鏡が光を反射させる。
「墓荒らしです」
殴られる事を覚悟で言った。
どこをどう立ち回ろうとも、名前だけは教える訳にはいかない。それに、咄嗟の時に偽名に反応出来る程聡い人間ではないのだ。
するとエイデンは笑った。
「良かろう。ならば墓荒らしとやら、そなたに向けた晩餐を開く」
「ありがとうございます」
「その間、ワシとちょっとお喋りせんか? なあに、他はメイドしか用意せんから大丈夫じゃよ。プライバシーは気にするな」
そう言えば、言語が通じていたな。プライバシーと言う概念があったのか。
「ええ、問題はありません」
「ならば、よかった」
老人は愉快そうに笑った。
俺の目の前に用意されたグラスに、ワインを注がれた。
さて。
これは食事ではない。
酷い、論争になるだろう。
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