第16話 少しの成長

 石畳のストリートをふわりスカートを揺らしながら、人ごみにも慣れた動きでサリアは先へと進んでいく。人ごみに慣れていないエリナをリードしながら、歩く身としては多少スピードを落としてほしいものだと内心愚痴りながら、スレイも人の流れを掻き分けるように歩を進める。人の多いアーケードは、慣れていないと歩行のスピードにも当然、差が生まれる。


「サリアのように街に住む人間って、人混みを歩くのが早いわ…まるで、川の流れに乗っているみたいな感じがするわね」


「街という環境は、あながち川と譬えてもいいかもしれない。大きな流れがいくつも枝分かれしていく。なんかそれっぽいことを言ってみたけど、納得してもらえただろうか?」


「なによそれ」


 エリナは、適当に語られた内容に口元に手を当てて、その表情を緩ませる。人間に対して不信感を持っていた少女が人間と行動を共にしながら街中を笑顔で歩く。自分の行動が起こした結果に残った成果に思わず、視線を釘付けにされる。スレイは、ひどく照れくさい気分になってしまい、すぐに目を逸らしてサリアへ視線を向けるとそこには、すでにサリアの姿は見当たらない。


「って、サリアがいないな?」


 僅かに視線を逸らした隙に視界から消えたサリア。怪訝そうに首を傾げながら、スレイは、彼女の気配を辿っていくと店内に入ってしまっている。サリアに対してのスレイの評価は、よく言えば、周囲がどんな状況でも自分を見失わない少女。悪く言ってしまえば、視野が狭い弱点のある少女だ。今回は、久々の街とその案内で舞い上がり悪い方向に動いてしまったのだろう。


「もう、あの子に案内頼んでいるのにサリアはどこに消えたのかしら…。スレイ、彼女がどこにいるか分かる?」


 店内に入ってたサリアは、後ろから2人が付いてきていない事実にようやく気がついて、慌てて店内を飛び出して、周囲をきょろきょろしながらこちらを探そうとしている。スレイは、エリナに問題ないとうなずくと、


「便利屋とかじゃないんだけどなぁ…。こっちで追えてるから俺たちは、迷子にはなってないから安心しろ」


「別に心配なんてしてないわよ。なんせ、優秀な冒険者さんが隣に控えてるんだから心配する必要もないでしょう?」


 得意げな表情を見せるエリナにそんなんじゃないと返しながら、店の前で、不安げに周囲を見渡すサリアに向かって軽く手を振る。スレイに気がついた少女はすぐに駆け寄りながら、頭を90度に曲げて、すぐに謝罪する。


「ごめんなさい!人混み抜けて先にお店に入っちゃってました…」


「流石にこんな人混みで迷子は御免よ?」


「とりあえず同行者は置いていかないって、勉強になったんじゃないか」


 頭を下げながら、ビクビクと怒られる事を警戒したサリア。そんな彼女を見て、思わずエリナと顔を見合わせながら苦笑する。いつもの調子でサリアに話しかけながら、頭を上げさせる。


「まぁ、サリアも久々にこの街に戻ってきたんだし、今回は目を瞑るわ」


「うう、その優しさが胸に痛いです…ごめんなさーい」


 エリナは、沈んだ顔のサリアのフォローをしながらも彼女に合わせて歩いている。つい、この間まで、人間は信じられないといっていた少女の変化。どこか暖かい瞳で少女の後姿を見守る。


「エリナ。大分丸くなったんじゃないか?」


 突然スレイにからかわれたエリナは、拗ねた様に唇を曲げながら、


「ちょっと、からかわないでよ。そういうのは、サリアに任せてるのに」


 エリナの冗談めかした口調を本気にしたサリアは、思わず声を上げて困惑してしまう。彼女は、つい、うっかりという名の星の下に生まれて生きているのだろう。頬を引きつらせながら、私ってからかわれてばかりと呟く少女に苦笑が漏れる。


「それで、この店が服屋でいいのか?」


 サリアがフライングして入店した店の前で脚を止める。

 目の前の建物は、ほかの建築物と同様にレンガ作りの2階建ての大きな建物。ほかの建物と違い、特徴的な正面の飾るガラス張りのディスプレイとアンティーク調のドアと大陸共通の服屋を現す白い看板。

 ガラス張りされた店内からは、色とりどりの衣服がディスプレイしてある。店内を見て回る客層は、制服を着た少女達やカップル達の出入りが多い為、一人ではなかなか入りにくく感じさせる。

 目的地は、ここに間違えないだろう。


「あ、そうです!この店が街で一番大きなお店です。デザインもよくて、学園の生徒にも人気あるお店なんですよー!」


「それじゃ、ドア開けますねー」


 先に先導するように動いたサリアに釣られて、店内に入ったエリナは、思わず目を丸くさせながら固まってしまった。店舗の大きさは広いが、なんてことはない普通の服屋。スレイにとっては、元の世界とそれなりの規模のある店舗程度の服屋だとしても、森の中で暮らしてきたエリナにとっては、新鮮な光景なのだろう。困惑しながらも、楽しげに棚に畳まれたい衣服や靴に代わる代わる視線を移して見て回っている。


「コ、コホン…随分ゆとりのある店内なのね」


 ふと、我に返ったエリナは、恥ずかしげにフードを深く被りなおしながら、誤魔化す様に店内に対しての話題を振る。そんな少女の姿に思わず、


「あ、戻ってきた。随分楽しそうに見てたから声もかけなかったが…」


 罰の悪そうな顔を見せるエリナ。彼女の被るフードを外して、サリアに投げ渡すと慌てながらもフードをキャッチした。


「ちょ、いきなり外さないでよ…その、恥ずかしいじゃない」


 スレイは、耳まで真っ赤にして怒るエリナを受け流しながら、サリアに任せたと言い残して二階への階段を上り始めた。中途半端に聡い彼女ならば、意味を理解してくれる筈だろう。


「さてと…エリナさんのフードも私が回収しましたし…こっちは私に任せて、スレイさんは2階の男性用のコーナーで衣服を選んできてください!大丈夫です。エリナさんは私がばっちりコーディネートしますから!!」


 エリナの可愛らしい悲鳴などが聞こえてきたが、スレイは何も聞こえなかったことにして二階で衣服を選び始める。

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