第20話 意思の似た者

 リーザロッテの案内で学内に設置されたカフェテリアに移動した一行は、教職員用向けに用意された個室の一角を利用して、思い思いの軽食を取る。


 トーストしたパンの上にこんがりとローストしたチキンをのせて、レタスのような味のするウェントやトトなどの野菜をマイルドな酸味の強いイエローマスタードで味を整えたクラブサンド。

 

 目の前のご馳走の誘惑を振り切ったスレイは、ヴァイスから預かってきた手紙をリーザロッテに手渡す。


「とりあえず、これがヴァイスから預かっている手紙だ」


「確かにヴァイス君の筆跡ですね。開けても大丈夫ですか?」


「元よりあなたへの手紙だ。好きにして構わない」


 リーザロッテは、封を開けて中の手紙を取り出すと紅茶を片手にゆっくりと読み始めていく。スレイは、どこか優雅さを感じさせるその姿に目を奪われるが、そんな彼の脛を痛みが襲う。ふと、脛を襲った痛みの元凶に視線を向けると彼女は、ジト目を向けてくる。


「スレイ、鼻を伸ばしすぎよ」


 スレイにしか聞き取れないような小さなエリナの声。その中には、間違いなく不満そうな響きが含まれている。


「気のせいじゃないのか?」


 誤魔化す様に返事を返しながら、クラブサンドに齧り付いていると手紙を読み終えたリーザロッテがふわりと笑みを浮かべながら、顔を上げる。


「サリアとリオンは、ちょっと席を外してもらってもいいかしら?ちょっと大事なお話になるから…」


「それじゃ、外で待ってますね!」


「では、僕とサリアは一旦失礼します」


 教え子たちが、一礼の後に席を外して、外に出たことを確認したリーザロッテは、改めて手紙の内容へ触れる。


「それで、ヴァイス君から二人のことを頼まれたんですけど…いったい何を手伝えばいいんでしょう?」


 予定してなかったリーザロッテの言葉に困惑するスレイとエリナ。スレイは、どうせ書くのが面倒だから説明を丸投げした支部長に頭を抱えながら、手紙に詳細を書くと危険と判断したのだろうということにしておいて渋々納得する。


「一言で纏めるなら俺たちの目的は、この都市の傍にある魔素の活性化地帯深部の調査だ。リーゼロッテには、その協力を要請したい」


「たしかにそれは、私の研究分野ですが…活性化地帯深部の調査なんて幾らヴァイス先輩の頼みでも無茶です。そもそも深部までは、強力な魔物や身体に深刻な影響を与えるレベルの魔素が充満しているような場所なんですよ」


 活性化地帯は、活性化した魔素に影響され、学術的価値のある貴重な素材が数多く眠っている土地とはいえ、未だに魔術学園ですら手の出せない未知の領域。

 一度足を踏み入れれば、重度の魔素酔いで身体機能に深刻な影響を与え、活性化によって進化を遂げた強力な魔物が徘徊する危険地帯。


 いくら、尊敬すべきヴァイスからの頼みとはいえ、リーザロッテは素直に頷く事はできない。


「とてもじゃないですが、深部の探索は不可能です」


「大丈夫だ。少なくとも俺は外からの魔素を受け付けない。深部へは俺が行くつもりだ」


 迷うことなく即答するスレイ。リーザロッテは、そんなの無茶ですよと目を丸くしながらも小声で否定する。しかし、何かを確信したかのように短く術を紡ぎはじめ、その手に小さな光の球を作り出す。


「これは、一時的に魔素回路の流れを乱す効果を付加した術なんですけど…これを使っても構いませんか?」


 彼女の問いに静かに頷いたスレイは、左手を差し出す。リーザロッテは、スレイから差し出された左手をどこか緊張するように優しく握りこむ。


「えっと、痛かったりとかしないんですか?これ、普通の人間なら暫く意識を昏倒する程度に魔素を込めたつもりなんですが…」


 顔に似合わない物騒な内容をさらりと告げるリーザロッテ。スレイは思わず、引きつった顔で返事を返す。


「いや、何の問題もない。それはそちらでも分かる筈だろう?」


 リーザロッテは、困惑気味に頷くと更に何種類かの魔法をスレイにかけていく。

 手を握ったまま何度も魔法が行使されていく光景。思わず、呆れたようにエリナが口を挟む。


「あなたたち、いつまで続けるのかしら」


 旗から見れば、男女が手を握りあったまま語り合うという光景。

 教職員用に用意された外から見えない部屋だったからよかったもののこれが、オープンな空間であったのならば、あらぬ噂が飛び交うに違いない。


 さしずめ、美人教師に灰色の男の影といった所だろうかとスレイは考える。


「あわ、あわわわ…ちが、違うんですよ!これは、本当に魔素を受け付けない体質なのか気になって、あらゆる方向性を持たせた魔素を送っていただけで深い意味はないんですからね!」


