新入生への挑戦状 2
結局父さんがいた頃の記録としては『ー震災に寄せてー 久葉中学校研究部』のみで、当時の活動を示す資料は残っていなかった。
俺は昨日交わした約束通り、父親である蓬莱哲也に関する情報を得ようと研究部を訪ねた。同じく研究部に興味を持った澄香と篤志は、俺が方向音痴であることを心配したため、活動場所である講義室1まで一緒に来て資料探しを手伝ってくれたのだ。2人とも父さんの失踪の件は知っているから協力をしてくれたのはありがたかった。
「全くないね」と澄香がつぶやく。
「普通は本人が書いたものは本人が持っているか……」と篤志はぼやいた。
「2人とも俺に付き合ってくれるのはいいけど……本当に部活見学に行かなくていいのか?」
「いいの。私も、研究部を見たいと思ったから」と澄香が言う。
「まあ、僕も他の部には入部する気にはなれないからね」と篤志は言った。
俺は『ー震災に寄せてー 久葉中学校研究部』のあとがきを読み返す。
みなさん今回の震災で多少なりとも自然災害の恐怖を感じたり、防災の大切さについて分かったと思います。
でも、大切なのは残った人間がどう生きるかです。今回の悲劇を受けてどのように生きていくかです。改めて防災のために自分たちに何ができるかを考え実践する、家族や友人と話し合う、今後の世代に災害の怖さを伝える、そういったことを今後していきたい、このようなことが皆さんの書いた文集を読んでいて感じられました。それは素晴らしいことです。
震災は人々の命を奪います。人々の暮らしを変えてしまいます。生き残ったとしても困難な状況が待っているのです。その時には、自分で生きる力を身に着けていかなければなりません。誰とでも協力しあえなければなりません。人間1人で生きていくには限界があります。だから普段から災害を意識し、協力し合わなければならないのです。
最後に、災害はいつどこで起きるかわかりません。誰もが災害に巻き込まれる可能性があるのです。そのことを忘れないでほしいと思います。
――久葉中研究部顧問 蓬莱哲也
父さんが書いたと思われる部分はこのあとがきのみ。失踪と関わりそうな部分は全くない。
「3人とも気は済んだ?」と研究部部長の高瀬先輩が俺たちに聞いてきた。昨日は初対面だったから敬語を使っていたようだが、今日は篤志が助言したのもあって俺たちに対して敬語を使わず話している。上級生だからそれでいいのだろうとは思う。
「まあ、はい。――ありがとうございました」
俺は頭を下げた。手間も時間も割いてくれたのはありがたかったが、少ないとは言っていたがかき集めてくれた分がこれだけという内心がっかりした気持ちもあった。似たような文集が5冊と広報用の新聞らしきものが1年分しかなかったのだ。
「昨日の教室って何だったんですか?」
「去年まで部室として使っていた教室だよ。去年まではAudio Visual Room、つまり視聴覚室にするつもりだったらしいけれど生憎万田市の予算の都合でタブレット等が用意できなかったみたいでね。今は多目的室っていう名前の付いた教具室だよ。それでこの看板も合わせて作られたんだけれど、結局研究部で引き取るよう言われた」
高瀬先輩はこう言いながら広げた資料の隅に紛れて転がっている『Radio』の看板をちらと見ながら持っていたシャープペンシルで机に『Audio Visual Room』と俺たちに見えるように書いた。つまり、『Radio』ではなく『Audio』だったわけか。
「じゃあ、この資料ってどこにあったものなんですか?」と篤志が聞いた。
高瀬先輩は机に書いた文字を消し終わると、窓際にある職員用の机を指さした。
「あの引き出しに収まる分だけ保管ができるんだ。……実はあの机のみ研究部の優先使用を許可されていて、補習とか他の目的で使用する団体がいる場合はそちらが優先なんだ」
「そう、なんですか?」
なんて待遇の悪い。非公式の部活とはそういう扱いをされるものなのかな。
