第6話 職業【学生】 1

「起きろ。そして出て行け」


「ぐへっ!?」


 本日の目覚めはベッドからの落下による衝撃。どうやら姉貴に蹴り落とされたみたいだ。


 衝撃でくらくらとする頭を抱えながら上半身を起こすと、床に突っ伏している親父と目があった。俺と同じように、蹴り落とされたらしい。

 とはいっても寝起きの半覚醒状態で冷静な現状確認ができるはずもなく、二人でボーっと顔を見合わせていると、今度は腰の辺りを掴まれ、二人一緒に開いていたドアから廊下へと、文字通り放り出された。


「痛ぇな! 何なんだよいきなり!」


 流石にここまでされれば目も覚める。


 文句を言うために、部屋に戻ろうと立ち上がる。しかしドアに近づいた瞬間、一瞬視界がブレたかと思うと、自分の意志とは無関係に床に向かってぶっ倒れてしまった。


「あたしがいいと言うまで、男連中はそれ以上部屋に近づくな。次は本気で当てる」


 頭上から低く、ドスの効いた姉貴の声が聞こえる。


 ああ、思い出した。懐かしいこの感覚、脳震盪だ。稽古中に何度かなったことがある。顎先でも殴られたのか? いつの間にやられたのか気付きもしなかったぞ、おい。


 バタンと、ドアの閉まる音を最後に廊下に静寂が満ちる。そのまま数分後、幸い回復力も上昇しているのか、記憶にあるのよりも早めに回復することができた。


「姉貴が理不尽なのは今に始まったことじゃないけど、一体何だったんだ?」


 起き上がり、いつの間にか廊下の隅に立っていた爺ちゃんに事情を聞く。


 それによると姉貴と母さん曰く、昨晩風呂に入らず寝入ってしまったので目が覚めたときに酷い不快感に襲われたのだが、部屋には風呂がついていない。宿屋の主人に尋ねてみるとそんな贅沢な習慣はない、湯を張った盥とタオルを用意してやるから、それを好きに使えと言われたのだそうだ。

 そして現在、運ばれてきたお湯を使って部屋の中で簡単な湯浴みをしているらしい。


 そこまではいい。姉貴の所業を除けば、何も問題はない。問題はその後だった。


「有料じゃったがな」


 髭を撫でながら苦笑いをする爺ちゃんが、衝撃の発言をした。


「……いくら?」


「五ドルクじゃ」


「残金五十ドルクじゃねえか!」


(俺だけの金じゃないけど、だからこそ使い道はしっかり話し合って決めるべきじゃないのか!? 昨晩の家族会議は何だったんだ! 湯浴み中だろうが知ったことか、物申す!)


 大義は我にあり。

 怒りを胸に部屋に突入しようとノブに手をかけた瞬間、勢い良く起き上がった親父が後ろから羽交い絞めにしてきた。


「そ、それだけは駄目だ裕也! それだけは!」


 昨日ギルドで姉貴を止めた時。いや、あの時以上に真剣な表情。

 その顔を見て頭に登っていた血が下がり、思考が冷静になる。

 そうだな親父。今俺がしようとしていたのは死ぬかもしれない行為ではなく、死が確約された行為だ。


「すまない親父。昨日の姉貴と同じ、いやそれ以上の過ちを犯してしまうところだった」


「分かってくれればいいんだよ。僕にも裕也の気持ちはよく分かる」


「何をやっとるんじゃ、お前らは……」


 己が行いを悔いた俺と、それを諭した親父。硬く握手をする俺たちを、爺ちゃんが冷めた目で見つめていた。


 姉貴と母さんが湯浴みを終えて部屋を出てきたのは、それから少し経ってからだった。

 スッキリした表情で朝の挨拶をしてくる二人に思わないことがないわけでもなかったが、丁度朝食の時間だったので、そのまま一家連れ立って食堂に行くことに。


 朝のメニューはサラダとパンだった。ふと思ったのだが、この世界には米がないんじゃないだろうか。俺は別に米派というわけじゃないが、ないと思うと寂しい。

 食後の休憩もそこそこに、俺たちは冒険者ギルドに向かうために宿を出た。中々いい宿だったし、金さえあればしばらくはここを拠点にしたいんだけどな。


(金、何とかなるかなぁ)