 リーザロッテは、我に返って自身の作り出している光景を確認すると白く端正な顔を羞恥で真っ赤に染めながら、動揺し始める。

 真面目な表情でスレイの手を握っていた彼女と同一人物なのか疑いたくなるような動揺を続けるリーザロッテの姿にエリナも毒を抜かれたように苦笑してしまう。


「ほら、落ち着いて。話を続けましょう?」


「っ、はい。もう大丈夫です…お騒がせしました」


 どうにか落ち着きを取り戻した彼女は、先ほどのやり取りをなかった事にして話の内容を元に戻す。


「えっと、話を戻すとスレイさんなら活性化地帯での長時間活動ができる筈です。魔素活性化地帯では、外部からの魔素による影響を受けやすい場所です。スレイさんの体質ならば理論上は大丈夫なんですが…その、未知の要素の多い場所なので断言はできません」


 リーゼロッテは、微妙な表情を見せながら眼鏡の縁に手を伸ばす。彼女としても断言したいのだろうが、魔術学園としても浅いエリアの調査のみで、確実に断言できない現実に歯噛みするしかない。


「学園も何度か調査に向かっているのですが、浅いエリアでしか調査が進んでいません。止むを得ず、調査の為に特別な遺失物の封印を解除したのですが、非常に運用が難しい物で、正直手詰まりだったんです」


「ヴァイスは、俺に付ける同行者の問題で学園都市にいるあなたに協力を求めていたんだが、話を聞く限り難しそうだな…」


「ふぅ…ヴァイス君は、相変わらず無理難題ばかり押し付けてきます」


 リーザロッテは、薄いため息をつきながら言葉を紡ぐが、その表情はどこか柔らかで優しさに満ちている。


「えっと、最後に一つだけ聞いてもいいですか?」


 彼女の疑問にスレイは、静かに頷いた。


「スレイさんはどうして、危険だと分かっているのにあの場所に?」


「目の前に自分にしかできる事が転がっている。世界から受け取り続けた自分の存在を還元することが人生って考えたら、それって幸運なことだろう?」


「ふふふ…自分の意思でって答えてくれればよかったんですよ」


 罰の悪そうな表情を見せるスレイの反応に思わず、口元に手を当てて苦笑交じりの表情を見せるリーゼロッテ。


 彼がヴァイスから頼まれたからといったなら、たとえヴァイスからの依頼でも断るつもりでいたが、自分の先輩と似たような予想の斜め上からきた返答。思わず、心の声が漏れてしまう。


「でも、私そういう考え好きですよ。――分かりました、スレイさん達に協力します。どちらかというと私から協力を依頼する立場になっちゃうんですけどね」


 自身の先輩と似たスレイに作りのない笑顔を向ける。それは、同姓のエリナの視線すら釘付けにするような表情――――暫し、時間が静止する。


「あ、あの…私変なこと言いましたかね?」


 固まったままの二人に躊躇いがちにリーザロッテが、声をかけた事でようやく二人の静止した時間が動き出す。罰の悪そうな顔をする二人に疑問を浮かべるリーザロッテ。スレイは、思わず話題を変えることにした。


「あ、あぁ、協力に感謝する。…ところで最近、この街で妙な噂話が流れてるって話を聞いたことがあるか?」


「あの悪夢の話ですね。ここだけの話、学園内でも一人だけその現象に巻き込まれている子がいるんですよね」


 表情を曇らせたリーザロッテは、その詳細を語りだす。


「最初のきっかけは、王国で送還祭が始まる前後だったでしょうか。最初の女子生徒が、その悪夢を訴えてきました。最初は、彼女が私も疲れているだけかと思っていたんですが…」


 送還祭。

 それは、この大陸でも大きな祭典の一つで、この地から旅立った英雄たちとこの地に暮らす人々に祝福を送る名目で、2週間に渡る長期の日程で行われる祭典。

 しかし、スレイもとい流星にとっては、取り残された事をなかった事にされ、腹部に風穴を開けられた挙句、棺おけに詰められた事を祝われる祭でしかない。思わず微妙な表情になりながら、スレイはリーザロッテの話に耳を傾ける。


「日に日に病状が悪化するにつれて、彼女が呪術的な効果を放ち始めた為、現在は刻印魔法を施した私の部屋で保護しています」


「それで、その呪術の進行は?」


「正直なところ、進行の時間稼ぎにしかなっていません。彼女は、私が部屋を訪れるたびに元気に振舞ってくれるんですが、その優しさが辛いです…」


 途方に暮れた表情で顔を伏せたリーザロッテ。エリナは、そんな彼女の肩に手を伸ばす。彼女たちの姿を眺めながら、スレイは一言だけ呟く。


「リーザロッテ、その少女に会うことは可能か?」


 エリナは、呆れるような表情を向けて嘆息する。

 彼女には、スレイが多少の危険な行為でも、その行動をとるということがなんとなく理解していた。

 同時にその行いを非難したところで、目の前の男は止まらない事も理解している。彼女は、かすかに憤りを覚えながらも咎める事を諦めた。


「えぇ、大丈夫ですが、いったい何を…?」


 困惑気味のリーザロッテにスレイは、


「なーに、ちょっとした聞き込みだ」


 散歩にでも行くような軽い言葉をかけて、席を立ち上がった。

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