操作傀儡《あやつりにんぎょう》


   50


「……なんだよ、これ……?

 なんなんだよこれ!!」

 仁王村奏は、ひとり叫んでいた。

 その理由はただひとつ。自分の目の前に起こった事が理解し得なかった。それ以外ほかならない。

 出席番号30番、仁王村奏。彼はただの努力家だ。

 彼には才能といった概念が無い。だから彼は、精一杯”努力“という名の枷で、自分を矯正していた。

 彼の夢は 、日本の大学の中でもトップクラスの名門校、東宮ひがしのみや大学に入学し社会に貢献する事だ。

 しかしそれは、彼の”建前“でしかない。本当は親や友達に、 孝行したいだけなのである。

 自分を育ててくれた親に。自分と仲良くしてくれた友達に。”結果“を”感謝“として伝えたいだけなのである。

 まあ、それはそれとして――

 奏が、まだ天宮と諸星との三人でいた時まで時を遡るとしよう。


   49


 森の滝を後にした仁王村達は、手掛かりを探すべく、森の奥にややぼんやりと見える建物に向かった。

「あそこに何があるんだ?」

「本当に建物なんて見えたの? 天宮?」

「ああ。ぼんやりとだが。確かにそれらしき建物が見えた」

「誰か居ると良いんだけどね……」

 三人は、かすかにあるかもしれない希望に向かって歩き続けていた。その彼らに現れたのは――

『ハジメマシテ。』

 全身黒ずくめの戦闘服を着込み、顔に仮面を着けた、 どう見ても怪しい者にしか見えない「ナニカ」だった。

『私ノ名前ハ、廣瀬櫂都。今カラ君達ニハ、虚無ト快感ヲ与エヨウ』

 何だこいつ?訳が分からない――

 彼らがそう思った瞬間だった。

 クラスメイト、 諸星楓の躰が消え去った――

 諸星楓の肉体は「あっ」と言う間も無く消滅していた。諸星がそこにいた跡には、彼女の”衣服“だけがそこに遺っていた。

『マズコレガ、私ノヒトツメノ能力』

「楓をどこにやった!!!」

 と、その時、天宮が張り裂けそうな声で叫んだ。その顔は、怒りに満ちていた。

『貴様ノ後ロサ。タダ、モウ人デハナイガネ?』

 ”彼女“は天宮の後ろにしっかりと存在していた。しかし「それ」は彼がいつも見ている諸星楓の姿ではなかった。

「なっ、なんだ……”コレ“は……!」

『アァ゛ア……ォウウヴゥウ……』

 白い躰、黒い目、赤い瞳。長い手足、細い腕、鋸の先のような歯の羅列。歪んだ顔、醜い顔面、錆びたナイフのように鈍く光る爪。そして人間が白い化けの皮をそのまますっぽりと被ったような皮膚と、荒唐無稽でおどろおどろしいその異形すがた

 彼女は”妖怪“と化していた。

 一見、変なモンスターのコスプレをした人間のようにも見えた。だが別物。

 先程迄の普通の少女は、最早別の者にされてしまっていた。

『フン、コノ化物ガドコカラ現レタノガ不思議ナノカ? ナラバ教エテヤロウ。

 マズオ前ラニ言ッテオク事ハ、私ガ”霧“ノ「真人しんじん」トイウ存在ト云ウコトダ。強力チカラは無イガ、換ワリに異力チカラガアル。

 ソノ異力チカラヒトツガ、人間ヲ異形ノ姿ニ変エ、シモベトスル『妖怪家畜アヤカシペット』トイウモノダ。

 ツマリ、オ前達ガ探シテイル女ハ、俺ガ妖怪アヤカシニ変エタソノ化物ダヨ』

「えっ……?」

「テメェ! なんて事を……!!」

 思わず声をあげる二人、しかし怪物はその事なども意にも関せず言葉を紡ぎ続ける。

『ソシテ、フタツメ異力チカラハコレダ』

 櫂都はそう言うと、自分の顔に重ねていた”それ“を外した。

「なっ……!」

 二人は、次に出すはずの語句の道を絶った。

 なぜなら――

「な、なんで、だよ……!」

「嘘……だろ……」

 天宮と仁王村の目の前に現れた、仮面の無い人間それは、クラスメイト、 音川敏寛の容姿すがたをしていた。

「お、音川……何でお前が怪物に……? どういう事なん『天宮順。貴様モ傀儡オモチャニシテヤルヨ。』

 音川。否、音川敏寛の姿をした廣瀬櫂都が、自らの指を鳴らしたその瞬間、どこからともなく紫色の布が飛び出し、天宮順の肉体に張り付いた。

「えっ、な、なにこれ」

フタツメノ能力ハ、至ッテ単純明解シンプル

 人間ノ肉体カラダヲ乗ッ取リ、自分ノ肉体カラダトスル能力、『代替肉体ヨリシロ』。

 ソシテ最後ミッツメ。人間ヲ、自分ノ言イナリニナルヨウ改造スル、『操作傀儡アヤツリニンギョウ』ダ。

 天宮君、ダッタカナ。貴様モ今日カラ、私ノ傀儡オモチャダ。』

「あ……ああ……」

 天宮の体に布が巻かれていく。

 その布は体中を覆い続け、彼の顔面をも埋め尽くした。

 天宮は暫くの間、紫色のミイラの姿で拒絶の声をあげて悶えていたが、 時間が経過するのに比例し、それさえもしなくなった。

 やがて彼は腕をだらんとぶら下げ、顔を上げなくなった。天宮は暫く同じ格好のまま微動だにしていなかった。

 だがしかし、ある程度の時間が経つとやがて動き出した。

 右腕の指を数回動かすと、体をゆっくりと持ち上げた。そのまま顔だけ下を向くと、怪物の方へと歩いていった。

「よ、よくも……よくも二人をっ!!」

 仁王村は激昂した。

 普段はそう簡単には怒らない(怒った事自体があまりないとも云うのだが)彼が顔を強張らせて、友達なかま下僕てきにした櫂都に向かって叫んでいた。しかし当人、廣瀬櫂都自体はぴくりともしなかった。

『……貴様ハ別ニ不必要イラン。モウ妖怪ペット傀儡オモチャモ飽キルホドアルノデナ。

 ソレニオ前ハ代替肉体ヨリシロニナル器デハナイ上、何ヨリ殺ス相手ニモナラナイホド、弱クツマラナイ奴ダト認識シタノデナ。

 貴様ナドニ構ッテイル暇モ無イノデナ。

 理解ワカッタラ、トットト消滅キエウセロ。雑魚ガ』

 そしてそう言い放つと、人に寄ってくる捨てられた動物をどこかに追いやる仕草をし、廣瀬は森の奥へと消えた。

「……クソッ!クソおおおおぉーーっ!!」

 仁王村は、最早叫ぶしかなかった。

 仲間を守れなかった上に、怪物の仲間にされ、諏訪のように闘うこともできず、何もできなかった。

 それなのに自分だけが生き残った。否、生き残ってしまった。と云ったほうが彼の心境を形容するに相応しいだろうか。

 仁王村は、そんな自分を呪うように叫び続けていた。

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