「んー、やっぱ湯船が欲しいわね。数日くらいならあれでも我慢できるけど」


 俺が真面目に悩んでいるというのに、横を歩く姉貴は暢気なことを言っている。いい機会だ。ちょっと言わせてもらおう。


「んなことより、相談なく五ドルク使ったことについての釈明を聞きたいんですが」


 ジト目で問いただしてみたのだが、姉貴はあろうことかそれを鼻で笑い飛ばした。それどころか何故か若干得意げだ。


「ふふん。まぁ、必要経費ってやつね、必要経費。日本だったら領収書切ってもらってるところよ」


「そうよ、裕也。女の子はいつだって身だしなみに気を使わないといけないのよ」


 姉貴に同調する母さん。二人揃って駄目ねぇこの子は、と生暖かい笑顔を向けてくる。


 そんな二人の態度にせめてもの反抗をと、思わず「女の子って歳かよ」と呟いてしまったのだが、母さんにはばっちりと聞こえてしまったようだ。先ほどとは違う、凄みのある笑顔をこっちに向けてくる。とんでもない威圧感だ。


「あらあらあらあら! 裕也、折角食べた朝ご飯を無駄にしたいのかしら? よくないと思うわ」


「すみませんでした!」


 だめだ。どう考えても悪いのは向こうなのに、どうやっても俺が謝るはめになってしまう!

 世の理不尽を嘆きながら冒険者ギルドの扉をくぐる。


 時間の関係かギルドの中は昨日より空いていて、誰も並んでいない受付がいくつかあった。その中の一つに昨日ドラドラコを買い取って貰ったときのお姉さんの顔も見える。

 どうせ説明を受けるのなら、一部始終を見ていてある程度事情を察してくれていそうな人のほうがいい、と俺たちはその受付へ向かった。


「おはようございます。本日も魔物の買取でしょうか?」


 受付の前に立った俺たちに、表情一つ変えることなく挨拶をするお姉さん。


 差し込む日の光に輝く、背中まで伸ばされた金髪。深い緑色の瞳。ギルドの職員の制服なのだろう、周りで働くほかの人と同じ赤茶色の野暮ったい服に身を包みながらも、そのラインははっきりと女性らしさを強調していた。

 こうして明るいうちに改めて見ると、とんでもない美人だ。


 折角この人の担当する受付が空いているというのに、他の冒険者たちが別の受付に並んでいるのが信じられない。


「ぐぶっ!?」


 そんなことを考えていると、脇腹に貫き手をくらった。犯人は隣に佇む姉貴。


(いきなり何しやがる!)


 口から出かかった抗議の言葉をぐっと飲み込む。何故だか知らんが、かなり機嫌の悪そうな顔だ。


「いえ、今日は改めて冒険者になろうと思いまして。ですがその前に冒険者について詳しく教えてくれるかしら?」


 俺たちが後ろでそんな攻防を繰り広げていることに気づかず、母さんが応対する。


 それを聞いて受付のお姉さんはちらりと、姉貴と母さんに視線を行き来させた。


「畏まりました」


 昨日のことを覚えているんだろう。二人の様子に納得したのか、そのまま説明を始めてくれる。


「冒険者というのは、この冒険者ギルドに登録した人のことを指します。ギルドに登録するのに必要な条件は、凶悪な犯罪歴がないということのみです。その他種族、性別、年齢、国籍、一切を問いません。前述の条件を満たし、かつ強制ではなく自分の意思で登録を望む人は全て受け入れています」


「その犯罪歴の有無ってのは、どうやって調べるわけ? あと凶悪なっていうのはどういう線引きなの?」


「自己申告で構いません。ただし後に犯罪歴が判明したり、登録後に犯罪を犯した者はギルドによって相応の処罰が下されますので注意してください。凶悪なというのは殺人、強盗などを指します。個人的な喧嘩等は問題ないということです。とは言え、目に余る場合はやはりギルドによって処罰されます」


 説明の途中で口を挟んだ姉貴にも、表情を変えることなく返答するお姉さん。


「処罰って?」


「法による裁きの他、罰金や強制労働。場合によってはギルド登録の抹消もあります」


 まるでギルド登録の抹消が一番重い罰みたいな言い方だ。冒険者の中には軽犯罪者もかなりいるということだろうか。


「続けます。冒険者になりますとあちらの掲示板にあるクエストを受諾、達成することによって報奨金を得られるようになります。また、昨日お話した通り魔物の買取価格が通常より高く、こちらからすれば正規の価格となる他、ギルド二階にあります資料室の利用権が与えられます。他にも登録後発行されるギルドカードは身分証代わりになり、ギルドと提携している店での買い物が割引されます」


