第9話

 少しずつ、空が白んでいく。朝が近い。

 そんな中、美明は恐る恐る倒れ伏した龍に近付いた。

「殺し……ちゃったの……?」

 その問いに、紅福はあくびをしながら首を振った。

「煉は死神龍じゃなくて、その息子だ。いくら強くても、一撃で龍を殺すほどの力は持ってねぇよ。……まぁ、龍士との契約が切れた今だと、殺しちまうかもしれねぇけどな……」

「……それ、どういう意味?」

 物騒な言葉に美明が問うと、横から煉がにゅっと顔を出した。そして、「ここ見て!」と言いながら豪の額を指差して見せる。

「? そこって、確かさっき煉君が、紅福君に攻撃するよう指示された場所よね?」

「うん! 今は焼け焦げて消えちゃったんだけどね。さっきまではここに、紋様があったんだ」

「紋様?」

 美明が首を傾げると、紅福が「そう」と答えた。あくびをかみ殺している。

「龍と龍士を繋ぐ、契約の紋様さ。見せただろ? 俺の腕にあったアレだよ。アレがどっちか片方でも何らかの理由で消えると、龍と龍士の契約は無かった事になる。そうすると、龍は龍士から力を分けてもらえなくなるからな。攻撃力も防御力も下がるんだよ」

「そうなの……」

 美明が頷いていると、煉が「ところでさ……」と口を挟んできた。

「龍士と言えば、このヒト、どうするの? 兄ちゃん」

「ん? あぁ、こいつか」

 そう言って紅福が見た先には、縄でぐるぐる巻きにされ、芋虫のように転がっている丁文英がいた。

「くそぅっ! 放せクソガキ! 私をどうするつもりだっ!」

 ジタバタしている姿は、本当に芋虫のようである。ただし、芋虫と違って全く可愛くない。むしろ、苛立ちすら感じる。

「何よ、偉そうに! 龍がいなければ、何もできないくせに!」

 今までされた事と、この苛立つ姿が相まって、思わず美明は文英を怒鳴りつけた。今にも殴りかかりそうな美明を、煉が「まぁまぁ」と宥める。……が、その後煉はにこやかに言った。

「落ち着いてよ、お姉ちゃん。もっとも……僕もどっちかと言うと、今すぐこのオジサンをウェルダンにしちゃいたい気分なんだけどね」

 亡き父と母を罵倒された怒りは忘れていないようだ。煉から少しだけ蒸気が立ち上ったのを見て、文英は「ヒィッ! お助け……っ!」と縮み上がっている。

「まぁまぁ。落ち着けって、二人とも。……ところで、美明にオッサン? 何かおかしいと思わねぇか?」

「え?」

「何?」

 二人揃って首を傾げた様に苦笑しながら、紅福は言う。

「いくら少ないとは言え、この村には美明以外にも村人がいるんだぜ? それが、あの騒ぎで一人も出てこないなんてよ」

「そう言えば……」

「お、おいクソガキ! 一体何を企んでいる!?」

 先ほどまでの威勢はどこへやら。文英は完全にビビっている。その様子に、紅福はニヤリと嗤った。

「煉」

「うん! みんな、こっちだよー!」

 煉が、朗らかな声で遠くに声をかけた。すると、目を丸くしている美明と文英の前に、村の老人達がぞろぞろと現れる。

 老人達は文英の顔を見ると、口ぐちに声を発する。

「確かにこいつだ……半年前に俺の家を壊しやがったのは……!」

「間違い無いねぇ。こいつのせいで、アタシの息子も孫を連れて出ていっちまったんだよ」

「お陰で、村は随分と寂れてしまったわい……」

「本当、全ての諸悪の根源だよな」

「みんな!?」

 目を丸くしたまま美明が呼ぶと、老人達はみな振り向き、ニッコリと笑って見せた。そのそばで、紅福はくっくっくと楽しそうに笑っている。

「正解は、最後のイベントのために物陰で控えてもらっていた……でしたー! そういう風に説得してたから遅くなっちまったんだよなぁ。美明達の前に現れるの」

「イベント?」

 紅福の言っている意味がわからず、美明は首を傾げた。そして、意味がわかったらしい文英は顔を真っ青にしている。

「ま、まさか……」

「そ! その、まさか!」

 煉が楽しそうに頷き、紅福がニヤリと嗤った。

「村のご老人達による年季の入った説教に、職業漁師な海の男史さんと、荒っぽさが売りな大工の回さんによる深い味わいの拳……最高級の袋叩きフルコースをたっっっっぷりとご堪能下さいませ、お客様?」

 その顔はとても黒く。その顔はとても楽しそうで。そしてその背後に控えた老人達は、ある者は指をポキポキと鳴らし、ある者はまずは何から言ってやろうかと言葉を選んでいる。

「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 文英の叫び声が、辺りに響く。その声に驚いたのか、数羽の小鳥が木から勢い良く飛び立った。

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