深淵 - Nameless

 タイムが崩れ落ちた瞬間──反射的にリュシュカは彼女に駆け寄っていた。

「タイム……!」

 仰向けに横たわるタイムの頬に触れる。リュシュカの指先に弾けるような刺激が走った。

 リュシュカは逡巡し──やがて意を決したように、もう一度タイムの右手をとった。

 握った瞬間、一度は消滅した斥力場が──先程とちがってかなり脆弱だが──再び形成されていく。

 全身が悲鳴を上げた。リュシュカは膝をついた。声すら出ない。深淵に飲み込まれそうな意識を彼女はかろうじて繋ぎとめた。

 この痛みは錯覚だ。タイムが感じた苦痛をリュシュカの脳が信号として受け止めたにすぎない。そう自らに言い聞かせ……その思考が昏くリュシュカの心を侵食していく。


 完全ではないとしても──タイムの神経信号を自らのものと錯覚するほど自分の脳は──

 かつて自らの出自を探りたどり着いたその仮説がもし正しいのなら、やはり。


 リュシュカはゆっくり首を振る。そんなことを考えている場合ではないのだ。

 その仮説を元に自分はタイムの手をとったはず。

 マットと約束したのは──『一緒に生き延びよう』と言ったのは自分だ。そして彼は約束してくれた。彼自身の絶望(のぞみ)を抑え込んで。

 このままではだめだ。今度は私が、彼を助けなければ。

 歯を食いしばる。子供達が──マットが全力を尽くしているというのに、自分だけ単なる指揮官の立場に安寧などしていられない。


 ──視線の先で、マットが地に倒れた。

 同時に地に崩れ落ちる一体のアクセラ。胴体には巨大な穴が穿たれていた。

 そのまま、マットは動かなかった。


 ……ここまでなのか。

 人体にはありえない体温……死に至ってもおかしくない状態のまま、亜音速で機動するアクセラを──そんなスピードで動く標的を正確に銃でとらえ続けることなど人間にできるはずもないのに……マットはそれをやってのけた。

