1.7
そして、草木も眠る丑三つ時。
《狩り》の、始まりだ。
事は、穏便に済まなかった。
「まさかっ、私達を見た瞬間に石投げてくるとか聞いてないしっ」
大橋通りまで「サポートモード」で跳んだ私達は、いきなり襲われた。
話し合いも相談も、あったもんじゃなかった。
おばあさんの《
おはじきほどの石を、超高速で、しかも無音で放ってくる。
おばあさんは姿を隠してしまったので、どこから来るのか分かったもんじゃない。
私達は、とりあえず逃げるしかなかった。
「もの探し、だったんじゃあなかったの?」
「ハプニング、ってやつね?」
と言った。
すごくいい笑顔だ。
「仕方がない、か」
私の呟きに、
「そうですよー、仕方がないんですよー」
と、私のポケットに収まったヴェリテが答える。
私は溜息をつく。
はあっと吐き出された弱気は、夜空へと溶けていった。
……よし、大丈夫。
じゃあ、始めようか。
「では、紫」
「うん、杏」
私達は交互に、言葉を唱える。
「《誠実なる葡萄酒、アメジストよ》」
「《闇を照らす灯火、ガーネットよ》」
そして、同時に叫ぶ。
「『我らに、力を』」
光が、あふれた。
優しい光。それでいて、身も心も溶かしてしまうような、力強さを持っている。
まるで、汚れてしまった私を遠まわしに責めるように。
目を閉じ、その優しさに身を任せる。
結界が広がっていくのを感じる。
服装が、変わっていくのを感じる。
何より――私自らが、冷たく、透き通っていくのを感じる。
これが、ユダヤ教において「聖なる宝石」とまで称されたアメジストの、力。
そして、夕方よりははっきりとよみがえる――記憶。
『家出だったんだって』
『えー、じゃあ蘇芳さんにも非があるんじゃない?』
『いや、それがさ、蘇芳さんだけじゃないらしいんだよ――その日、家出したの』
「……ひっ!」
恐怖に駆られ、目を開いた。
たんっと音を立てて、着地する。
気がつけば、そこはすでに皆が寝静まった通りの一角でしかなかった。シャッターの閉まった店が、道を挟んで並んでいる。
「
赤を基調とした衣装に身を包んだ
「ん、ごめんごめん。大丈夫だから。……しかし、慣れないよね、この服装」
話題を変え、ごまかす。
でも、このいかにも魔法少女ですといわんばかりの衣装に慣れないというのは本音だ。
「いや、少しでも魔法少女気分を味わっていただきたく思って。別に変な趣味は無…ぐぇ」
変態のヴェリテを同じところについていたポケットで握りつぶす。
そうか、お前の仕業か。
上はコートを原型にしたドレスにこれでもかとフリルを着け、下は膝が少々隠れるくらい丈のスカート。やはりふりふり、かつ、もこもこだ。
足はそれぞれのカラーの少しごつめのブーツで覆われている。
それぞれにあしらわれたリボンが、なかなかかわいらしい。
ただ一つ合わないとすれば、それは手に持った万年筆だろう。
私は紫。
それらは明らかに「少女」が持つには不恰好なものだった。
私が頼んだものでもある。
万年筆を縦むきに一回転させ、形状を変化させる。
縦に、縦に伸びていき、さらに先の部分が広がっていく。
「やっぱり、魔法少女とか言いながらもぱっと見分かりやすいほうがいいよね」
自然と、口元が上がっていくのが分かる。
広がった先は鋭い刃物となり、鈍い鉄の色に光る。
柄だけが、漫画に出てくる魔法少女らしさを残した、かわいらしい淡い紫色。
万年筆から形を変えて現れたのは、大鎌だった。
同じように柄だけが桃色をした鎌を右手に持ち、左手は腰に添えた
にやり、
と笑う。
「そう――私達は、《魔法少女》だもの」
ひゅんっと、何かが私の頬を掠めていった。
「!」
「
「あっち!」
ここは飛び込むしかない!
大きく頭上へとジャンプし――
「見つけたっ!」
靴屋の壁に隠れていたおばあさんを発見する。
そのままそこへと急降下。重力に沿って、落下する。
おばあさんはそばに落ちていた石を一つ拾うと、コイン投げの要領でぴんっと跳ね上げ――
その勢いでもって、こちらへはじいてきた。
「っ!」
あわてて降下を中止、よける。
ひゅっと音がして、耳元を石が通り過ぎていく。
大きな音を立てて、向かい側の書店のシャッターに大きな穴が開いた。
結界を張っているので後で元に戻るとは思うが、罪悪感が私を襲う。
と同時に、第二打が来る。
次もぎりぎりよけた。後方で、本がはじけ飛ぶのが分かった。
でも、おばあさんの足元には当然、多くの石が転がっている。
やばい、きりがない!
これが、《サウンド・サプレッサー》。
格好よく言ってみるけれど、おばあさんからしたらこれは「人間おはじき」!
格好良くない!
でもそんなのでダメージ食らう私が一番格好悪い!
おばあさんが第三打を構えた。
やばい、
やられる!
「私を無視してんじゃないわっよっ!」
「
怒られ、とっさに、
「は、はい!」
と声が出る。
続いて
再び形状が変わり、今度はよく漫画でありがちなロッドになった。
桃色の柄の先端部分に大きな銀色のリングがついた代物。
ちゃんと、リングの先にはガーネットが光っている。
おお、魔法少女っぽい!
「気分上がってきたあっ!」
「《ガーネット・シュート》!」
ガーネットの宝石部分から火の玉が生み出され、発射された。
その瞬間、おばあさんが炎に包まれる。
助けを求めるように手を伸ばすが、誰にも届かない。
物が燃えていくにおい――人間が、燃えていくにおい。
なぁんだ、たいした事ないじゃない。
私も
不意に、心臓がきゅっと締め付けられる。
ろうそくの火が消えるように――
ふっと、何かが消えた。
私の何か大切なものに、ヒビが入った音がした。
結局、あのおばあさんが何を求めていたのか。
本当に、あのおばあさんは「
「敵」だったのか。
あれが、本当に――《霊》だったのか。
だってほら、見てみなよ。
何で、あんなに苦しそうなの?
何で、物が燃えるようなにおいがするの?
何で、私達は「あれ」を殺そうとしたんだっけ?
分からなかった。
おばあさんは、何も言わない。
ただ、燃え盛る炎の中で必死に手を伸ばしている。
「霊は、燃やしただけじゃあ、死なない」
ぼそりと、ヴェリテが言った。
「霊は――首を切らないと、消滅しない」
《霊》だと、確かに言った。
その言葉に、安心する自分がいた。
「分かってる」
それは私達が、何度もやってきたこと。
「それ」をするのに、何かを叫ぶ必要なんてない。
「それ」に、技名なんてない。
「それ」に、合図は要らない。
どちらからともなく飛び出した私達は、一直線に燃えているモノへと向かった。
そして、同時に大鎌を振るう。
私、何やってんだろう、何て思いながら。
ごろんごろん、と、燃えて墨になったモノの首は、あっさりと地面に落ちた。
私達は、《魔法少女》なんかじゃなかった。
ただの、《死神》だった。
隣に立つ
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