一二
「レティ、見えてきましたわ。あれが大陸最大の国デルリフィーナの帝都ですのよ」
途中街や村に幾度も立ち寄ることおよそ一週間。
魔法の恩恵に加え、要所として指定された街道はしっかりと舗装されたいたこともあり、馬車は彼の世界の自動車の如き速度で道中を走ってきた。
時速にすれば五十キロ少々。一日中走っていた訳ではないが、それでも距離に直せば実に三千キロを優に超えるだろう。
そして終に馬車の旅は終わりを向かえ、窓から見える視界には帝都の姿が見え始めていた。
「なるほどの。帝都と呼ぶだけはあるではないか。妾が思っていた以上の大きさよな」
「当たり前ですわ。帝都とは即ち国の要ですのよ。言い換えれば象徴ですもの、許せる限りに立派な形で作られているわ」
レティーシアの言葉にどこか誇らしげにメリルが語る。
事実遠目から見える帝都は予想以上に巨大であった。
それこそ想像していた姿を裏切る程に。自然漏れ出た声にも驚きの響きが混じる。
「あの巨大な外壁は差し詰め戦争用兼強力な魔物用と言ったところであろうか?」
窓から見える帝都。その中でも一際際立った存在である外壁。
高さは判然としないが、恐らくは数十メートル規模にもなるだろう。
殆どの建物がそれにより遮られており、帝都と呼ぶより城塞都市と呼称した方がしっくりくるほどだ。
「ええ、そのとおりですわ。一定以上の規模の都市なら備わっているものですのよ。戦争時の守りとしては無論、時折迷い出る強力な魔物の固体に対する防壁として、数百年以上帝都を守って来たのですわ」
続けざまにそれこそ我が事のように語り出す。
外壁の厚さは数メートルにも及び、材質は通常の石ではなくトート鉱と呼ばれるものであること。
更には幾つもの魔道具により魔法的保護を掛けられていること。
監視塔からは常駐軍が目を光らせており、緊急の際には、国宝の魔道具や虎の子の魔法軍団による都市そのものを結界隔離することまで様々である。
一見過剰にも見える防衛機構であったが、その内実どの国でも程度の差はあれ近いことが行われている。
前提として、人が星の覇者ではないことを考えれば至極当然のことだろう。
最高クラスの冒険者、つまり実力者であろうとも勝てない強力な魔物の固体が居るのがこの世界なのだから。
取れる防御の手段が多いにこしたことは決して無駄ではない。
「ふむ、なるほどの……」
言われて見ればディルザング商業都市にも外壁はあった。
レティーシアの世界でもない訳ではなかったが、ヴェルクマイスターでは見かけないものである。
魔術的守備に主眼が置かれていることもあるが、そもそも夜の国を脅かす存在が世界に居ないことこそが最大の要因だろう。
知識としては知れども、予想以上に巨大な外壁は知的好奇心を刺激する代物だ。
「あら、何かしら? 検問所の方が少し騒がしいわね」
メリルの言葉にレティーシアも視線を向ければ近づいてきた巨大な外壁、その正面に設けられた正門。
金属の重厚であり装飾華美な門の前には多くの列が発生している。
ざっと数えただけで数十名は検問待ちのようだ。
国の紋章をあしらった鎧を身に着けた衛兵が慌しく動き回り、荷の確認、身分証の有無を調べている。
「検問にしてはでも少し大雑把ですし……」
「妾から見てもそう映るぞ。犯罪者などを入れたくないと言ったところより、何か外的要素に脅えているといったとろこかの」
メリルが知るより多くの衛兵が門を固め、近くを哨戒している者まで見える。
荷の確認もかなり雑であるし、一番妙なのは入る者は居ても、出る者が居ないことだろうか。
明らかに何かを警戒している様子であった。
更に近づけばざわめきが一層酷くなり、検問待ちの者からは焦りが見て取れる。
不思議に思いつつも列の最後尾で馬車が停まると、責任者と思わしき、一目で分かる豪奢な鎧を着けた騎士が近づいてきた。
「現在第二級警戒態勢により、速やかな荷及び身分の確認を急いでおります! 貴族の馬車とお見受け致しますが、公的身分を示す物をお持ちでありましょうか?」
「馬車の家紋で分かりませんか?」
馬車を操っている御者が対応に応じると、騎士が改めて馬車に装飾された家紋を見る。
少しの逡巡の後、その顔が驚きに染まり、拳を胸に、腕を水平に構える礼を取る。
家紋の偽称は非常に重い刑法が適用される為、よほどの犯罪行為でもない限り行われない。
普段なら貴族とは言えもう一歩踏み込むところだが、現状がそれを許してくれなかった。
