第18話

 医療スタッフが続ける。


「ドクター・ラグロクに禁忌など何の障害にもなりません。教官も御存知のとおり、成長前の子供に対する全身金属骨換装手術は禁止されています。成長するに従って骨も成長するからです。一旦金属骨にしてしまえば、骨折の心配をしなくても良くなりますが、その代り、骨はそのままです。成長期に入っても、骨格が変わらないのですよ。内臓は大きくなるのに、です。普通の科学者なら、やろうと考えることすらしないでしょうね」


 スタッフは憧憬するかのような目でモニタを見つめた。


「しかし、ドクター・ラグロクはそれをやってのけた。骨の成長を補うために、特殊合金の成分を溶け込ませた調整層に入れることで肌から吸収させ、体内で金属骨を成長させることに成功しました。おそるべき技術です。通常、人体の骨はおおよそ二十セグエント程で全部入れ替わりますが、彼女、フェリア・クレイドールの金属骨は六十セグエントで入れ替わります。定期的なメンテナンスさえしていれば、全く問題ありませんよ」

「ラグロク・クレイドールは死んだと聞いたが……」

「彼女は、ドクター・ラグロクの一人娘です」

「むう」


 唸ったアパクは、フェリアを見やった。と、彼女の右目の下に赤い三日月のペイントが施されているのが目についた。


「あの目のペイントは何だ」


 アパクの問いに女性医療スタッフが進み出た。その女性スタッフは、自分はテレポート担当だとアパクに告げた後、説明を始めた。


「彼女は五歳の時の事故で右目の下に傷を負いました。そのせいで、長年、学習機構で同級生から随分と苛めに遭っていたようです。彼女は、その場から逃れたいとイメージし続けている内に……」

「テレポートか」

「そうです。テレポート能力が発現しました。あの体重……いえ、金属骨の躰ごとテレポートしたのです」

「なるほど。だがそれだけであれば、珍しくもあるまい。テレポート時間さえ度外視すれば、あの体格でもテレポート出来る者はいる」


 惑星ヴィーダでは、その惑星にすむ住人全員がテレポート能力を持っているわけではない。しかし、テレポートは日常茶飯事の事として受け止められている。


 テレポートは、まずテレポーターが「テレポート先に居る」というイメージを持つことで、「情報思念体」をテレポート先の量子に転写することから始まる。次いで、肉体の分解を行い、転写したテレポート先の情報思念体を核として、そこにある量子を集積して肉体を再構成することで完了する。


 つまり、イメージの世界で先に移動しておいて、肉体は後で再構成するのだ。そのためには、「テレポート先に移動した自分の姿」をありありとイメージできなくてはならない。それゆえ、テレポートの成功はイメージの精度が大きく左右する。如何に具体的にイメージできるかが鍵を握るのだ。


 惑星ヴィーダではテレポート先の風景だけでなく、匂いや音や風、場合によっては味覚までも含めた五感情報があればあるほど成功率は上がるとされている。テレポートは本人が実際に足を運んだ場所でなければ上手くいかないというのが常識だった。


 能力者にとって強いイメージ力さえあればテレポートすることは可能であったが、実用レベルとなると、もう一つ問題があった。テレポートに要する速度だ。


 惑星ヴィーダでは、一般的に大柄な者はテレポーターには向かないとされていた。肉体を構成する分子の数が多いからだ。分子が多いと、その分だけ肉体の分解と再構成を行うのに時間が必要となる。それに加えて、金属骨、強化筋繊維といった密度の高い、分子量の大きい内組織もあるとなれば、更に時間が必要となる。特に軍事作戦において時間が掛かるテレポートは実用に耐えられないと見做されていた。


「アパク教官。フェリアのテレポート所要時間の測定データです」


 女性スタッフが笑みを浮かべながら、レポートをアパクに渡す。ざっと見たアパクは驚きを隠さなかった。


「これは……Aクラステレポーター並みの疾さじゃないか。有り得ん」


 次元調整機構では、テレポーターをその能力に応じて、クラスSからクラスEに分類している。その基準はテレポート開始から完了するまでの時間だ。テレポート中は無防備になるため、テレポート速度が遅い者は、実用に使えないと判断される。クラスC以下は「テレポーター」として登録されることはない。次元調整機構で「テレポーター」として認められるのはクラスB以上だ。


「彼女のイメージ力がそれだけ強いということなのでしょう。量子転写速度はほぼゼロ時間です。量子転写だけなら既にSクラスのトップレベル。テレポート所要時間の九十九パーセント以上は、肉体の分解と再構成に費やされています。あの体格でなければSクラスのテレポーターになったであろうことは間違いありません」

「そうか」

「ですが……、その副作用というべきものが、あの傷です」

「うん?」

「彼女の強すぎるイメージ力があの傷を消させないのです。我々は皮膚移植を何度も試みたのですが、テレポートするたびに傷が浮き上がってくるのです。きっと彼女の心の中に『傷がある自分』のイメージが強固にあり、それがテレポートの再実体化で復元されるものと思われます」


 しかし、女性スタッフは、それは気に留める程の問題ではない、と一蹴した。


「彼女の能力を考慮すれば、顔の傷などものの数ではありません。彼女は、我ら次元調整機構の中でも、ソルジャーでありテレポーターでもあるという唯一無二の存在なのです」


 アパクはぞくぞくした。これほどの素材を自分の手で育てることができたら、どれほどの戦士ができるのだろう。百戦錬磨のアパクでさえも、ちょっと想像がつかなかった。


「彼女の能力はそれだけではありません」

「まだあるのか」

「エミット計画はご存じですか?」

「聞いたことはある。次元断層に落ち込んだ情報思念体を回収する計画だそうだな」

「はい。その為には、情報思念体を回収・封印する能力者が必要です。既に候補者の選定と教育を開始していますが、彼女にはエミット適正があることが分かりました。訓練次第ではエミッターになれる可能性があります」

「何、するとフェリアは」

「そう。ソルジャーとテレポーターとエミッターの三つの能力を併せ持ったエージェントになれる素体だということです」

「できるのか、そんな事が」


 アパクは目を剥いた。


「理論上は」


 先程の男性スタッフが口を挟む。


「テレポーターは貴重ですが、エミッターはもっと貴重です。しかし、次元断層に迷い込んだ情報思念体を救出するには、両者の能力を併せ持ったエージェントでなければなりません。彼女がどれ程の才能であるのかもうお分かりですね」

「……私は一軍事教官にしか過ぎん。何をしろというのかね」

「彼女に軍事訓練をお願いしたいのです。テレポートとエミットについては別に専門のスタッフを用意します。彼女程の貴重な存在は、今後どんな作戦に投入されるか分かりません。如何なる時でも生き延びられるよう、鍛え上げていただきたいのです」


 アパクは暫く考えたあと、静かに言った。


「……分かった。引き受けよう。彼女に戦闘員としての才能がどれだけあるかは分からないが、むざむざと死なせるわけにもいかんしな」


 アパクは未来のソルジャーに挨拶するといって、トレーニングルームに向かった。


 アパクがトレーニングルームの前までくると、そこに一人の娘が立っていた。真っ赤な癖毛の小柄な娘だ。ガラス越しにエトリンとフェリアの様子を見つめている。


 娘はアパクに気づくと、半歩下がって道を開けた。


「ミローナ、良いライバルが出来たな」


 アパクが声を掛けたが、ミローナは何も答えなかった。ただ、彼女の藍の双眸がフェリアを睨みつけていた。

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