 資料室? 地球に帰るのに何か役立つ情報が手に入るかもしれない。それだけでも冒険者になる価値はありそうだ。


「逆にデメリットとして、ギルドが発行した緊急クエストへの強制参加義務が発生します。ただしこちらはめったに発生するものではなく、高ランク冒険者を対象としている場合が多いですので、登録後しばらくは問題ないと思われます」


 聞いた感じだと、登録するだけなら特に問題はない気がする。

 他の皆も同じ事を思ったようで、母さんも納得顔た。


「ただし」


 淡々と説明していたお姉さんの声色が、真剣になった気がした。


「やはり大半の冒険者の方が町の外に出るクエストを受け、魔物と遭遇します。中には当然大怪我を負う方や、亡くなる方もいます。それに関しましてギルドは一切補償も手当てもいたしません。全て自己責任です。もう一度確認させていただきます。本当によろしいですか?」


 全員の視線が姉貴に集中する。それでも姉貴は怯まなかった。


「うん。……やる!」


 昨日とは違う。考え抜いた上での結論。その覚悟に母さんも親父も爺ちゃんも、何も言わなかった。


 俺の脳裏に昨日見た隻腕の冒険者の姿がよぎる。

 姉貴は間違いなく登録した後町の外に出る。そして魔物と戦うだろう。当然怪我もするし、もしかしたら取り返しのつかない事態が起こるかもしれない。一人では危険だ。


 この急激に上がった身体能力。姉貴の言うとおり、この力が家族を守るために与えられたものなのだとしたら、姉貴だけが冒険者になることはない。


(俺だって……!)


「あらあら、では私も登録をお願いしますわ」


「ぼ、僕も。よろしくお願いします」


(先越された!?)


 俺が口を開こうとした瞬間、母さんと親父が名乗りを上げる。


「アキちゃん。子供だけ危険なところに行かせて、自分だけ安全な所にいて平気な親なんていないのよ? アキちゃんが皆を守ってくれるって言うのなら、母さんがアキちゃんを守ってあげるからね」


 隣で親父もうんうんと頷いている。


「ではわしも登録を頼もうかの。実戦ともなれば、まだまだ教えておらんことが山ほどあるしの」


 何故か少し楽しそうな表情の爺ちゃん。


「ええと、俺も登録お願いします」


 何だろう、この感じ。きちんと覚悟を決めた上での発言なのに、流されている感が半端ない。少し言うのが遅れただけなのに。


「裕也! アンタは大人しく町の中で別にバイトでも探してなさい! 本当に危ないんだから!」


 案の定姉貴が俺に噛み付いてくるが、ここを譲るつもりはない。


「うるせーな。俺だってちゃんと考えた上だよ。言っとくけど脅したって無駄だぞ。それに姉貴も皆も、うちの一家はすぐ調子に乗るから一人冷静なやつが必要なんだよ!」


 これも本当だ。俺は調子に乗らないのかと聞かれると困るが。


「……足手まといになったら置いていくからね」


「なったらな」


 他に俺が冒険者になることに反対の人はいないようだ。

 こうして俺たち帯刀家は、一家そろって冒険者になることが決定した。

 不安もあるが家族全員ならば何とかなる、そんな気がした。


「ではギルド登録料とギルドカードの発行料として、一人十ドルク。合わせて五十ドルクいただきます」


(ぎりぎりィ!)