「ハッ! 失礼を致しました!! ブロウシア家の馬車で御座いましたか。中の貴人は党首殿であられますか?」
「いえ、第一子の長女、次期党首のメリル様及び第二子のレティーシア様で御座います」
御者の応えに騎士が再度礼を取る。
比較的若い者であるらしく、侯爵家だと判明したばかりか中に居るのがその次期党首どころか、第二子とまできた。
緊張に強張った口はしかし、何かに急かされるように動き出す。
「後ろの馬車は護衛の方々で相違ありませんか?」
「はい、違いありません」
「申し訳ありませんが念のために今回、帝都を訪れた理由を尋ねても?」
「シュバリエの叙勲の為で御座います。こちらが招待状です」
真紅の招待状が御者から騎士に渡る。
封に押された蝋の印は間違いようもない王家のものだ。
特殊な製法で作られた印はそもそも技術的に偽称が難しい。
例え可能であったとしても、バレれば死罪かそれに応じた厳しい罰が下るだろう。
それらを知る騎士は招待状を本物だと判定。深いお辞儀と一つ、そして礼をとってみせる。
「確認致しました。本来なら口止めされてしかるべきことなのですが……どこからか漏れでたようなので、この際お話しておきます。現在帝都郊外にて、“
御者が情報に感謝を告げると、そのまま騎士が列の脇から馬車を通らせてくれる。
この辺りは貴族に対する優先権と言ったところであり、公的に高い身分を持つ者なら適応される。
他の者にも情報は伝わっているのか、悠々と帝都へと入っていくレティーシア達に恨めしげな視線が集中していく。
レティーシアこそ気にした素振りは全く持って見せないが、メリルは幾分顔をしかめてしまう。
社交界においても注目の視線、嫉妬の類は数多く経験してきたが、今のような嫉みの視線はやはり気持ちのいいものではなかった。
「でも
「幾つか可能性はあるが、今のところ確率的に高いのは、禁止領域区での戦闘で追い立てられた個体と言ったところであろうか」
「そんなに派手なものだったの、レティ?」
「絶対とは言い切れぬがの。少なくとも、ありえる程度には激しいものであった」
なんせあの機械人形達が扱っていた兵器は、破壊力だけで見るなら実に有用なものばかりであった。
使用された兵器だけでも
使われていない兵器の中にはクラスター系まであり、広範囲殲滅兵器に分類されるものを使えば、小型の町村など瞬く間に蹂躙されるだろう。
実際プラズマブラスターなどは、たった一発で半径五十~百メートル近い周囲を崩壊させていた。
電磁投射砲だって、幅こそ狭いが、その飛距離と合わせれば相当なものになる。
それらは破壊力に比して轟音を伴うものも多く、強力な固体の一体や二体、あの周囲から逃げ出していたとしても可笑しくない。
「後は偶然であるか、考えたくないものとしては、既に第二陣だか第三陣かは分からぬが、後発隊が出撃していた場合であろう」
「でも、それなら空間の揺らぎが発生するわ。それでエンデリックは先の出現を察知したのでしょう?」
「範囲外で今度は現れたと言う可能性、あるいは何か対策を施してきたとも考えうる。相手は魔法魔術によらぬ技術で、遥か先を行っておるのだ、後者とて不思議はなかろう?」
「……そうね。レティから聞いた話、どれも正直信じがたいですもの」
そう言って苦い表情をメリルが見せる。
レティーシアが言うにはそんな魔術魔法に頼らない技術を総称し、科学と呼ぶらしい。
その分野において相手はそれこそ千年レベルで先を行くと言う。
それも科学を発展させる気があっての場合であり、そうでなければそれ以上の差がるだろうとは、レティーシアの言だ。
「一応破損はしておるが、残骸はエンデリックに提出しておる。まぁ……解析できるとは到底思えぬがな」
その言葉にメリルはどう答えればいいか分からなかった。
確かにエンデリック学園は特殊な機関だし、集まった人材も各分野で優秀な成績を誇る者達ばかりだ。
だが、それをもってしてもきっと大丈夫ですわ! なんてことは言えなかった。
それだけの印象を受け取ったのもあるが、現状ではどうしようもないという現象を、レティーシアと一緒に過ごすうちに知ったのが大きい。
とくにアルイッドの一件はその最たるものだろう。あのような環境下において、自らがどれだけ無力であるのかを、メリルは痛いほど痛感したばかりである。
「メリル様、レティーシア様。馬車停留場に尽きました」
前方の開閉式の窓、それが開き、御者が静かに告げる。
