第2話:知らない天井

血だまりの中の一人の青年。こちらを見ている彼の表情からは何の感情も見て取れない。

黒いコートと髪の毛をたなびかせ、死体の傍に立つ彼はさながら死神だ。

そんな彼を何故か怖いとは思わなかった。

むしろ、あの赤い両目に込み上げてきたのは言いようのない懐かしさだった。



梓は重い瞼を開ける。微睡まどろむ頭で見上げる天井は知らない物だった。

横になったまま部屋を見回す。ヨーロッパの貴賓室ってこんな感じだろうか?と、そう思わせるような部屋だった。

広い部屋に置かれているのは高そうな家具に高そうな寝台、上から垂れているのは天蓋だと数秒固まって気が付いた。ついでに照明器具はシャンデリアだ。

「どこだっけ、ここ…」

酷く記憶があいまいだ。部活を終えて帰っている途中までの記憶しかない。

ゆっくりと体を起こして、今度は自分の状況を確認する。腕にある傷を見つけ、それを一撫でした。

「どうしてこんなところに?」

「お嬢さん、起きてるかな? 入るよ」

「え? あ、はいっ!」

扉の向こうから何処かで聞いたことがある声がして、梓は咄嗟に返事をする。

すると扉の向こうから現れたのは人懐っこそうな猫目の青年。ふわふわの茶色い髪の毛をみて、梓は息をのんだ。頭の霞が少し晴れる。

「ゆ、誘拐の!」

「俺は助けたほうなんだけどなー」

「あ、ごめんなさい! あの時はありがとうございました!」

苦笑いをした彼に慌てて頭を下げる。そうだ彼は命の恩人だ。

「お礼はいいよ。あれは俺の仕事だったしね。それに俺たちもアイツらとあまり変わらないからさ」

「え?」

「俺はすばる。これからよろしくね梓ちゃん」

差し出された右手を掴む。そしてふと気づいた。

「あの、どうして私の名前を?」

「うん。じゃぁ、順を追って説明するね。でも、その前に…。二人とも!入っていいよ!」

そう扉の方に呼びかけると、そこからポニーテールの女性が入ってきた。中性的な顔立ちに切れ長の瞳。身長も高く足が長い、清潔そうな白い詰襟の服がよく似合っている女性だ。

そして、その後ろから続いて入ってきたのは。

「お父さんっ!」

「梓っ!」

梓の父だった。くたびれた白衣にぼさぼさの髪の毛、曇ったメガネの奥には大粒の涙が溜まった瞳。

駆け寄った父は梓を抱きしめた。

「大丈夫だったか? どこも怪我してないか? なにもされてないか?」

「だ、大丈夫だよ! 私どこも怪我してないし、昴さんに助けてもらったから!」

「そうか!よかった。本当によかった。…すまない。すまなかった。梓。私が…っ!」

「お、お父さん! どうしたのっ!?」

父が肩に顔を埋めて泣いていた。初めて見る父の涙に梓は狼狽える。そんな状況を尻目に昴は話を続けた。

「紹介するね。こっちの綺麗な女性がいち。君の護衛役だ」

昴がポニーテールの女性を指してそう言う。紹介された彼女は軽くこちらに向かって会釈する。

そして、今度は梓の肩で泣く父を指さした。

「そして、君の肩で泣いてるその人は、…青側の要請で君を造り、そして連れ去った誘拐犯だ」

全ての時が停止した。言ってることが何一つ理解できない。護衛とは何に対してなのか?造るというのはどういう事なのか?誘拐犯とは誰の事なのか?

「…何を言ってるんですか?」


「君は、吸血鬼という存在を信じているかい?」


彼の眼はいたって真剣だった。

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