謀られた黄昏Ⅲ - Phenomenus

 ──天使。

 そんな錯覚を起こしてしまうほどに空を舞う少女は神々しく……冷ややかな瞳で、地で抗う俺達を見下ろしていた。

 銀の髪が風になぶられ、光を乱反射する。自然に垂らしていた指の先が持ち上がり──

 同時に地を駆けるアクセラ達が動きを止める。……否、後退し始めた。

 視界に紅がちらつく。沸き上がった悪寒。

「タイム!」

 逆光のシルエットの中心に浮かぶ小さな光。それは見る見る間に大きさを増し──

「全員『盾』の中心に集まれ。タイム、『盾』の半径を縮小、強度を可能な限り引き上げろ」

 俺の思考を読み取ったミントがタイムへと『伝達』する。

「──来るぞ!」

 光球が放たれる。『盾』の空気の色が濃度を増す。

 衝撃。境界面の大気が高熱のプラズマへと変わる。競り合いは一瞬だった。

 光球と『盾』が消滅する。──タイムの身体が崩れ落ちた。

 後退したアクセラ達が再び迫り始めた。



   ***



 第三種研究所館内。

 床にわだかまる黒い帆布の固まり。白い壁には赤褐色の液体がバケツでぶちまけられたように広がっていた。

 床に崩れ落ちた巨体をFN P90を手にした兵士達は冷徹に見下ろす。正面に立つ兵士が背後を向き上官に視線で問う。

「確認しろ」

 兵士は頷き、巨人に近付いた。

 その瞬間、兵士の上半身と真後ろに立っていた別の兵士の首が消失する。

 銃口が一斉に巨人に向いた。だが彼らが引き金を引くより先に、鈍いモーター音と共に音速を超える無数の鉄塊が空気の膜をかき乱しながら不快な和音を伴って視界を埋め尽くす。

 その凶悪な質量の暴力に晒された兵士達は対弾装備ごと身体を手足を圧し折られ、内蔵を潰され弾かれ、痛覚を残したまま壁に叩きつけられ地に転がる。

 鈍いモーター音はしばらく鳴り続き──空冷された砲身から硝煙を立ち昇らせながら減速し、止まった。

 やがて床にうずくまった巨体は唸るような駆動音を立て、ゆっくりと起き上がる。

 軋んだ音が低く響く。

「……れ……に」

 否、それは音ではなく声だった。

「れ……に、ブ……ジ」

「平気」

 冷静な声がそれに応え、床に座り込んでいるもう一人に声を掛けた。

「アヤは?」

「何とか」

 小さい、だがしっかりとした声が言葉を返す。

 アヤは立ち上がった。溢れた血は床を這い、掌もスカートの裾も血にひたり──その先の赤黒い液体の中には死体とは名ばかりの肉片が浮かんでいる。

「──アヤ、行こう」

 乖離しかかった意識が呼び戻される。

「……行けないわ」

 ゆっくりとアヤは首を横に振った。

「どうして」

「私は私の仕事を全うしていない」

「仕事って」

「『責任者』よ」

 途端にレニが顔をしかめる。

「──それが何?」

「もしも私が単なる一個人なら素直に逃げるわ。けど私は責任者……『長』なの。私達が積み上げたものを簡単に渡す訳には行かないのよ。守ることができないのなら──全てを破壊する。一つ残らず」

「バカじゃないの」

 レニが冷ややかな視線でアヤを見つめる。

「命より大事?」

「研究結果のみの比較ならば、自分の命が優先。だけど、これにはラボのメンバー達の生命が先払いで上乗せされてしまっているわ……どっちが大事かなんて自明の理でしょう」

「納得いかないなあ」

 大きな溜め息をついてレニは言い捨てる。

「これは私の意地よ。貴方が付き合う必要は……」

「そうじゃなくて!」

 強い口調でレニが言葉を遮った。

「言っておくけど、僕はアヤの気持ちなんてどうでもいいんだ。こんなことで悩ませないでよ、みんなに申し訳ないから死ぬなんてイカれた論理帰結は聞きたくない、そんなのただの敵前逃亡だから! 責任放棄だから!」

 半ばにらみつけるようにレニがアヤの顔を凝視する。だがアヤは視線をそらすことなく答える。

「そういうことじゃないの」

「……」

「既にラボのほとんどのメンバーは殺されている。けれど奴らはまだ『何か』を探し回っている。向こうは第三種の成果をまるごとさらっていくつもりなのよ。──それだけはさせる訳にはいかないわ」