レティーシアが周囲を見渡せばなる程。周囲には多くの馬車が停留しているのが窺えた。
「まぁ、今このようなことを考えてもせんなきことであろうよ」
降りかかる火の粉なら叩き落すのがレティーシアの主義だが、まだ確実にそうと決まった訳ではない。
いや、今回ばかりは介入する気満々であったが、それを表立っては表すつもりがなかった。
「どちらにしても、叙勲式で接触はありますものね」
「相違あるまい。わざわざ先に妾達を呼んだのもきな臭いゆえな。と言っても、それも今は置いといて構うまい?」
「ええ。予定より二日早く到着してしまったんですもの。折角だから、レティに全部は無理でも帝都を案内してあげたいわ」
帝都の広さはそれこそエンデリックをも容易に凌ぐ。
全てを回ろうと思えば、一日二日では到底足りないだろう。
「シェリー、それじゃあ馬車お願いね。渡したお金で適当に遊んでても構いませんわ」
「はい、寛大な処置感謝致します。それでは失礼致します、メリルお嬢様、レティーシアお嬢様」
ぺこりと頭を下げ、シェリーと呼ばれた御者が少し遠くに見える建物へと向かっていく。
御者の宿泊施設を兼ねた、停留場の支払い場である。
その様子を見守っていた一人の騎士が一歩進み出、そのまま礼をとる。
「失礼します!」
「貴方達もごくろう様でしたわ」
「いいえ、名高きブロウシア家のご息女方を護送できたのです。名誉でこそあれ、ごくろうなどと……」
メリルの言葉に今にも地に膝をつけそうな勢いで深く感謝の礼をとる騎士。
顎あたりまで伸びた髪は藍色を宿し、同色の瞳は穏やかな光を灯している。
人間族の男性であり、年も四十のころあいだろうか。本人曰く第五騎士団団長であると言う。
衰えを全く見せぬ動き、貴族の端くれとしての所作、紳士と称して問題ない男だ。
「そなたの剣術は見事であったぞ」
「レティ?」
今まで黙って後ろに居たレティーシアが壮年の騎士に語りかける。
「ハッ、滅相も御座いません。
まさか第二息女にまで声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
第五騎士団団長が更に深い礼を見せる。このままでは背骨が折れそうな程だ。
「過ぎた謙遜は嫌味に過ぎぬぞ。妾は認めたのだ、そなたの剣術は人の身であることを考えれば、驚く程完成されたものであろう」
思い出すのはその剣が奏でる“音”。達人は音をも消し去ると言うが、それはあくまで一例にすぎない。
騎士団団長の奏でる剣の音は、まるで研ぎ澄ました一本の名剣のようであった。
魔剣や聖剣のような特別な力はないだろう。だが、無骨に積み上げた研鑽の果てに会得したその領域は、一人の鍛冶師が精魂を込めて鍛え上げたそれに通じるものがある。
才能に恵まれただけではそうはいかない。たゆみない努力を続けなければ、更には多くの実践を積み上げねば届かない領域だろう。
レティーシアにはこの世界の剣術の平均的技量が分からない。それでも、少なくとも、この騎士団団長が優れた腕の持ち主なのは間違いようがなかった。
「過ぎた光栄で御座います……剣にしか才のなかった我が身。それを認められることは、この私自身を認めていただいたようなもの……」
精悍な顔付きが少しだけ緩む。そして終には地面に鎧に覆われた肘を付き、佩いた剣を横にしたまま前に置き、胸に手を当て深く頭を垂れた。
近くでメリルがハッと息を呑む音が聞こえる。
それは簡略式ではあるものの、騎士が取る礼式のなかでも最上級に位置するものであった。
その行動から、騎士がどれだけ不当な、不遇な境遇を辿ってきたのかが垣間見える。
「よい、ただ妾はそなたの努力を、実力を正当に評価しただけよ」
騎士は答えれない。それを息を吸い、吐くように自然と行える人物が、一体どれだけ存在するのかを。
彼の主君は確かに素晴らしい人物だが、残念ながらそれを行える者とは言えなかった。
彼女は素晴らしい主君であるが、残念ながら剣術の望遠を覗く才はないのだ。
「惜しむらくは、その剣であろうか……そなたの技術に剣が悲鳴をあげておったぞ。鈍らとは言わぬが、惜しいものよ。せめて、せめてもう数段良き剣であるのであれば、もっと腕を振るえように」
その言葉に騎士団団長が悔しげに唇を噛んだのをメリルは見た。
(そこまで酷いものかしら。少なくとも鋳造品に比べたら、ずっとマシに見えるけれど)
護身程度の剣術は嗜んでいるが、それでもその良し悪しの精緻が分からないメリルでは、どうしても理解が追いつかない。