 お姉さんの言葉に、流石の姉貴もひくっと頬を震わせながら、銅貨を取り出す。これですっからかんだ。


「それともし仮の身分証をお持ちでしたら、そちらもご提出ください」


 そういえばそんなものもあった。門番の人もギルドカードで身分が証明できるみたいなことを言っていたし、もうこれはいらないな。


「はい、確かに。ではこちらをお持ちください」


 銅貨と仮の身分証明書。全員分のそれらと引き換えに人数分のギルドカードが手渡される。


 図書カードやスーパーのポイントカードより少し大きいくらいのサイズ。銅色に輝いているけれど素材は不明で、表面には剣と松明を模ったマークが刻まれている。建物の表にも飾ってあったし、これが冒険者ギルドのエンブレムなんだろう。

 他には何も書かれていない。首から提げるための紐がついている以外、何の変哲もないただの金属板だ。本当にこれが身分証代わりにもなるのだろうか。


 俺たちが不思議そうな顔でそれぞれ渡されたギルドカードを眺めていると、お姉さんが再び口を開いた。


「見ての通り、今のままではそれはただの金属板です。今から皆さんにはそれを持って神殿に行ってもらい、自身の天職となる【職業】を占ってもらいます。【職業】についての詳しい説明は神殿で受けてください。それが終わりますとギルドカードに名前など、個人の基本情報が記されますので、再びギルドにお越しいただき私がそれらの情報を確認、ギルドの資料に記帳させていただくことで、冒険者としての登録を完了とさせていただきます。何か質問はございますか?」


「その神殿というのはどこにあるんでしょうか?」


 母さんがお姉さんから神殿への道筋を聞いているのを見ながら、俺は内心とても興奮していた。


(職業か、きっとゲームでよくある勇者とか魔法使いなんかを指すに違いない。魔法! 何てテンションの上がる言葉だ!)


 どうやら姉貴も同じ気持ちだったらしく、横で神殿の場所を聞くなり「行くわよ!」と叫び飛び出してしまった。


 一瞬遅れ、慌てて俺たちもそれについていく。


 神殿のある場所は冒険者ギルドからそこまで離れておらず、走れば五分もかからない距離だった。


 石柱を組み合わせて作られた巨大な建造物。煌びやかな色合いや過度な装飾が施されているわけでもなく、質実剛健といった佇まいだ。

 どういった神様を信仰しているのかは知らないが、こういう雰囲気の所は好きだ。


 入り口の前で通行人に挨拶をしていた神官らしき人に声をかけ、事情を説明する。すると別の神官を呼ばれ、その人に中へ案内されることになった。

 ここの神様なのだろうか、三体の石像が祀られている広間を抜け、廊下をぐるぐると回って小部屋へと案内される。促されるままに中へ入ると、部屋の奥にはよく分からないモニュメントが置かれ、それを見張るように二人の神官が立っていた。


 全員が部屋に入ると、ここまで案内してくれた神官が扉を閉める。それを確認すると待っていた神官のうちの一人、爺ちゃんと変わらないくらいの年齢の老神官が口を開いた。


「ようこそ冒険者志望の皆さん。既にギルドの方で簡単な説明を受けていると思いますが、皆さんには今から己の天職となる【職業】を知ってもらいます。ここでいう【職業】とは世間一般に使われている意味とは大きく異なり、戦闘の際の自身の戦闘スタイルのようなものを指します。例を挙げれば魔法使いや戦士などですね。神殿にて最も自分に適した職を神託されることによって、皆さんはそれぞれの【職業】に応じた恩恵を授かることになるでしょう」


 職業に関しては予想通りだ。これで俺も魔法が使えるようになるのかもしれないと思うと、急にドキドキしてくる。姉貴も鼻息を荒くしていた。


「ほっほ、待ちきれないといったご様子ですな。それでは早速始めたいと思いますが、準備はよろしいですかな?」


 人の良さそうな顔をした老神官が笑う。その言葉に俺たちは一も二もなく頷いた。


 胸の動悸を抑えながら老神官の次の言葉を待っていると、その隣にいた若干メタボリックな体系の中年神官が前に立つ。


「ええと、ガンゾです。皆さんの信託を担当します。あ、ギルドカードは首からぶらさげておいてね。身につけていないと意味がないから。それじゃ、準備ができたら順番にあれを触ってね」


 老神官と違い、どうにも軽い印象を受ける。この人で本当に大丈夫だろうか。


 俺の心配を他所に、全員が姉貴を先頭に、部屋の奥にあったモニュメントを囲むように並ぶ。


 モニュメントはかなり古いもののようで、表面の塗装は剥げ、ところどころが欠けていた。三人の人間がそれぞれ片手を挙げ、上に乗っている拳大の宝石のようなものを支える形をしている。