 しばしにらみ合う。

 先に視線をそらしたのはレニのほうだった。大きく溜息を吐く。

「仕方ないなぁ……じゃ、さっさか片付けちゃおうか」

「……レニ?」

「目算があるんだよね? 『破壊』できる」

「あなたは離脱しなさい」

「何で」

「言ったでしょう、『私の意地』なのよ。あなたを巻き込みたくはないわ」

「じゃ、僕は『僕の意地』でついていく」

 そのままレニはベリファに何か呟く。ベリファは中腰の姿勢を取った。

「今パニくってるでしょ? 普段のアヤならそんなこと言わないよ。断言してもいいね。いい、僕とベリファがついていかなきゃアヤはその最後の意地を果たすことすらできないよ」

 ベリファの被った布は大きく裂けている。それを器用に引っ張り、レニは巨人の身体がうまく隠れるように覆い直した。

「この布は中にスペクトラが厚めに縫いこんであるから、いい盾になる……ベリファ、立て」

 巨人が再び立ち上がる。

「僕がここで帰ったら恩人を見殺しにすることになるからね。ベリファ」

 返事をするように巨人は軋んだ声を上げ、レニの指差した方向へ進んでいった。

「もうこれ以上、僕は大切な人を失いたくないよ。アヤの手伝いもする、もちろんアヤの命も助ける」

 ベリファの後ろへ付いていくように数歩前へ進み──レニはアヤのほうへ振り返る。

「分かってるよね? 僕を──僕とベリファを誰もとめられっこないなんてこと、さ」

 アヤは呆然とした顔をゆっくり穏やかな笑顔に変え……息を吐いた。

 血溜りの中、足を踏み出す。

 低い呻き声がした。アヤはその声に視線を遣る。下半身を分断された兵士が苦痛に歪んだ顔を向けていた。

 あれだけの銃弾を受けたのだ。残された上半身も骨という骨が砕かれたはずだった。

「……アヤ?」

 数歩先を進んでいたレニが振り返る。アヤはそれには返事をせず、ただ静かに尋ねた。

「……どうする?」

 男の唇が空気を捕らえられないまま、呟いた。

 アヤは懐の銃を取り出し、そのまま屈むと男の眉間に銃口を当てる。男が目を閉じる。

 短い破裂音とともに返り血が跳ねた。

 そのままアヤは立ち上がる。その姿には先ほどのような弱々しさはなかった。

「今行くわ」

 黙って様子を見ていたレニは呟いた。

「……優しいね、アヤは」

 アヤは表情を変えず、ただ大きくかぶりを振る。そのまま3人はラボの中央に向かい進んでいった。


「こちら第9小隊」

 レニとアヤ、そしてベリファが立ち去ったあとの廊下で男が通信機を片手に報告を行っている。

「現在研究所中央に向かっている正体不明者が3名。うち2名は女。ラボの研究員の生き残りかと思われます。あと一名は身長2メートルを越える巨漢。目深に布を被り銃器で全身を武装している模様。9ミリ弾を受け付けません」