「不躾な質問許せ。そなた、それが今持ちうる最高の剣か?」
問いに騎士が言いよどむ。あえて表現するならば、それは屈辱だろうか。
メリルが思ったとおり、扱う剣は決して安物ではない。
一般的に考えれば十分以上に上質と言えるだろう。
だが、だがしかし。騎士団団長の実力からすれば、どうしても物足りないのも事実であった。
魔法使いとは違い、剣士の最大の難関はまさに獲物にある。
魔法は定着に向かない為、どうしても武器の類は例外を除き鍛造式で古来よりの方法に倣うしかない。
結果的に優秀な武器は数が限られ、その中でも名剣やそれ以上のものは由緒ある家の家宝として、その多くが死蔵されていることこそ実情だ。
「……はい、愛剣とは呼べますまいが。今使っているものこそ、唯一の剣で御座います」
その言葉から滲む苦労、屈辱。メリルいわく、今の貴族の大半が腐っているのだと言う。
長年続いた制度は、最初それがどれだけ優れようと、やがては実が腐り行くように腐敗していく。
代々の王が暗君でないからこそ、どうにか回っているものの、それもそう長くは続かないだろう。
騎士団とて例外ではなく、その大部分が今や貴族のステータス扱いだ。
それらをメリル越しながら知るレティーシアは、騎士団団長の不遇を鑑みるのはあまりに容易かった。
「ならば話は早かろう。そなた、名はなんと申す?」
「ハッ、不詳ながら第五騎士団を預かるアズール・フォン・ゲーテンバッハと申します」
空気が変わった。今までのどこか探るようなものから、凛としたものへと。
まるで厳かな式典のような、空気がひりひりと張り詰めたかのような錯覚。
思わず直立不動になり名を告げてしまう。
「騎士団団長アズール・フォン・ゲーテンバッハ!」
「ハッ!!」
張り上げられた声は涼やかながら周囲に響き渡り、馬車から出てきた多くの貴人が何事かと集まり出す。
それに構わずレティーシアは先を告げていく。
「この度の見事な護送。及びその実力を高く評価する者として、妾、レティーシア・ヴェルクマイスターがアズール・フォン・ゲーテンバッハにその報酬として剣を下賜するものとする!」
「ハッ! 有難き幸せに御座います!!」
レティーシア・フォン・ブロウシアではないのか? と言う疑問は最早浮かびもしない。
何か遥か上から降り注ぐ天井の声の如き威圧感を感じ、アズール・フォン・ゲーテンバッハは背筋に冷や汗をすら流す。
常時は抑え込まれた威圧感。カリスマとも言い換えられる存在感。その栓が意図的に緩められた結果だ。
「喜べ。妾は才ある者が好きだ。愚直に努力を重ねる者も好む。ゆえに与えよう、そなたが今まで積み上げた努力に等しき剣を」
それはレティーシアとしてであり、また“彼”としての思い。
才ある者は眩しい。努力を重ねる者は美しい。
なら、何かを出来る立場であるならば、手向けの一つは送ってやるべきではないのか。
レティーシアは己が努力を重ねた者であるからこそ、その尊さを。
彼は自身が天才ではないがゆえに、持ちし者への憧憬と賞賛を。
混ざり合った感情は本来よりなお増幅され、そして褒章と言う名の行為に昇華される。
ずるりと、空間が裂けた。レティーシアの意思に呼応し、果て無き地平線のインベントリ機能が口を開け放つ。
垣間見える金銀財宝の数々に周囲がざわめき出す。だが、今主人公足りえる者はこの場で二人のみ。
それ以外は所詮有象無象にすぎず、記憶することすら値しない。
そうして一本の剣が空間の裂け目より現れる。
サクリ――――と、自重だけで石畳を食い破り地面に突き立つ。
誰もが息を呑んだ。魔力的力を感じる訳ではないことから、それは魔剣や聖剣の類ではないのだろう。
だがどうだ、その吹き付けるような存在感、威圧感は。
間違いようもない名工による一品。最高の一振り。素人目にすら分かる一本だった。
ものとしては恐らくブロードソードと呼ばれる範疇だろう。
長さおよそ八十センチ。飾り気は少なく、それが実用重視で作られたのだと見て取れる。
そんな中で唯一目を引くのが蒼銀に輝く刃だろうか。
まるで月光に照らされた無垢なる刃の如き美しさ。ただ剣身のみで他の装飾を色褪せさせてしまうほど。
「……ぉ、おぉ」
己が何を口にしているのかすら分からない。
視線は美しきその剣に固定され、例えようもない衝動が身を苛む。
――触れたい! 眺めたい! そして……振るいたいッ!!
