8 診断結果発表



指定された時間を律儀に守って再び鈴乃原医院へ。


とっくに診察も診断も済んでお茶とお菓子で呑気にくっちゃべってやがる。


博士「二人はどうでしたか」


晴夏「なんだ、もう戻って来たのか、もっと遊んでてもよかったのに」


遊んでねえよ。


この人本気でガールズトークやりたかったんだな。


よく見たらお茶もお菓子も結構いいやつだし。


晴夏「結論から言うと経過観察だ、僕には直ちにどうすることもできない」


要するに様子を見る、ということだ。


俺なかなかダジャレ上手。


博士「じゃあしばらくあいつらオナラ連発生活ですか」


晴夏「申し訳ないがそうなるな。まあ君の診立て通り健康への害はないと考えていいと思う」


晴夏「あとは乳酸桿菌の桁外れの増加に比べてウェルシュ菌や大腸菌類の増加は見られない、推移を見なければわからないがおそらくそれらは減少傾向になるんじゃないかな」


腸内の善玉細菌が悪玉細菌を圧倒するということか。


博士「するとどうなります?」


晴夏「別にどうということは。オナラが臭くなくなるぐらいだね」


博士「今後の予測は?」


晴夏「そうだね、もともとヒトの腸内はそこまで多くの常在菌を住まわせるようにはできてないから相応の時間が経てば通常の状態に戻るよ」


博士「相応の時間ってどのくらいですか?」


晴夏「そこまではわからない、個人差もあるしな、そこを含めて経過を見守るしかない」


なんて事だ。結局俺が自分で調べた段階と何も変わっていない。


収穫はオナラがあんまり臭くなくなるだろうということだけかい。とほほほ。


晴夏「せっかく来てもらったのにお役には立てなかったようだ」


弓菜「いえ、お時間をとっていただいてありがとうございました」


お、弓菜なかなか行儀がいいな、えらいぞ。


弓菜「それにもとはといえば博士が悪いんです。へんな発明するから」


俺を落とさなければもっとえらいのだが。


晴夏「だが役に立てなかったのもまた事実。そこで代わりといっては何だが君たちにはプレゼントがある」


ジャーン


晴夏「これを見たまえ」


マスクだ。晴夏先輩の手には2つのマスクが握られていた。


マスクと言っても医療用のマスクではなく、覆面レスラーがかぶるようなタイプ。なんでやねん。


歩「おおー、マスク、かっこいい」


あゆは単純に喜ぶ。


こんだけ喜んでくれたらプレゼントする甲斐もあるというものだ。


だが俺と弓菜はその意図も意味するところもわからない。


メキシコ旅行のお土産か。


弓菜「あの、先生? それをどうしろと」


晴夏「マスクと言ったら被るに決まってるじゃないか。まあ飾って楽しむのもアリだけれどもそれではこの場合意味がない」


やはり理解がついていかない。


晴夏「察しが悪いね。残念ながら君たちはこれからしばらくオナラ生活を送らなければならない」


晴夏「だがいくら今が夏休みでもずっと家に籠っているわけにもいかないだろう」


晴夏「しかし君たちのようにうら若き乙女が街中で恥じらいもなくプープーとオナラをこき捨てて平気でいられるかい?」


晴夏「僕でもごめんだ、だらしない肛門だとかしまりのないアナルだとか思われるのは避けたい」


晴夏「それに例えこの症状が治っても一度ついたオナラ女子のイメージはついてまわるぞ、それも困るだろう」


晴夏「そこでこのマスクだ。これを被っていれば君たちの匿名性は守られ、プライドも保たれる、とまあ、そういう仕組みなわけだ」


なるほど、一理も二理もあるな、まったく思いつかなかった。


確かに女の子にオナラのイメージはかわいそうだ。


しかもあんなでかいオナラ、男の俺でも人前でするのは躊躇するもんな。躊躇して結局やらんよな。


これは気にしてやれなかった俺がわるい。


博士「よかったな、弓菜」


弓菜「うう~」


何やら考え込んでいる。


こいつはわりと考えてもどうしようもないようなことを考える癖があるな。


まあいきなりマスクマン? マスクウーマン? になれと言われても困るだろうが。


でも近隣住民に


「あの獣道寺弓菜が恥ずかしげもなくオナラを! オナラを!」


とか思われるよりははるかにマシだろうよ。


しかもその勢いたるやサイクロン・ハリケーン級ときたもんだ。


すでに車一台吹っ飛ばしてきてるわけだし。


歩「わーい、マスクマスク~。とう! ちょわっぷ!」


博士「こら、キックすんな」


こいつはこいつで呑気だな、もう被ってやがる。


しかもなんか似合ってるし。


弓菜「はぁ、仕方ないか」


こっちもようやく諦めて被る気になったか。


弓菜が鏡を見ながらマスクの位置を調整する。


弓菜「どう?変じゃない?」


変に決まっているだろうが。


博士「ああ、変じゃないよ」


そこまで正直ではない。


晴夏先輩が満足そうに二人を見比べる。


晴夏「よし、今日から君たちはマスク・ド・オナラ1号と2号だ」


弓菜・歩「それはいや」


まああたりまえだわな。マスク・ド・オナラはないわ、マスク・ド・オナラは。


晴夏「ああしまった、よく考えたら君の分がないな」


はっ!確かに。


このままでは俺は左右をマスクウーマンに挟まれて帰ることになってしまう。


ただでさえ目立つのにそのうえオナラまでするわけで。


これは一体俺は世の中からどう見られてしまうのか。


……いくらなんでもプロレスのプロモーターとかには思ってもらえんよな。


晴夏「僕のパンストぐらいならあげてもいいが」


銀行強盗か。


まあ人相ぐらいはそれで隠せるが。


晴夏「もちろん新品だぞ、使い古しのはあげないぞ」


そんなものいつ誰が欲しいと言った。


謹んでお断りした。


これから帰るだけのことだ、一時の恥は忍ぼう。


博士「今日はお世話になりました」


三人で丁寧に礼を言って辞去する。


晴夏「待ちたまえ、料金を払わずに帰るつもりか」


ちい。あわよくばと思っていたがそうは問屋が卸さねえ。


……しかし問屋が卸さないとか今どき誰も言わんよな。


晴夏「請求書だ」


41,120円。微妙に高いなおい。


だがいくら知り合いでもお金のことだけはきちんとしなければならない、しぶしぶ払う。


晴夏「悪く思わないでくれ。保険適用外の治療だからな」


治療できてないのに。


晴夏「ひゃっほう! これでPS4買おう」


単なる小遣い稼ぎだった。


歩「先生もゲームやるの?」


晴夏「ああ、僕はゲーム大好きだぞ」


弓菜「じゃあ今度一緒に対戦やろ」


晴夏「いいね、仕事中じゃなかったらいつでも相手になるぞ、気持ち的には仕事中でもいいんだが」


気持ち的にはよくても人としてはダメだろ。


最後に先輩が言った。


晴夏「二、三日したらまた来るといい、次からはタダで診てあげるよ」


たいへんありがたい申し出だった。


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