呪文の言葉

蜜缶(みかん)

前編

20歳を過ぎて初めてのお盆休みを迎える前に届いたメール。

それは、高校のクラス同窓会の案内だった。


オレの地元では、皆がお酒を飲めるように、そして大型連休で帰省する人が増えるように、成人式を夏に開いている。

その成人式に合わせて、高校卒業して以来初めてとなる同窓会を開こうと、クラスのムードメーカーだった鈴木からメールが届いたのだ。


(そんな仲よくなかったオレにもちゃんとメールくれるんだな。さすが鈴木…)

そう思いつつも、そのメールに返信できずにいた。

その後高校時代の親友の淳平からも"同窓会いくかー?"と連絡が来たが、曖昧に返した。


決して参加したくないわけではないが、会いたい人もいれば、そうでもない人もいる。

(…多分、アイツはオレに会いたくないだろうしな)

卒業してからもう2年も経っているから、昔色々あったとしても笑って話せればいいんだけど…自分がそう考えているからって、相手がそう考えているとは限らない。

そう思うと、どうしても「参加します」とは返せなかった。





「正ー!こっちこっち!」

「あ、わりぃ。おまたせ」

「…お前スーツ似合わねえな」

「お前もなー」

成人式当日。淳平と現地集合で待ち合わせし、会場内へと移動する。

自分もそうだけど、スーツを着せられてる感のある人もいればスーツを完全に着こなしてる人もいたり、女子は着物でなくドレスや浴衣で参加する人もいた。


会場に入ると、中は何人いるのか分からないくらい人でごった返していて、

地元の同学年だけだから知り合いばかりがいるような気がしてたが、意外にも見たことない人の方がたくさんだった。

その中で高校の友人数名となんとか合流して一緒に式に参加する。

市長の真面目な話とかは長すぎて眠くなったが、久しぶりに皆でいるのが楽しくて、何時間もあった式典はあっという間に感じた。





「この後駅前の飲み屋だってよ!」

式が終わるとすぐに淳平が嬉しそうにそう切り出して、他の友人も当たり前のように後に続いた。

オレも一緒に駅に向かって歩き出すが、皆とは違いその足取りは重い。


「…オレ、鈴木に同窓会参加の返事返してないんだよな。だからオレ行かないほうがいいかも…」

行きたいような行きたくないような、そんな気持ちは式が終わっても変わらなかった。

淳平や仲のいいコイツらとはもう会えたし。

そんな思いでいると、張り切って前を歩く淳平がきょとんとした顔で振り返った。


「え?何言ってんの?正、この後用事あんの?」

「や、用事はないけど…」

「じゃあ参加っしょ!同窓会で当日急に人数増えるのなんて、あるあるだろ!」

「ちなみにオレ昨日中学のクラスの同窓会参加したら、予定より5人も減ってたわw」

「なにそれ、なんか悲しいなー」

すぐに話題は変わって、当たり前のようにオレは背中を押されてそのまま同窓会の会場へと向かった。





同窓会の場所へ着くと、居酒屋で案内された個室の入り口に鈴木が待ち構えていた。

「あれ、田形じゃん!お前もきたんだー?返事ないからオレ嫌われてんのかと思ったわー」

「あ、うん、ごめん。ちょっと返事迷っててさ」

「いいよいいよー、会えて嬉しいし!会費は先で、5000円ねー」


5000円を払うと、あっさりと部屋へと通される。

中は30~40名くらい入れそうな広い座敷になっていて、既に10人くらいが座っており、奥へ進むと「お、来た来た!」「久しぶりー」とあちらこちらから声がかかる。

男子校だったから、この同級会は全員男だ。

段々人が増えるにつれて野太い声もどんどん増え、むさ苦しさが増していく。

お盆な上に成人式もあったからか同窓会の出席率はよく、気が付くとクラスの8割ほどがここに集結していた。



「皆そろったー!」と鈴木が声を掛け、皆でグラスを持って乾杯をする。

(…アイツはこないのか)