「この石はマナクリスタルの欠片でね。僕達はただクリスタルと呼んでいる。教義に深く関わるものだからおいそれと外部に貸し出すことも出来なくてね。だから今回のような場合、わざわざ君達の方から神殿まで出向いてもらっているんだ。じゃあこれに両手を当てて」


 俺の視線に気がついたのか、中年神官が親切に説明してくれた。


「これを使って職業を占うの?」


 姉貴が抱えるようにしてクリスタルに触れながら尋ねる。


「そうだね。教義に則って言うとすれば信託が下されるってやつさ。初めて聞く人にとっては胡散臭く聞こえるかもしれないけど、実際仕組みも何もわかっていなくてね。まさに神の御業としかいいようがないんだよ」


「ガンゾ」


「う! すみません」


 老神官が困ったような表情で名を呼び、中年神官を叱咤する。


 この人あんま神官って感じがしないな。少なくとも熱心な信徒という雰囲気じゃない。よく神官になれたな。


「それじゃあ始めようか」


 老神官の視線から逃れるように、クリスタルを挟んで姉貴の反対側に立つガンゾ。そのまま姉貴の準備が整っているのを確認するとクリスタルの上に手をかざし、目をつぶる。


 一体何が起きるのかと、家族全員がワクワクした表情で身を乗り出す。が、十秒くらい経っても特に何も起こらない。


 若干がっかりして身を引こうとすると、不意にクリスタルが光を放った。眩しすぎて目も開けられないほどだ。


「うわ!?」「眩しい!」


 謎の発光現象はそのまま数秒間続いた後、徐々に弱くなっていき、やがて完全に収まった。

 恐る恐る目を開けると、ガンゾが何やらしたり顔でウンウンと頷いている。


「神託が下された! 君の職業は……【魔法剣士】だ!」


「【魔法剣士】じゃと!?」


 ガンゾの言葉に他の二人の神官が、驚いたように声を上げる。


「凄いよ。とても強力な職業だ!」


「へえ~」


 どうやら姉貴の職業は『当たり』のようだ。興奮したように叫ぶガンゾに、姉貴も満更でもなさそうな表情を見せる。


「いや、本当に凄いよ。その職業は魔法だけじゃなく、剣技も組み合わせた【スキル】を覚えることが出来るんだ」


(魔法! やっぱり使えるのか!)


 ワクワクするね。


「ギルドカードを確認してみてね。名前と職業の他に、【ステータス】が記されていると思うよ」


「へぇ、ホントだ」


 ガンゾに言われ、ギルドカードを確認する姉貴。

 横から覗きこんでみると、ついさっきまで何も書かれていなかったはずのただの銅版に、確かに何か文字が浮かび上がっている。


「さて、次は誰かな?」


 次は自分の番だと一斉に並ぶ俺たちに、ガンゾだけではなく老神官までもが苦笑する。でもこればっかりは仕方がない。本当に楽しみなんだ。



 次に占ったのは母さん。職業は【僧侶】。

 癒しと回復を司る職業で、スキルもそれに見合ったものを覚えるらしい。

「やっぱり心の清らかさが原因かしら。ところで僧侶って殺生しても大丈夫なのかしら……?」

(怖えよ)



 その次は親父。職業は【暗殺者】。

 隠密活動に関するスキルを覚えるらしい。

「暗殺者? 何でそんな物騒な……」

(影が薄いからじゃないだろうか)



 爺ちゃん。職業は【戦士】。

 極めれば、あらゆる武技を使いこなすと言われているらしい。

「刀や槍の扱いには慣れておるからの。戦闘は任せるといい」

(まじで頼りになりそうだ)



 そしていよいよ俺の番がやってきた。期待に胸を膨らませながら、皆と同じようにクリスタルに両手をあてる。


(戦士か? 魔法使いか? まさかまさかの勇者、とか!)


 至近距離からの眩い光に思わず目を瞑るが、手は決して離さない。

 やがて光が収まり、期待の篭った目をヴィランに向ける。目の前の中年神官は俺の視線を受け止めると、ニッコリと凄くいい笑顔を浮かべた。


「神託が下された! 君の職業は、【学生】だ!」


(――は?)


 痛いほどの沈黙が降りる。

 さっきまで自分たちのギルドカードを眺めながら騒いでいた家族も、ステータスに関する質問に答えていた他の神官も、皆が静まり返っていた。


(聞き間違え、だよな?)