「そういえば顧問の先生も去年ちょうど転任されてね。引き継ぎがうまく行われなかったのか今は顧問がいないから先生方から当時の話を聞くことも難しいかな。非公式だから顧問が必要なわけではないけれどね」
「その先生は今どこに?」
「カンボジアの日本人学校だそうだよ。最も、久葉中には1年しかいなかったそうだし、その前の年までは顧問不在だったみたいだけれど」
それでは話を聞くことも難しいうえに何も知らない可能性が高いだろう。俺は「そうなんですか」と答えるしかなかった。
「研究部ってどんな活動をしているんですか?」
澄香が質問をした。
「ああ、そうだね。基本的に何をするかは自由だけれど、部員同士で協力を仰ぐこともままあるよ。去年までは奉仕作業とか学校行事の手伝いとかが多かったかな。去年卒業していった先輩たちは自分たちの力で学校をより良いものにしていこうという熱意を持った人が多かったから」
研究部という名前にしては活動内容が随分行動的だ。きっと高瀬先輩もそれなりの熱意があって入部したのだろう。
「そういえば冬樹先輩、研究部の他の部員はどこにいるんですか?」と篤志が聞いた。そういえばこの教室にいるのはこの4人だけだ。
「部員は俺1人だけだよ。去年は3年生が5人、1年生も俺を含めて3人いたんだ。そもそも紹介の機会がないから今年新入生で見学に来たのも篤志君たちだけ。よく研究部のことを知っていたね」と答えた。
「増田教頭先生から話を聞きました。父さん、蓬莱先生が顧問をしていたと」
「増田教頭先生、か――」
高瀬先輩は上唇に指を当てたまま閉口した。何か考えだしたのだろうか。
「どうかしましたか?」
俺は高瀬先輩に聞いた。
「いや、増田教頭先生は去年から教頭になったそうだけれど、それまでここで教員をやっていたみたいだからね。一番久葉中に長く勤めているのって増田教頭先生かなと思ったんだ。確かに、研究部のことは知っているかもしれないね。他に何か聞きたいことは?」
俺たちは顔を見合わせた。俺は父さんのことについて何も知らないことがわかったのだ。2人も特別不満があるわけではないようで、黙って高瀬先輩を見ている。
「じゃあ片づけるね」と高瀬先輩は資料を集め始めた。俺たち3人も高瀬先輩が資料を確認している間に机の中も一応確認する。
「あれ?」
篤志が「どうした?」と聞く。
「この机中に何か入っているぞ」
俺がそういうと、篤志と澄香が近づいてきたので3人で机の引き出しを覗いた。
「本当だ」
「何だろう?」
2人をよそに机の中身を取り出すと、1年生の英語のワークが2冊、メガネケース、そして手紙が入っていた。なぜかワークのうち1冊には紙が挟まっている。ざっと表面だけ確認してみたが名前が書かれていない。
「誰かの忘れ物だな。一応職員室に届けておくか?」と篤志が聞く。ワークや手紙はともかくメガネケースは開けてみなければ中身の価値が分からない。一応職員室に届けるべきだろう。しかし、俺は手紙を手に取って言った。
「俺は本人に渡したい」
この手紙はルーズリーフを折っただけのかなり簡易的なものだ。でも、相手が読んでいないのだとすれば届けたいと思う。
「――私も、本人に届けたいな」と澄香がつぶやいた。
俺たちを見かねたのか、近くに寄ってきた高瀬先輩はこう言った。
「その荷物、届けたいのなら研究部として協力するよ」
「――研究部として、ですか?」
「本来は職員室に届けるのが筋だけれども、2人が言うのなら協力するよ。
研究部の活動内容の1つに生徒からの頼まれごとを引き受けることがある。これが一番の活動内容でもあるし、基本的に研究部全員での活動になるんだ」
「そうなんですか?」と俺は驚いた。澄香も篤志も目を見開いている。
「ただし」と高瀬先輩は3人の前に人差し指を立てた。
「今回は3人の協力が必要だね」
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