第七話「旅のご隠居様と 前編」

 昔々一人の浪人が旅をしていた。

 旅の合間に用心棒などして食い扶持を稼ぎながら仕官の口を探してたが

 ひょんなことからまあ色々とあって。

 浪人石見彦右衛門の旅はまだ続いている。



「はあ、まだ光らんのかこの数珠」

 彦右衛門は今日も仕官を求めて旅していた。

「四国は伊予まで来たが、ん?」


 遠くの方から剣戟の音が聞こえてきた。

「なんだ? 行ってみるか」

 音のする方へと向かった。


「でやあああ!」

「はっ!」

 そこでは町人風の男二人が妖怪らしきものと戦っていた。

 よく見ると一人の老人を守りながら戦っているようだ。

「ご隠居! ここは我らに任せてお逃げください!」

「何を言うか、お前さん達を置いて逃げるわけには」


「む、あの二人相当な手練れのようだが、ご老人を守りながらでは……よし」

 彦右衛門は戦場へ駆けて行った。


「奥州浪人石見彦右衛門、助太刀いたす!」

 彦右衛門は妖怪を一刀両断にしながら叫んだ。

「おお、かたじけない!」

 町人風の男の一人が言った。

「さあ、一気に片を」

「おう!」

 



「いやいやお侍様、危ないところをありがとうございました」

 老人が彦右衛門に礼を言った。

「いえ、礼には及びません。しかしなぜ妖怪に?」

「さて? 何故なのか私にもわからんのですじゃ」

「ごろ、いやご隠居。もしや……のしわざでは?」

「いくらなんでもそれはないじゃろ」

「しかし」

「憶測でものを言うてはいかん」

「はっ」


「あの、もし」

 彦右衛門はおそるおそる話しかけた。

「おお、失礼致しました。ああ、申し遅れましたが手前は越後のちりめん問屋の隠居で光右衛門みつえもんと申します」

「私は手代の助三郎すけさぶろうと」

「せっ、いや私は同じく手代の格之進かくのしんです」


「あの、お供の方」

 彦右衛門が供の二人に話しかける。

「はい?」

「身分を隠すなら町人より浪人の用心棒とかの方がよかったのでは? 少し地が出てるようですぞ」


 二人は驚きの表情を浮かべた。

「それにご隠居様がどなたなのかはなんとなく察してますが、今はちりめん問屋のご隠居様という事ですね」

「ええ、そういう事にしておいてくだされ」

 光右衛門は顔に笑みを浮かべて言った。


「はい。ところでご隠居様、どうしてこんなところまで」

「いや、讃岐へ養子に出した息子に会いに行ったついでに道後温泉にでも行こうかと思いましての」

「そうでしたか」

「彦右衛門さんはどうして?」

 助三郎が尋ねてきた。

「拙者は仕官を求めて諸国を旅していますがどこもだめで。これから松山の方まで行こうかと」

「さようですか、それはそれは……そうじゃ、もしよければ途中までご一緒してもよろしいかな」

「え?」

「旅は道連れと申しますでの」

「はあ。まあ、拙者は構いませぬが」

「ご隠居」

「いいじゃないですか助さん」

「……わかりました」


 こうして彦右衛門はちりめん問屋のご隠居とそのお供と一緒に伊予松山へと向かった。

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