 しかし彼がそれを行使した結果、細胞の代謝速度が件の限界を超えたのだろう。


 彼の身体は地に伏したままだ。不安は絶望に染められていく。

 私は彼を二度殺すのか。


 ──胸に生まれた絶望とともにリュシュカはマットの背中を見つめた。


 目の前の、マットの横たわった身体が微かに震えた。

 安堵よりも先に、リュシュカには驚愕の感情が湧き上がった。

 マットの背中に、うっすら白い靄のようなものが見えていた。青白く光る、枝のような……羽根とも見紛う。

「……く、しょう……」

 周囲の雑音に溶けてしまいそうな声をリュシュカは確かにとらえた。

「もうちょっと加減してくれなきゃ……あんたの課題をクリアできないだろうが……」

 自分に向けられた言葉ではない。その言葉の意味するところも分からない。だがその声はリュシュカの感情を激しく揺さぶった。

「やめて……」

 『彼』が何かに責めぎ続けられていること。自らの幸せを呪ってまで──

「この人を、これ以上壊さないで……!!」

 何に向かってだったのか。ただ遥か遠く──蒼穹の彼方へ向かってリュシュカは叫んでいた。

 その声に反応したかのようにマットの身体がまた一つ大きく震える。その背中から伸びる白い枝は光を増し、枝分かれ──羽化するがごとく。

 それは空を舞うあのアクセラの羽根に酷似していた。

 一瞬自身の身体の痛みも忘れて、リュシュカはその蒼白く光る羽根を持つ姿に心奪われる。

 それほどまでにその羽根は神々しかった。

「リュシイ」

 ミントの冷静な声がリュシュカの意識を引き戻した。

「捕まえた」

 端的に告げられた言葉をリュシュカは脳内で噛み砕く。

「──ミント」

 自分のものとも思えない低い声で、リュシュカは告げる。

「……上空のアクセラを墜としましょう。それが無理でも、せめて態勢を立て直す時間を」

「了解」

 白銀の目が無機質に鈍く光った。

 リュシュカは繋いでいたタイムの掌を固く握る。

 微かに『盾』の強度が上がり始める。心音が早鐘を打ち、身体の軋む音が大きく耳に響いた気がした。


 正面には立ち上がるマットの背中と。光量を増し続けていく、白く巨大な羽根。

 お願い。……皆、死なないで。

 奇しくもアヤと同じ言葉をリュシュカは胸の中で呟く。

 遥か上空で見下す七枚翼のアクセラの右手が再び青白く大気を焼き始めていた。



   ***



「クーデター部隊より伝令。『首都の制圧を完了』」

 巨人航空機の内部。オペレータの無機質な声が淡々と事実を告げる。

「意外と脆いものだな」

「自国を護るために全力を傾けて開発していたモノだ、内側から牙を剥かれればひとたまりもあるまい」

 クルー達が交わす会話にも無関心のままラングはモニターを見続けていた。

 アクセラの損失率は現在20%弱。肝腎のcode*Aの残滓は力尽きかかっている様だ。

「……つまらんな」

 無意識に呟く。

 あの軍人上がりに何を期待していたというのか。アクセラのほうが優れた兵器であることは自明の理だ。

 だが、空白地帯で見たあの男はcode*Aとしての能力を全く使わないままアクセラの膂力を殺してみせたのだ。

 ──ああ、そういうことか。

 内心苦笑する。つまらない意地だ。

「LV1、LV2はそのまま攻撃を続行。LV7は標的を一つに絞り込め。猫どもはぎりぎりの状態だ、一体でも倒れれば自滅する」

 ラングが命令を下した瞬間──機体が大きく揺れた。

「今度は何だ!」

 機長の怒号が飛ぶ。

「七番格納庫に異状。現在クルーが調査に向かっています」

 サブモニターが切り替わった。機体の下部にある格納部分にアラートランプが光る。

「後部ハッチが開いています! ガイストが──」

 断続的な振動が巨人機内を揺さぶり続ける。

「6番~12番のガイストに異常発生、オートフライヤーシステムの制御を受け付けません。航路を離脱していきます」

 ラングは手元のモニターを見つめ続けている。上空をまっすぐ見上げる少年。【魔人】の名を冠する、Kittenの一体。

 ──上空一万メートルにあるこの巨人機のコントロールを部分的に乗っ取った──?

「止められないのか!」

「無理です! 格納庫内で機体に搭載されている爆薬に引火すれば本機もダメージを受けます」

 背後で発せられる怒号に混乱気味のクルーが応答を返している。

「何だ!!」

「本部より現空域からの退避命令が」

 その言葉にラングは顔を上げた。

「『世音(ゼノン)』だと……」

 機長の乾いた声が響く──それと同時に混乱していた機内が静まり返る。

「20分後だそうです」

「状況は掴めんが……止むを得ん、制御の効かないガイストは全て放棄だ。最後の機体が射出されたらすぐにハッチを閉じ最大出力でこの空域を離脱する」

「機長……」

「『夜』の決定には逆らえまい」

 短く呟くと機長は通信を切り替える。

「地上部隊、聞こえるか。『世音』による戦域攻撃が始まる。安全距離まで全力で後退しろ。10分後残存するアクセラを作戦開始地点まで戻す」

 ……あの女め。釘を刺しにきたか。

 ラングは軽く唇を噛んだ。

 マリア。『夜』の長たる、長い金色の髪の女。噂によれば何十年もその姿に変化はなく、どことも知れぬ『夜』の中枢で世界の半分を動かすという。

 だが『世音』の標的が『空白地帯』であることは我々にも有利に働く。猫共を殲滅させられなかったとしてもマイクロウェーブが照射されるまでの間、奴らをこの場に足止めしておけば『世音』が始末してくれる。

 モニターの角度を切り替え、ラングは空を舞うアクセラに告げた。

「LV7……10分間だ。その『個体』を集中的に狙え。残りのLV1、2は包囲陣を敷いて奴らを一人も外に出すな」

 LV7が頷いた瞬間、ラングは目を見張る。

 少女の姿が曇り──光る掌がこちらを向く。

 モニターが白く染まった。



   ***



 空が白く染まる。

 無人戦闘機──ガイストが空に浮かぶ七枚翼のアクセラへ音の速度に届く牙をむいて殺到していく。少女は地上に向けていた腕を亜音速で突入してくる戦闘機へと向け直した。

 超高密度のプラズマが伸ばされたその掌から放たれる。──大気を伝播し発光させながら数千メートル先の機体に衝突し、爆散する。

 その爆煙の向こうから新たな機体が少女の眼前に迫る。続けざまに自殺的な突撃を繰り返す無人戦闘機は大出力のベクターノズルの推力を以って数トンの鉄槐となり少女を押しつぶそうとするが、たかが数十kgの身体に触れただけで逆に機体を切り裂かれ、爆散させられていく。巻き起こる黒煙はガイストが次々と少女に激突するたびにその大きさを増していく。戦闘機に搭載されている火薬と航空燃料が引火し巨大な火球へと変わる。