「ええと。よく聞こえなかったので、もう一度お願いします」


「君の職業は、【学生】だ」


 一縷の望みをかけて聞き返すが、返ってきたのは無情な答えだった。


「いやいやいや、そんなこと言われなくても分かってますよ。俺達がここに来たのはほら、ギルドの人がまずは自分の職業を占ってもらって来いって言うからですね?」


「うん、だから【学生】」


 変わらぬ笑顔でそう告げるガンゾに、頭沸いちゃってるんだろうかこの人、と少し心配になる。


「いやだから違うでしょ! ここでいう職業って、勇者とか戦士とか勇者とか魔法使いとか勇者みたいなものを指すんじゃねぇの!?」


 これは死活問題だ。間違いは早急に訂正しておかないと、今後の俺の異世界冒険者ライフに支障が出る。


「何、君? そんなに勇者勇者って……。あ、もしかして俺はきっと特別な存在だー、勇者に違いない、とか思っちゃってたわけ? いるんだよねぇ、そういう子。プー! クスクス」


(こいつぶん殴っていいかな?)


 口元を抑えながら吹き出す中年神官に殺意を覚える。


「ごめんごめん。いや、実際僕も長年この職業をやっているけど、学生なんて診断結果が出たのは初めてだよ。確かに特別な存在かもしれないね」


 そう言っておっさんは俺の頭からつま先までをじっくり見直すと、唐突に震えだした。


「で、でもそんななりで勇者って、勇者って……! あかん、もう我慢できへん」


(決定。こいつぶん殴る)


 思いっきり振り被った右手が、俯いて震えたままの奴の頬を綺麗に打ち抜いた。


「へぶぅっ!?」


 クリーンヒット。思わず手が出てしまった。


「いきなり何すんの!?」


「すみませんついかっとしてやりましたはんせいしてます」


 詰め寄ってくるガンゾに口だけの謝罪をする。当然反省も後悔もしていない。


 味方を求めてサッと周囲を見渡したガンゾだったが、うちの家族は言わずもがな。老神官もガンゾの態度に思うところがあったのか、見て見ぬ振りをしてくれるようだ。


 ぶつぶつと何かを言っているガンゾを無視し、ギルドカードを確認する。どうやらエンブレムの刻まれている表には個人情報が、裏にはステータスが書かれているようだ。



(表)

 名前:帯刀裕也  冒険者ランク:F

 職業:学生    職業レベル:一

 称号:なし

(裏)

 生命力:二百九十七(D)  魔力:三百十(C)  腕力:百九十三(E)

 敏捷:九十一(F)     器用:二百九十一(D)



(学生なのは間違いないのか……)


 確かに日本じゃ高校生。学生なのは確かだけど、これはあんまりだ。俺のワクワクを返せと言いたい。


 ステータスに関してはさっぱりだ。これだけじゃ高いのか低いのかも分からない。後で誰かのと比較してみよう。


「さて、皆さんこれで自分の職業がお分かりになりましたね? ここで占われた職業は基本的に変わることはありませんし、変える必要もそうそうないでしょう」


 ひと段落着いたのを見計って、老神官が口を開いた。


(え? 俺このまま一生学生なの? 変わらねぇの?)


 唖然とする俺を置いて、老神官は言葉を続ける。


「皆さん職業が判明したと同時に、その特性に見合った能力が備わっているはずです。それらは研鑽することでさらに高めることが可能です。私から言うべきことはただ一つ。自身が一番よく理解しておられると思いますが、その力は使いどころを誤れば危険なものです。くれぐれも注意してください」


(能力?)


 言われてみれば確かにこの世界に来たときよりも、さらに少し体が軽くなっている気がする。


「それではギルドに戻り、正式に冒険者として登録なさりなさい。皆さんの行く先に三神の加護がありますよう」


 ここの宗教の決まり文句なのか、そう言って締めくくった老神官に別れを告げると、俺たちは行きと同じ神官に出口まで案内された。

 これで後はギルドに登録してもらうだけだ。

 だがすぐにでも戻ろうと一歩を踏み出した瞬間、誰かにポンと肩を叩かれた。


「?」


 振り返るとそこには、優越感をタップリと滲ませた姉貴のドヤ顔。嫌な予感がする。


「さーて、学生の裕也君? ギルドカードを見せてみようか」

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