第3話 一家揃って異世界へ 2
「ドラドラコを素手で倒したのか!? 優秀な拳士だな!」
俺たちを警戒するように近づいてきたのは、四人組の男女だった。先頭にいた男が一通り周囲の様子を見て、驚いたように声をあげる。
彼らの様子を見る限り、姉貴はこっちの常識と照らし合わせても結構凄いことをしたみたいだけれど、俺は全く別の理由で頭を抱え込みそうになっていた。
(おいおい、まじかよ。半分冗談だったのに)
先頭で愉快そうに笑っている男と、その後ろで周囲を警戒しているもう一人の男。二人揃って金髪碧眼に西欧系の顔立ちをしているのだが、ここまではまあいい。精々日本語の上手な外人さんだなー、で済む。
問題はそれぞれが大剣と槍を携え、全身を金属鎧で覆っているという点だ。
奥から俺たちを値踏みするかのようにジロジロと見つめてくる赤髪の女は、動きやすそうな軽装の鎧に、腰から何本かの短剣を提げている。
そして立ったまま寝ているのか、最後尾でコックリコックリと船を漕いでいる黒髪の女は、大きな杖を片手に私魔法使いなんです、と自己主張するかのような全身黒のローブに身を包んでいた。
揃いも揃って、ファンタジーでござい! といった風体だ。
装備に使われている金属の輝きや重量感から見て、単なるコスプレなんかではないことは分かる。素人目から見ても、明らかに実戦を想定して作られたものだ。
やっぱりここは異世界で決まりのようだ。
そして男の言葉から推察するに、あのトカゲもどきはドラドラコという名前らしい。
何故素手で倒したと分かった? という疑問は姉貴の姿を見て解消した。
手にべっとりと血糊がついたままだ。洗えよ。
「いや、すまない。我々はアルラドの町を拠点にしている冒険者だ。初めて見る顔だが、君達は他所の町の冒険者かな?」
俺と同じように考え事をしていたのか、家族の誰もが声をあげられないでいると、先頭にいる男が続けて質問をしてくる。
(冒険者?)
今度は思わず笑いそうになってしまう。これじゃ本当にゲームや漫画の世界だ。
「え? アル……何? 冒険?」
付け焼刃の知識しか持たない親父が顔中に疑問符を浮かべていると、男との間に母さんが体を滑り込ませた。
続けて後ろ手に親指と人差し指で何かを摘むような形を作り、横に滑らすジェスチャー。要するにお口にチャック、黙っていろという意味だ。これを破ると以下省略。
「いえ、ちょっと事情がありまして。田舎から一家総出で出稼ぎに来たんですよ。ですけど慣れない旅で道に迷ってしまいまして、よろしければアルラドまで案内してもらえないでしょうか?」
(おおぅ、流石だ母さん)
ここが異世界だとしたら日本から来たと言っても通じないだろうし、不審に思われる。母さんは咄嗟にそう判断し、嘘をついたんだろう。それにしても、よくあんなにすらすらと出てくるもんだな。
俺が改めて親の偉大さをかみ締めていると、姉貴と爺ちゃんが小声で話しかけてきた。
「ありがたいわね。どうやら言語はそのまま通じるみたい。となると問題は文字ね。せめて読むことだけでもできればかなり楽になるわ」
「言語が通じる、友好的な態度であるからといって油断するな。こちらは丸腰なのに対して、三人は武器を持っておる。あの黒い女子も服の下に何か隠し持っておるやもしれん」
(二人ともすげぇな)
俺は言葉が通じるということを何も疑問に思っていなかったし、相手が武器を背負っているということも警戒すらしていなかった。
そうだ。ここが異世界だというのなら、今までの常識は通用しないと思ったほうがいい。平和な日本とはわけが違う。
「すまないが俺達も別の町に向かっている最中でな。とはいえここからそう遠くもないし、彼女程の実力者がいるのならここからの道中は安全圏だ。簡単な道筋だけ教えてあげよう」
どうやらリーダー格らしい大剣を背負った男に母さんが道を教えてもらっているのを見ていると、さっきまで黙っていた赤髪の女戦士がこっちに話しかけてきた。
「あんたら本当に田舎から出てきた出稼ぎ一家? にしちゃあえらく仕立てのいい服着てるじゃないか」
(やっぱり変なのか?)