 炎に包まれた少女の全身からプラズマが白い光となって空に広がり──視界を覆う。

 静寂。そして……再び光の直径が縮み始める。

 光の収縮に伴って発生した突風が煙を吹き飛ばしていく。黒煙が晴れたあと、少女──アクセラには傷一つなく、その場に在った。

「くそっ」

 苛立った声に我に返った。

「何故墜ちない……!」

 普段冷静なミントが焦りを隠せずにいる。

「ミント」

「──了解」

 軽く唇を噛み、悔しそうに空を睨みつける。

「ミント、同期を取って」

 かすれた言葉が耳を打つ。……タイムの傍らでうずくまるリュシュカさんの声だった。

「ポイントは──」

 その言葉に俺は途惑う。その場所は確か。

 彼女は息を吐くように微笑った。

「このまま何らかの形で時間を稼ぐ方法も考えましたが……やはりまとまった時間がほしい。この子達がもう少し動きやすい状況を作るために」

「了解しました」

 簡潔に答える。もうこの目は数秒先の未来を映像として結ばない、よって先程のような戦い方はもうできないと考えたほうがいいだろう。

 リュシュカさんが頷いた。

「ミント、全員に通知。2分後に実行」

「了解」

 冷静な声に先程の焦りはなかった。

 意識を取り戻したタイムが斥力場を再構築し始めると同時にシナモンとマロウ、セージが走り出す。

 そうして、地上に待機するアクセラ達に押されているふりをしながら後退する。──予定だった。

 違和感が頭をもたげる。

 地上にいるアクセラ達は深追いしてこない。それどころかその攻撃は徐々に弱くなってきている。

 おかしい。第六感がそう告げる。

 ──俺はあることに気づいて空を見上げた。

 七枚の羽根をたなびかせた少女の高度が低くなってきている。

 あのアクセラにKittenを一掃させる気か……!

 俺は足を止める。……この位置は……

「マットさん?」

 リュシュカさんが気づき、こちらを振り返る。

 間もなくアクセラは地上に降り立つ。その着地タイミングを待つ。あと50メートル。40メートル。30メートル。

 降り立つ瞬間、その着地点10メートル程手前に照準を合わせ、50口径弾を撃ち放つ。

 狙ったのはアクセラの傍らにある高層ビルの足許に仕掛けた起爆スイッチ。少女は気づいたようだが、遅すぎる。銃弾が着弾し、衝撃が信管の起爆を誘発する。

 爆風と共に周囲の建物に放出される無数の対人用ベアリング弾。土台を崩された建物は自重で砕かれ──爆風が地を削り、砕かれた砂と土が煙幕を作り出す。

 これで彼女を斃せるとは思えない。だが、少しでもその動きを削げたのなら。

 もうもうとした土煙が空気を濁し──やがて薄まっていく。

 しかしそのわずかな期待は叶わなかった。

 彼女は無傷のままふわりと地に降り立つ。体重を感じさせない──まるでここが無重力地帯でもあるような軽い足取りで着地すると、視線を何度か周囲に向けたあとこちらへ向かって歩き始める。一歩、また一歩と。

 やがて彼女は足を止めた。

 相対するKittenの顔を一瞥し──視線を固定し、微笑む。

 その表情は無表情だった少女達の中で一段と際立ち──無邪気に、凶々しく。

 シナモンが嗤う。──気づいたときにはもう遅かった。

「やめろ、シナモン──!」

 静止の声は走る背中に虚しく響く。

 一瞬にして少女とシナモンの距離がゼロになり──衝突する。

 大気が軋むような悲鳴を上げる。皓い光が鋭く空へ向かい伸び始めると、世界は再び光に灼かれ、白に染まる──視界が戻ったときシナモンの身体は右肩から左わき腹にかけて切り裂かれ──ちぎれた身体が木の葉のように宙に舞っていた。

