11 帰ってきた男
まるで何事もなかったかのように三枝木晴正が職場復帰したことを宮原が知らされたのは、またしても神崎雄二からだ。三枝木の失踪からは約二ヶ月の時が過ぎ去っている。
「ええ、二日前、他の社員たちが出社すると自分の机で書き物をしていたようです。いつもと変わらない様子で……。実際に上層部の人たちとどんな遣り取りがあったかは想像の域を出ませんが、外部的には溜まりに溜まっていた有給休暇を消化したという形なっているようですね」
「ふうん。なんか呆気ないなぁ。まあ、無事だったんだから喜べばいいのだろうが……」
「ええ、消息に関してはそうですが、ただ……」
「ただ?」
「懐柔されたんじゃないかってウチの上司は言ってますよ。例の噂の出所に……」
「神崎くんの会社は例の噂について調べているわけ?」
「はい。宮原さんには黙っていましたが、前の番組の打上げのとき、うっかり口を滑らせてしまい……。そうしたら上司が面白がって、『おい、それやろう』って言い始めたんです。宮原さんのテーマを盗んでしまって本当に申し訳ない」
「別にきみに謝ってもらうことはないが……。で、どう、進んでるの?」
「本当は内緒ですけど全然ですね。まったく進捗していません。噂自体を知っている人は何人か見つけたのですが、はっきり言って信じている人はいないみたいです。でも噂が拡がりはじめたのは例のイスラエルのタルピオットでイエスのものと思われる墓が発見された一九八〇年以降らしいということは掴めました」
「その話、どんなんだっけ?」
「あのとき発見された墓には十体分の石灰岩の骨壷があって、それにイエス、マリア、マタイ、ヨゼフ、マグダラのマリア、イエスの息子ユダという名前がアラム語で記されていたんですよ。そしてイエスとマグダラのマリアとユダの親子関係がDNA鑑定で裏付けられたんです。宮原さん。思い出されましたか?」
「ああ、そうだったな。で、聖骸布(註12)に遺された血痕との比較が取り沙汰されたが、結局それは実現しなくて真偽が曖昧になったんだよな。もっとも聖骸布にしたところで大学での測定結果(註13)から布自体の織布期は中世(註14)のものだと推定されたりして真偽は怪しいが……」
「ええ、そうですね。でも今までクリスマス以外にほとんど無縁だったキリストについて、いろいろと学ばされましたよ」
「それはこっちも同様だな。しかし墓から出てきたのは骨だよな。……神崎くんは骨から人体が蘇ると思う?」
「なんですか、宮原さん。今度はナノマシンの話ですか?」
「いや、そうじゃないけど、ちょっと気になってさ。でも、うーん、SFに出てくるナノマシンは何でもござれの御伽噺だし、関係ないか?」
「そのご様子だと、どうやら新しい情報を掴まれたようですね。良ければ、ぼくにも教えてください」
「いや、確実なことは何も言えないんだ。……それより神崎くんたちはこの先の取材、どうするわけ?」
「目下のところ水面下でN新聞社の三枝木さんに取材を申し込んでいるのですが、色好いお返事はいただけていませんね。『別に話すことは何もありませんから』と返答されるばかりで……。『わたしが知っているのは噂の域を出たものではないですよ』とも応えておられました。でも昔からお付き合いがある宮原さんからお働きかけになれば何か返答して下さるかもしれませんよ」
「おいおい、そりゃあ買い被りだろう。ぼくにはとてもそんな力はないよ」
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