研究部を探せ 7
「え? ……あ、昨日はどうも」
その彼も一瞬驚いたそぶりを見せたが、すぐにああ、と思いだしたようだ。
「職員室まで辿り着けました?」
「はい」
澄香は「この人が?」と耳打ちしてくるし、田村先生は「本当に人がいたのか……」と声を漏らしている。
「あれ?」と篤志が彼の顔を覗き込んだ。
「もしかして、
篤志にそう聞かれて、彼は篤志の方を向いた。彼はすぐに篤志のことが分かったようで、すぐに「篤志君、久しぶりだね」と答えた。
「え、冬樹さん、じゃない、冬樹先輩って久葉中に来たんですか?」
篤志は冬樹先輩、といわれた彼に歩み寄った。彼は口角を上げて微笑むと、「都合でね」と答えた。
「そうか、篤志君は高浜小だからか。元気そうでなにより」
「冬樹先輩もです」
篤志のあんな自然な笑顔を見たことはなかった。おそらく2人は篤志が横光小にいた時に知り合ったのだろう。もともと自分のことを探られることを嫌っていたので心配していたが、それは杞憂だったかなと思った。
篤志は俺と澄香の方を向いた。
「元気の道案内をした人って、冬樹先輩のことだったのか?」
「そう、この人」
「そりゃ教えてくれるわ」と篤志はつぶやいた。
「一体全体君はどこの誰でこの教室にどうやって入って何をしていたんだ?」と田村先生が早口言葉を唱えるかのように聞くと、彼はまあそうですよね、と頷いた。
「俺は2年A組の
冬樹先輩はこう言って中から一冊の冊子を取り出してきた。それは印刷した紙をホッチキスで留めただけの冊子だった。
「何ですか、それ?」
澄香が聞くと、「文集だよ」と澄香に表紙を見せた。俺も覗き込むと「どうぞ」と言われたので受け取った。
「そうしたらものすごい勢いで誰かがドアを叩くものだから机を動かしてみたら、これが挟まっていましたから」といって彼は右手の中指にかけていたものを外して見せた。
「この教室の鍵じゃないか!」と田村先生は叫んだ。
彼は鍵を田村先生に渡した。田村先生は鍵をしげしげと眺めると、「どうしてこんなところに?」とつぶやいた。
「もともと机の上にあったものが、俺が机を動かしたときに落ちたか、あるいは引っかかったかして隙間に挟まっちゃったんじゃないんですかね」
つまり、彼が机を動かしたことで鍵が運悪くドアの隙間に挟まった、ということだろう。
「ということは俺は鍵をこの教室の机に置きっぱにしてきたってことか――」
田村先生は膝から落ちて行ったが、鍵が見つかったことでよっぽど安心したのか鍵を眺める表情は穏やかそのものだった。
俺もやれやれと一息つこうと手渡してくれた冊子を見た。『ー震災に寄せてー 久葉中研究部』と書かれている。研究部?
「これって一体何ですか!?」
俺は彼に詰め寄った。あまりの剣幕だったのだろうか彼は一歩後ずさりした。
「ええと、それは震災に関する資料を読んで考えたことを書くと言うものを活動の一環として行ったことがあるらしく、卒業生のものだしはっきり言えば捨ててもいいとおっしゃられたのだけれど、一応記念として取っておかなければと――
だからこの教室に研究部員として探しにきたらこういうことに――」
「もしかしてあなたが研究部の方ですか!?」
「――はい」
「実は研究部を探していたんです!」
そう、今まさに研究部の人に会えたのだ。いろいろ聞かなければならないことがある。俺は彼の顔をじっと見つめた。
「蓬莱哲也っていう先生を知っていますか?」
彼は俺のことをじっと見ている。何秒かの沈黙の後、口を開いた。
「聞いたことはあります。以前研究部の顧問をされていたとか。でも、他には何も」
割と強めの口調できっぱりと言った。田村先生の言うように、今の部員では何も知らないのかもしれない。
「あー、でも研究部の活動の様子は少しまとめてあるから見てみた方がいいかもしれないね。残念ながら少ないけれど」と彼は付け足した。
田村先生が「それは明日以降」とたしなめた。
「もう5時だから。君たちは帰りなさい」
「えっ、もうですか?」と澄香が聞く。今は仮入部期間なので、1年生の最終下校時刻が5時と早いのだ。
「では、明日見せてもらえますか?」と聞いた。もちろん、と彼は答えた。
「でも部室はここじゃないんだ。普段は講義室1で活動している」
ちょうどこの廊下をまっすぐ行ったところのすぐの教室だよ、と教えてくれた。
「明日行きます」と俺は答えた。
ほら3人とも、と田村先生に急かされながら、俺たちは夕日で照らされた廊下をかけて行った。
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