「シナ……!」

 同時にマロウとセージが左右から少女に迫る。

「この──」

 先に到達したマロウがアクセラに掴みかかろうとするが、逆に伸ばしたマロウの腕が掴まれてしまう。

「── !! 」

 声にならない叫び。風に乗って微かに届く大気のイオン化する匂い。

 ──そのままアクセラは片手でその身体を振り上げると、接近するセージに向かって投げつけた。

「!」

 凄まじい速度で激突するセージとマロウ。二つの身体は絡まるように転がり吹き飛ばされ、崩落しかけていた建材にとどめとばかりに激突し、建物の基部を木っ端微塵に破壊しながら……静止した。

 動かないセージ。上に被さるマロウの身体からは右の上腕部が消失していた。

「この……っ」

 そのアクセラの足首を上半身のみとなったシナモンが掴む。身体の50%以上を失っているというのに──

 少女はまるで虫ケラを見るような視線でシナモンを見下ろす。

 掌が帯電し始める。

「ちく……しょう」

 マロウが片手で自らの身体を起こす。

「やらせるかよ…… !! 」

「マロウ!」

 俺の叫びと同時に、マロウはかぶさった瓦礫を吹き飛ばしながら再び少女へ向かい爆発的な速度で駆け出す。

 再びアクセラがもう片方の手を向かうマロウの身体に伸ばすが、その腕を姿勢を低くしてかいくぐる──マロウは地を蹴ってアクセラの足許に飛び込んでいく。

 そのままアクセラの身体に頭からタックルをかけ、彼女の足許から残った左手でシナモンの上半身を抱え込むと、そのまま勢いを殺さずに地を転がっていく。よろけたアクセラの身体は後ろに倒れながらもなお、帯電させたプラズマを二人に向けて撃ち放つ。だが無理な体勢からの攻撃は目標を大きくそれ──

 至近距離でのエネルギーの放射に、瞬時に世界は光に覆われた。

 再び世界が色を取り戻したとき。

 100メートル先まで建物は何一つ残ってはいなかった。

 地は削られ、石は硝子化し、そのまま放射状にその傷跡を拡げている。

 ……化け物め。

 あれが直撃していたら、それこそ欠片も残さず消滅していただろう。影すら残るまい。

 だが、今はこのチャンスを利用する。

「ミント!」

 リュシュカさんの声が響く。

 1分前。──カウントダウン。

「──走れ!」

 セージの身体をローレルが拾い、予定していたポイントに向かい走り出す。

「リュシュカさん」

「ええ」

 最後までタイムのそばに寄り添っていたリュシュカさんがその掌を離し、駆け出そうとする。だが彼女の足はもつれ、その場で膝をついてしまう。

「……」

 途惑い、また立ち上がろうとするがうまくいかないようだ。

「失礼」

 俺は彼女に駆け寄ると、身体を抱え上げ肩に乗せる。あの管をこじ開けるかのようなエネルギーの奔流に消耗させられたであろうことは俺にも容易に想像ができた。

「あ、あの」

「荷物みたいな持ち方をしてすいません」

「でも」

「大丈夫です。もし心配してくれるなら暴れないで下さい──走りますよ」

 一瞬のあと──首に彼女の腕が回った。



   ***



 入ロを閉めるとほぼ光源はなくなった。

 先程の位置から近い、もう一つの地下施設。緊急用の避難場所のもう片方というわけだ。

 彼女の身体を傍らに降ろすと、吐いた息と心音がやたらと大きく聴こえた。

 暗闇の中で銀色の光がちらちらと光る。子供達の瞳が僅かな光に反応しているのだと悟るのにそれ程時間はかからなかった。

 小型の懐中電灯を取り出し、床に向けてスイッチを入れる。

「集まれ」

 全員の顔を確認すると俺は輪の中央に懐中電灯を置く。

「作戦を変更するわ」

 リュシュカさんの言葉に俺は頷く。

「包囲部隊は時間さえかければ穴を開けることも不可能じゃない──でもあの空から来た七枚羽根のアクセラの攻撃は脅威だわ……理論上戦術核の直撃にすら堪えうるタイムの斥力場をいともたやすく破壊した。一度は防ぐことができたけれども」