言われて自分たちの服装を見直す。
確かにこの世界の文明度がどんなものかは知らないけれど、彼らの装備を見るに日本より上とは考えられない。俺にはよく分からないが、裁縫技術一つとっても差があるに違いない。
と言うかそもそも俺達の服装、全然ファンタジーって感じじゃないしな。
俺なんか学生服ですよ、学生服。詰襟だぜ? 一番違和感なさそうなので爺ちゃんの袴か。
んー、と赤髪女が探るように顔を近づけてくる。
どう答えたものかと焦っていると、周囲を警戒していた槍を担いだ方の男が助け舟を出してくれた。
「リタ。他人の事情を詮索するな。お前にも探られたくないことの一つや二つはあるだろう」
犯罪者でなければ構わん、とこっちを見もせずに続け、それっきり口を閉ざしてしまう。
そんな槍男に一瞬視線を送ると、嗜められた赤髪女にも思う節があったのか、軽く謝罪してあっさりと引き下がってくれた。ふう、危ねえ。
「皆、お話は終わった? アルラドまでの道も教わったし、そろそろ出発しましょうか。ええと……」
俺が内心で冷や汗を拭っていると、話を終えた母さんが戻ってくる。
そういえば名前を聞いていなかったと、冒険者だという四人組に顔を向けると。
「バールだ。こっちの槍を持っているやつがレインで、そこの赤いのがリタ。さっきから後ろでずっと黙ってる黒いのがセツナだ。さっきも言ったとおりアラルドを拠点に冒険者をやっている。もし困ったことがあったら指名依頼してくれ」
指名は割高だけどな、と笑うバール達にこちらも名乗り返し、全員でお礼を言って別れた。
◇
「優しい人たちで助かったね。町ももうすぐそこらしいし、これを売ったら宿代くらいにはなるんだろう?」
母さんの出したお口チャックの指示を忠実に守り、自己紹介の時まで口を開かなかった親父が姉貴の引き摺るトカゲもどき――ドラドラコとやらの死体に目を向けながら話しかけてきた。
母さんが道順のついでにバールにアドバイスされたらしい。曰くそいつを冒険者ギルドという所に売れば、五人でも一、二泊分くらいの金になるだろう、とのことだ。
バール達が去った後、爺ちゃんの指示の下血抜きを行い、こういうのは男の仕事とばかりに親父が担いでいたのだがすぐに根を上げ俺、爺ちゃんの順に交代。
最終的に一番力の強くなっている姉貴が担ぐことになった。が、流石の姉貴も頭部の無い動物の死体なぞ担いだまま歩きたくないと言い、今は妥協案で引きずっている。
「何なのよもう。ギルドが買うってことはこれ魔物? ゲームだったら死んだ時点で魔石とか素材だけ残して消えるのに。面倒くさいったらないわ」
「まぁまぁアキちゃん。死体が残るっていうことは、それはそれでいいことかもしれないわよ。ほら、倒した相手が霞のように消えちゃったら達成感がないでしょう? それに屍の山の上に立って勝利を宣言するのって素敵だと思わない?」
「左様。己が武勲を誇示したいのなら、敵の御首級があってこそじゃ」
ズリズリと引きずられる死体を見つめながらぶつぶつと文句を言う姉貴に、母さんと爺ちゃんが恐ろしいフォローを入れている。
屍の山ってなんだ。そんな数の生き物に襲われたくなんてないぞ。
それもそっかー、と呟く姉貴の声を聞いて、俺と親父は信じられないようなものを見るような目で三人を見た。
「親父。姉貴と爺ちゃんはまぁ仕方ないとして、こんな母さんのどこに惚れたんだ?」
「ふ、普段は優しくていい人じゃないか。ただ時々ちょっとおっかなくなるだけで……」
「あらあら、聞こえてますよ」
「「げっ」」
後ろのほうで小声で話していたにも関わらず、母さんにはばっちり聞こえていたみたいだ。
全身に悪寒が走るのと同時に、浮遊感を感じる。
そのまま目の前に急接近する木の幹と、先に叩きつけられたらしい親父の悲鳴を聞きながら俺は思った。
(母さんも大分身体能力上がってるなあ)
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