第四章 護りたい人が出来たんだ
【1】ごめんね、みなも
この一週間はこんなカンジだった。
朝、みなもより早く起きて学校に行く。
人気のない教室で掃除している伊緒里ちゃんを見て和む。
昼、学食のはじっこで明日華ちゃんのお重弁当を皆でつつく。
放課後、みなもにののしられつつクソ暑い中で武神器の訓練をする。
夕食後、みなものとばっちりを食わないようにカメクラに避難し、
伊緒里ちゃんの弟くんたちとゲームをしつつ、
こっそり伊緒里ちゃんを見て傷ついた僕のハートを癒やす。
伊緒里ちゃんが仕事をひけると、こっそり家まで護衛して、
戻ってきたらPXの自販機前(夜でも明るい)でゲーム。
みなもが寝るまで時間をつぶし、そしてシャワーを浴びて、
居間のソファで泥のように寝る。
――つまり、みなもがおかしくなった。
今までのみなもじゃ、なくなってしまった。
結局、ほとんどの時間はみなもを避けてどこかに逃げてる勘定だ。
一体どうしてこうなってしまったんだろうか。
おおかたの原因は分かってる。
僕が悪いからだ。
僕がみなもの期待を裏切り、夢を壊してしまったから。
だから僕は、日々みなもにののしられ、物を投げつけられ、恥ずかしい巫女ステッキで殴られるんだ。
でも朝になると、自分の蛮行をなかったことのように、横須賀にいたときみたいな愛らしい笑顔で『おはよう』って僕に声をかけてくるんだ。
その度に僕の心はよじれ、朝っぱらから食欲も沸かなくなって、メシも食わずに学校に行くハメになる。
――だからあいつが起きる前に出かけるようになったんだ。
でもこれは、みなもの希望を叶えてやれなかった、みなもを幸せにしてやれなかった僕への罰。
そして、みなも以外の女の子を好きになってしまった、僕への……罰。
☆ ☆ ☆
「毎晩ここにいるのね」
頭の上から光明寺先生の声が降ってきた。
午前0時過ぎ。そろそろみなもは寝たろうかって時間だ。
僕は人気の無いPXの自販機前に座り込み、一人でゲームをしていた。
たまに飲み物やハンバーガーを買いにくる海兵はいても、用が済めばどこかへ行ってしまう。
「見てたんすか」
僕はPSSの画面から目を離さず、縁石から腰を上げた。
先生は相変わらず白衣を着てる。もしかしてまだ仕事をしてたんだろうか。
「私の部屋から丸見えですもの。家に……居づらいの?」
先生の声はやわらかい。
「ツレがアレじゃ、居られるワケないですよ。先生だって知ってるでしょ」
「私、訓練の差し入れの時しか見ていないけれど、具合、ひどいのかしら……」
「ねえ先生、僕そんなに悪いことしたのかな……」
僕はぐったりその場にへたりこんだ。
先生は僕の傍らにしゃがみ込むと、僕の手からゲーム機を取り上げた。
操作なんかしてなかった。
ずっと、PSSの起動画面しか写ってないんだから。
先生は多分、それも分かってたんだ。
僕がPSSの中に逃げ込もうとして、でも失敗してたことを。
今までずっと僕を支えていたものが、全力で僕に牙を剥いている。
とうふメンタルの僕が逃げ出さなかったのが不思議なくらいだ。
でも、伊緒里ちゃんは僕が護らなきゃ。
多分その気持ちだけで何とかやってこれた気がする。
それもいつまで保つのか……。
「分かったわ。お薬、出してあげる。ちょっと待っててね」
先生はそう言うと、僕の手にPSSを戻し、自販機で何か飲み物を二つ買った。
「はい、お薬よ」
と先生が缶飲料を差し出したので、僕は空いてる方の手で受け取った。
「あ、ありがとうござい……アチッ!」
僕は缶を落としそうになった。
缶は僕の手の中で二、三度ジャンプすると、地面に叩きつけられることなく、どうにか僕の手に収まった。
「ちょっと遅い時間だけど、お飲みなさい。香りは気分をやわらげるし、飲めば落ち込んだ気分をすこし高揚させてくれるわ。
私も仕事が詰まって気が張ってる時、何度もコーヒーに助けられているのよ。お薬と言っても、過言だとは思わないわ。さあ、飲んで」
先生はニッコリ笑って促した。
薄明かりの中で見る先生は、魔族のように妖艶で、今みたいに心が弱ってるときなら、百%気を許してしまう自信がある。
『プシッ……』
缶のプルトップを引き上げる。そして押し込む。
先生はニッコリしたまま、うんっ、とうなづく。
いいから飲めっていうんだな。
僕は缶に口をつけ、やけどをしないよう、ゆっくりとコーヒーをすすった。
「どう?」
「……そんなに即効性があったら、自販機で売れるわけないじゃないですか」
「ウフフ。威くんはお利口さんね」
そう言って先生も缶のプルトップを引き上げた。
「まさか」
ホントに利口ならこんなに悩まない。
ただの考えすぎだ。
バカだからわからなくて、でもバカのくせにいつまでも女々しく考えてる。
大概は答えなんか出ない。
だから、みなもに『ぷきゅっ』ってやられちゃうんだ。
お前が考えたってムダだよ、ってな。
「威くんが、みなもちゃんと距離を置いてること自体はとても賢明な判断だと思うの。かえって、使命感や責任感で側に居続けた方が大変なことになりがちだわ。
だから、威くんが夜中まで自販機と仲良くしていても、咎める気は全くないのよ。
前にも言ったけど、あなたは大人たちの勝手な都合でこの島に軟禁されている立場なの。だから、もっと大人たちにわがままを言ってもいいの。
もっと私を頼ってもいいのよ。ね?」
「はい……」
コーヒーが少し回ってきたのか、それとも香りの鎮静効果なのか、先生が来る前よりもずっと気分が楽になってる。
やっぱり先生の処方は的確だ。
……なのに、どうしてみなもの具合はいつまでたっても良くならないんだろう。むしろ前より悪化している。原因は急な環境の変化だろうか。それとも……。
僕がいくら考えたところで、みなもの乱暴狼藉が収まるわけでなし。
結局、近寄らないことしかいまの僕には出来ないんだ。
「みなもちゃんのことは、もう少し気に掛けてみるわ。話し相手が欲しかったら、いつでも私のところにいらっしゃい。うちはほら」
と、先生は単身者用宿舎の一角を指さした。
「あそこの二階に住んでるから。ご希望なら、添い寝してあげてもよくってよ」
「い、いやぁそれはちょっと……あはは……」
「やっぱりおばさんじゃダメかしらね。うふふ」
先生違います。
超違います。
間違いを犯さない自信がかけらもないだけなんです。
先生は缶で口元を隠して笑った。
それがなんだかすごく可愛く思えて、でも何て言えばいいか分からなかったから、無言で頭をブンブン横に振っておいた。
「それじゃ、そろそろお部屋に戻りなさい。警備の人に怒られちゃうわよ」
「はぁい。あ、これ……ごちそうさまでした」僕はペコリと頭を下げた。
先生は笑って手を振ると、空き缶のロングシュートを華麗にキメて、白衣を翻しながら自分の宿舎に帰っていった。
「……先生、なんでスリッパなんだよ。しかもワニ……」
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