 リュシュカさんの言うとおり、連続してあの攻撃を受けきることはできないだろう。全員それがわかっているから、目の前の敵を処理することに集中できずにいる。

「……ごめんなさい」

「貴方のせいじゃないわ。最善を尽くしているのだから」

 リュシュカさんがそっとタイムの頭に触れる。

「あのアクセラを何とかしなければ」

 硬直しかけた空気を破るため俺は無理やり言葉を差し込む。

「向こうには、いざとなれば上空にいる限りこちらからの攻撃は届かないという意識があると思う」

 地下施設の中で、俺は軍手をはめた指で床に溜る埃の上に線をなぞる。

「街の中央付近にあるタワー。あれは60階相当の高さがある。最上階で一人が待機。もう一人が地上を走り、至近距離までアクセラをおびき寄せる」

「マット」

 ミントが挙手して俺の言葉を遮った。

「アクセラも僕達同様、自律思考兵器だ。そう簡単に思惑に乗ってくれるか」

「乗せられると思う」

「根拠は?」

「自律思考兵器だから」

 意味を捕えかねたのか、ミントは返事をせずに口ごもる。

「実際に無人戦闘機を航空燃料ごとぶつけてみても傷一つ負わなかったことから考えれば、あのアクセラの防御能力はタイムのそれに匹敵するのだろう。それならば防御など考えずに攻撃に転じていればこちらは既に全滅していたはずだ。だが彼女は自分に向かってくる無人戦闘機を撃ち落とそうとした。

 彼女に命令を出しているのは確かにここにいない誰かだろうが……その行動をとったのはとっさの判断──つまり大まかな命令以外──反射的行動は彼女自身に依存しているのだと思う。その判断の結果、本能的な『恐怖』の感情に従って彼女は行動した」

「……『意思なき道具』は攻撃を避けようとはしないということか」

 ミントが呟く。俺は頷いた。

「割ける人員は二人。シナモンとマロウ、セージは損傷が激しすぎる。今は動かせないでしょう。残るはミントとタイム、ローレルですが──」

 リュシュカさんが頷く。

「一人はミントにします。彼の本来の『特性』を使用すれば、彼女の強力なプラズマ障壁を越えて接触できるでしょう」

 彼女の言葉には確信めいたものが感じられた。

「ターゲットを中央付近にある高層ビルまでおびき寄せます。ミントは先行してビルの最上階まで昇る。──何秒くらいでいけそう?」

「600秒以内で」

「できれば300秒まで縮めて」

「最善を尽くす」

 ミントの返事を確認すると、リュシュカさんは俺のほうを振り向いた。

「そしてミントが目標に接近するまでに気付かれないようにする必要があります」

「……囮ですね」

 俺の言葉に彼女が頷く。

「ええ。私達は空を飛べるわけではない──であれば、相手に手の届く場所まで降りてきてもらわなければならない」

 そこまでいうとリュシュカさんはためらうように軽くうつむいた。

「……誰に囮役を担当してもらうか」

 俺は呟く。

 単に戦闘力の低さからいけば俺ということになるのだろうが、俺は囮の役目を果たせるほどの機動力を持たない。ミントが標的を捉えるまで、逃げる振りをしながら特定の位置までおびき寄せなくてはならないのだから──

「俺がやろう」

 弾倉を交換していた銀髪の少年が顔を上げた。

「……ローレル……?」

 即座に反応したタイムの呟きにローレルの冷静な双眸が俺の顔を射た。

「マット、そうだろ?」

「ああ」

 悲痛な表情をしてタイムは俺の顔を見上げ──うつむいて軽く唇を噛む。

 口をつぐんだのは、『誰かがやらなければならない』……そのことに気付いたからだろう。

「──有難う」

 唐突に投げられた言葉に俺は途惑う。いつも無愛想に固く締められているローレルの口許は、軽く持ち上がっているように見えた。

「マットが俺を選んだのは俺が『Nameless(特性なし)』だからじゃない」


 唐突にフラッシュバックする言葉。

 あれはこの廃墟にやってきたときにタイムが教えてくれたこと。


 ……ローレルだけ『特性』が出ないの。

 けどローレル、『特性』が使えなくても足を引っ張らないように一生懸命なの。


「ローレル」

 ミントが手を差し伸べる。ローレルが黙ってその手を取る。

 ブンッ……と波長が変わるような音とともに二人の姿が揺れる。一瞬の間ののち、ローレルの姿はミントとそっくりに変わっていた。

「『偽装外骨格』──ある種の迷彩のようなものだと思ってください」

 呆気にとられた俺にリュシュカさんが説明してくれる。

「子供だましのようなものですが、光子を操りそっくりに見せかけています」


 規則的に地上から振動が伝わってくる。アクセラがいぶり出しを狙って地表を無差別に攻撃しているのか。

 俺は子供達の顔をぐるっと見渡すと──最後にリュシュカさんの顔を見つめた。

 リュシュカさんが頷く。


「Gehen Sie(行け)」

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