飢餓にも似た感情。満足のいかない剣で耐え忍んできたからこそ求む感情。
アズールが見たこともない最高の一振り。それがあれば、己の武はどこまで飛躍するのだろうか。
緊張に口内がからからに乾き、開け放たれた口から吸い込んだ空気が喉の水分を奪い取る。
呼気が痛い。今すぐに手に取りたい、そんな感情を騎士としての矜持が辛うじて思いとどませる。
貴人を前に、そのようなはしたない態度、そのプライドが到底許せるものではなかった。
「構わん、よくぞその餓えに打ち勝った。最早それはそなたの物。思う存分に手に取るがよい」
だからこそ。聞こえた言葉は理性をあっけなく食い破っていった。
万感の思いを込めて引き抜く。
――……重い。
通常のブロードソードの二倍程はあるだろうか。だが、そのずっしりと来る感覚が頼もしい。
太陽に反射する剣身が、まるで自身を振るえ! と、そう叫ぶように感じられ、気づけばアズールは剣舞を舞っていた。
どこかぼんやりとしながら、その実芯は凍えそうなほどに冷えた思考。
そんな不可思議な気持ちを味わいながら、使い込んでもいないのに、まるで手足のように動く剣に感動が止まらない。
――――パチパチパチパチパチッ!!
ふと、割れんばかりの拍手喝采に意識が戻る。
視線を向ければ、数十名の貴人が素晴らしい剣舞に惜しみない拍手を送っていた。
「銘を“ブレイドヴェロシティ”と呼ぶ。通常より重いからこそ、より強靭な膂力を、そしてそこから放たれる速度はより高速へと至る。ゆえに、速度を込めてヴェロシティとそれは名づけられた」
「……ブレイド、ヴェロシティ」
「これから先、そなたの半身として生きる剣だ。大事にしてやるがよい」
そう言ってレティーシアが対となる鞘を投げてよこす。
シャリン! と、涼やかな音と共に収めれば、暴力的なまでの存在感が見事鳴りを潜めた。
それはまさしく剣の体現。剣はどこまで行こうと暴力の結晶体だ。
抜き放つと言うことは、暴力を振るうと同義。ゆえの圧倒的存在感だとレティーシアが語る。
魔なる力に頼らず、剣が持ちうる可能性のみを追求した、基礎ステータスこそ高いものの、付加能力もなく、入手難度も高いことからゲーム内では不人気であった一品。
それが担い手を得て、嬉しげに鼓動した――――ようにレティーシアには思えた。
「ではメリル、ゆくとしよう。思わぬ時間を食ってしまった、帝都を案内してくれるのであろう?」
「え、ええ。そうですわね……それじゃあ、まずは商業区からいきましょうか」
優雅な所作で立ち去っていく二人の貴人。
ざわめく周囲の反応を一切無視し、アズールは最高礼を持ってその背中を見送り続けた。
一握りの痛みを胸に残して……
「お帰りなさい、アズール。それで、件の人物はどのような者でしたか?」
「ハッ! それではご報告致します。件の、レティーシアなる人物で御座いますが――――」
一通りの報告が終わり、執務室より退室する瞬間……
「あら、アズール。剣を変えたかしら?」
「……はい。とある御仁から譲り受けまして。私の誇りで御座います」
「そう。これからも苦労を掛けると思いますが、期待していますよアズール」
「ハッ! それでは失礼致します!!」
ガチャリと、扉が閉まる。重い溜息が零れ出す。
そう、アズールは件の一件を話さなかった。
いや、口にだせなかった。それが例え主命であったとしてもだ。
それをすれば、何かあまりに大事なものを穢してしまう気がしたのだ。
我が主君と仰ぐ彼女は、確かに素晴らしい人物だ。
不詳たる身にはあまりに勿体無い程だろう。
――――だが気づけば、それに一抹の不服を感じてしまう己がアズールは恨めしかった。
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