研究部の真実
研究部の真実 1
俺たちは朝一番で呼び出しを受け、田村先生から開口一番、耳を疑うようなことを聞かれた。
「お前たち、多目的室の鍵を知らないか?」
「……それどういうことですか?」
多目的室の鍵はとっくに見つけたではないか。それを今さらのように蒸し返される義理はない。
「いや、お前たちではないと思っている。まさか1年生が入学早々こんないたずらを思いつくとは思わないよ。
――実は多目的室の鍵がすり替えられているんだ」
「それ本当ですか?」
澄香が心配そうに田村先生に聞く。
「ああ。川崎先生が多目的室を開錠しようとしたら多目的室の鍵なのに鍵穴に入らないと報告してきてな。おかしいと思って実際に行って、川崎先生の持っていた鍵を鍵穴に突っ込もうとしたら鍵が入らないんだよ。よく見たら明らかに教室用の鍵じゃない。この前俺が鍵をなくしたとこもバレちまったから、心当たりのある奴に片っ端から聞いてこい、とな。誰か心当たりのある者は?」
俺を含めた1年生3人は高瀬先輩を見やる。あの時鍵を触ったのは高瀬先輩と田村先生だけだ。何かわかるとしたら高瀬先輩だけであろう。
高瀬先輩は「何も知りません」と首を横に振った。
「そりゃあそうですよ。ならドアの隙間に挟まっていたのはおかしいし、高瀬先輩が鍵を持っていた時間はほんの2,3分じゃないですか」
篤志の言葉に田村先生は「まあそうなんだがなあ」と腕を組んだ。
「その前日はお前らを帰した後すぐに俺が閉めたから鍵をすりかえた時点でわかるけれどな。でもその時点で既にすり替えられていたかもしれないと言い出す奴がいるから、とりあえずお前たちを呼び出して話を聞こうとしただけだ。何もないなら忘れてくれ。ああ、後多目的室はしばらく生徒の出入りを禁止するそうだ。教師の許可があってもダメだと。面倒なことになったな」
田村先生はそう言って頭を抱えている。
「よかったら、その鍵を見せてくれませんか」
高瀬先輩が言うと、田村先生は「ああ、構わないよ」と鍵の金庫らしき扉を開けた。田村先生は扉を開いたまま3秒間停止するとすぐに扉を閉めた。パッパと手を叩くと自分の胸、腹、腰と順番に叩いて行き、ズボンの右ポケット、そして左ポケットの中に手を突っ込んだまま硬直した。どこかで見たことのあるルーティーンだ。
「ちょっと聞いてくるわ」
そう言って田村先生は職員たちの方へ行ってしまった。
「おや、蓬莱君」
そう言って俺に声をかけてきたのは増田教頭先生だった。俺たちが田村先生との話が終わるのを待っていたのかもしれない。俺は「どうも」と挨拶をした。
「蓬莱先生の件は何かわかりましたか?」
「いえ。協力してもらって調べましたが研究部の顧問であったということしか」
増田教頭先生は一瞬目を見開いた。
「おや、研究部は見つかったのですか」
そう言って増田教頭先生は高瀬先輩の方を見た。高瀬先輩は目を逸らしながらこう言った。
「……ご存じなかったんですね」
「まあ私も教員時代から数えて6年はいますが、研究部は非公式な部活と聞いているので」
そう言って増田教頭先生も体を俺たちから背けようとする。行ってしまう前に、俺は声をかけた。
「父さん……蓬莱先生のことを知っている先生って今何人久葉中に残っているんですか?」
教頭先生は少し間を開けた後にこう言った。
「私以外ですと2年の国語科の
「随分少ないですね」と澄香が言う。
「あれから3年も経ちましたからね。実技科目の先生もだいぶ異動がありましたし、何より定年を迎えられる方も多かったので」
「そういえば教頭先生って何の教科の先生なんですか?」
俺は思い切って聞いてみた。
「私は技術科を教えていました。もう少しで1時間目が始まりますから、早く各々の教室に戻りなさい」
はい、と返事すると、増田教頭先生は「何ですか?」と職員たちの輪に入っていく。教室の鍵がすり替えられていたのは一大事だ。本当はそちらを優先しなくてはいけない。
「鍵がないとはどういうことですか!」
急に発せられた増田教頭先生の声に俺たちは一斉に振り返った。
「多目的室の鍵じゃない鍵もないんです」と1人の職員が説明している。増田教頭先生は金庫の中を開け、中を見ると閉じた。すぐに俺たちの気配に気づいたのか、こちらを振り返った。
「君たちはいいから」
俺たちはほぼ強制的に職員室から追い出された。職員室を出てから気付いた。父さんは何か大事なものをなくしたのではないだろうか?
「元気、危ない!」
澄香の声がして前を見ると、大量の紙が見えた。「すみません」と言ってよける。紙にほんのり熱がこもっているのか生暖かい空気が横切った。
「ごめんなさい」と森永先生の声が聞こえる。どうやらプリントのコピーをしてきたばかりのようだった。
「前見て歩いた方がいいぞ」と篤志に言われる。
「そうだな」と返事をすると、俺たちは教室に向かうため階段を上っていった。
俺の心配をはるかに超える大惨事が待っているとも知らずに。
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