乾杯しながら周りを見渡すが、アイツの姿はどこにも見当たらなかった。

ふぅっと思わず吐いてしまった息は、安堵ではなくてため息で。

無意識に落ち込んでしまってた自分に嫌気がさし、持っていた梅酒を一気に半分飲みこんだ。


「お、正結構飲めるの?いいねー!飲み放題だからどんどん飲もーぜ」

淳平に煽られて酒はどんどん進み、30分もしないうちに3杯目に突入した。


全体でワイワイしてたのは最初のうちだけで、気付けばいつのまにか席の近い者同士でいくつかのグループに分かれ、酒の力も借りながら昔の思い出話や恥ずかしい話をあーでもないこーでもないと、思い思いにしゃべっていた。

オレたちのグループは今彼女はいるかという話から、男子高校時代誰かと誰かが付き合ってた噂あったなーとか、あん時オレアイツのこと好きだったなーという話に変わっていき、淳平が突然、

「そいえばオレも一時期正のこと好きだったなー」とぶっちゃけた。

飲んでいた酒を吹き出しそうになったのを何とか耐えてむせていると、酔った周りにヒューヒューとはやし立てられる。


咳が落ち着いてから

「マジで?そんなことあったん…だ?」と聞くと、

「はは、うん。やっぱ近くにいるの男だけだったのもあるかもだけど、やっぱ一番気が合ったしな。ちょっと前まで黒歴史だと思ってたけど、今となってはいい思い出だー」

と、淳平は遠くを見ながら優しく微笑んだ。


「まじか…ごめん、全然気づかなかった」

淳平だけに聞こえるように小さい声で謝ると、

「いや、いいって。昔のことだし。酔わなきゃこんなこと一生言うつもりなかったけど…もう時効だろ?今もう正の知っての通り、オレ彼女いるしねー。今は彼女大好きですから」

と、淳平は悪戯気に笑った。

そんな風に言われても、オレはなんか淳平の顔をまともに見れなくて、どうしていいかわからなかった。

急にそんな告白をされたからか、はたまた単純に酔っただけなのか。

真っ赤に火照ってしまった顔に氷の入ったグラスを当てて冷やしていると、ガラっと入り口が空いて、人が入ってきた。


(あ……)


「あ、吉良!遅かったなー」

そう鈴木が声を掛けると、今入ってきたばかりの吉良は

「ごめん、電車が遅れて思ったより遅くなったー。みんな久しぶりー、超懐かしい」

そう言いながら周りをぐるっと見回して一通り皆を見た後に、ふっと視線をおろし、入り口付近にいた鈴木たちのグループに加わった。


(…最後に目があった気がしたけど、気のせいかな)


思いがけない相手の登場に心臓がざわついた。

オレの会いたかったような、会いたくなかったような相手…吉良。


「キラキラ王子!相変わらずのイケメンだなー懐かしい」

「あぁ…うん」

淳平の言葉に曖昧に返事を返す。

昔から男から見てもイケメンだと思えるほど吉良はかっこよかったが、大人になった吉良は…遠目から見ても以前に比べて色気が増したような感じがする。

雰囲気が変わったが昔と同じように…いや、昔よりもずっと、かっこよかった。



そのまま何事もなかったようにみんなワイワイと話を続けていくが、オレだけは変に吉良を意識したままだった。


時間が経ってビールが何本も空き、酒がどんどん進んで、あっちのグループへ行ったり来たりする人々もいたが、吉良が自分たちのグループへ来ることはなかった。

…自分からも、いけなかった。


本当は、同窓会に参加してこうなってしまうのが怖かった。

同じ空間にいるのに、まるで自分はいないかのように吉良と一言も交わせないんじゃないかって。

淳平のように「もう時効だろ?」って、水に流せたらいいなってどこかで期待してたけど…

吉良はきっとそれを望んでなかったのだろう。

話しかけてこないのは、きっと、そういうことだ。


やけになってグラスに入ってたカクテルを一気に飲み干すと、世界がひどく歪んだ気がした。

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