『強化外骨格の可能性があるということか』

「はい。先程第7小隊のライフラインが全てフラットになりました。反撃によりほぼ同時に死亡したようです」

『……』

「目標の武装がどのレベルか判別不能のため、現状を維持します。アンチ・マテリアル装備への換装許可を」

『了解』

 通信が切れる。男はスイッチを切り替えた。

「……館内にいる小隊に告ぐ。探索は次に指示があるまで中止せよ。予期せぬ兵力が館内にいるようだ。

 目標は中央の制御室を目指していると思われる。装備A2に換装。対装甲攻撃戦用意」


「……目的は中央制御室。この施設の最新部に当たる場所よ」

 アヤは手短にレニに説明する。

「入ってしまえば邪魔はされない。この施設のメイン・シャフトを分解(パージ)させることでラボを圧解させることが出来るはず」

「コントロールがあるってことだね。脱出路は?」

「ないわ」

「バカでしょ?」

「そうね」

 顔を見合わせて、お互い苦笑する。

 レニはそのまま視線を走らせ──ある一角で固定した。

「アヤ」

 破壊された天井。砕けたコンクリートのひびから液体が染み出ている。

「これは……水?」

 レニが訊ねる。

「そうよ、大量に純水を確保するために地下を流れている水脈から水を汲み上げて──」

 伏せ気味だった目が見開かれる。

「ならここの真下は、天然か人工だか知らないけどとにかく『水路』なんだ。……OK」

 既に少し先をいく巨人を追いかけるようにレニは軽い足取りで2、3歩進み──左足を軸にくるっと振り返る。

「──レニ、まさか」

「じゃ、行こうよ。その『中央制御室』とやらにさ」

 悪戯っぽい眼つきで少女は笑った。



   ***



 第一種研究所跡地。

「……さすがにこの状態で生きてるってこたあないな」

 ひっくり返した死体を一目見るなり、クレイグは一人ごちた。

 扉の中で崩れ落ちていた死体は無残なものだった。弾のほとんどは胸から下腹部にかけて円を描くように孔を開けており、体内で肋骨や内臓を蹂躙した様子がみてとれた。

「さて……と」

 クレイグは立ち上がると、改めて部屋の内部を見渡す。


 籠城を決め込もうとしたターゲットが逃げ込んだ部屋。

 扉をこじ開ける算段をクレイグが試案しかけた矢先、すっと扉が細く開いた。

「どうぞ」

 後ろにいたはずの青年が穏やかな笑顔を浮かべたまま扉の内側に立っていた。

「……どうも」

「どうやって入ったの」

 苦虫を噛んだようなクレイグの表情とは対照的に、ジンジャーは素直に尋ねる。

「企業秘密です」

 ジーリングは澄ました顔で微笑った。

「ところで、この部屋……」

「どうやら機密室のようだな」

 おや、という顔でジーリングはクレイグの顔を見た。

「気付いていましたか」

「でなければこんな頑丈な作りにする必要もない。もっとも」

 とクレイグはジンジャーの手にある銃に視線を落とし続ける。

「あんなものが存在するなんてことは想定外だろうがな。帰ったら我が社の施設の設計基準も見直しだ」

 部屋をぐるっと見回すとクレイグは軽く息を吐き、中空に向かって呟いた。

「まったく……やってくれるぜ」

 その銃の持ち主である少女は部屋の片隅にあった檻の中をしげしげと眺めている。

「ね、『黒』」

「何だ」

「これ何」

 言われてクレイグは少女の指差す方向へ視線を落とす。

「……ああ、狐だな」

 檻の中で小さい白色の毛皮が丸まっている。

「それにしても……ここが放棄されてから2年弱になるはずだが」

 檻の中で寝息を立てる姿は衰弱とは程遠い。その寝姿にジンジャーは話し掛ける。

「お前。名前は何て言うの?」

「狐が喋るかよ」

 クレイグは立ち上がり、棚を漁り出した。ジンジャーは構わず檻の中を覗き込んでいる。中に向かって一方的に話し掛けているようだ。

 ──壁を叩く音がした。

「ボッシュ大佐は亡くなられたのか」

 将校が独り、背後に部下を連れ入り口に立っていた。

「ああ。確認するか?」

 クレイグの言葉に将校は不要だ、と言った。

「既に貴官が確認されたのだろう」

「……貴官が副官か」

 徽章を確認し、クレイグが問う。

「そうだ。貴官の所属部隊を確認されたい」

「所属部隊と言っても……俺は軍部に飼われていないのでね」

 さっと副官の表情が変わる。

「では……」

「悪いが名乗ることはできない。ひとまず『黒』とでも言っておこう」

 副官の後ろから小さなざわめきが起きる。

「『ハイデルベルグの亡霊』か……」

「さあな。……話があったのではないのか」

「……ああ」

 険しい表情で副官は肯定する。

「だが、貴官が軍部に所属していないということであれば関係のない話だ」

「上官の罪状が自分達に累が及ぶような内容なのか確認しにきたということか」

 きびすを返しかけた足をクレイグの言葉が引き留めた。

「処刑人に聞けよ。──嬢ちゃん」

 困惑の表情を浮かべる副官をよそにクレイグは檻を覗きこんでいる少女を呼んだ。

 再びざわめきが起こる。上官を追う後ろ姿や同僚が昏倒させられた姿を見た者も多いはずだ。だがその幼い容貌を新たに目にするとやはり信じがたいのだろう。

「……ボッシュ大佐はなぜ断罪された」

 呼びかけに寄ってきた少女に副官は訊ねた。少女はおもむろに首を横に振る。

「知らないわ。私はターゲットの生命活動を停止させるように言われていただけ」

 補足するようにクレイグが訊ねる。

「ターゲットは彼一人だけか?」

「そうよ。かばう者は容赦するなとは言われたけど」

「……だそうだが」

「そんないい加減な話があるか!」

 後ろから大きな声があがる。

「大佐は不正を行われるような方ではない」

 体格のいい若い将校が顔に血を昇らせ、身を震わせている。

 周辺の将校達は一瞬呆気にとられたが彼の怒りを受けクレイグ達に敵慨心を映した視線を送り出す。

 副官の隣に立つ将校が腰に手をやる。……が、副官が腕を伸ばし制する。

「やめろ。大佐が有罪であるという証拠はないが、無罪という証拠もない」

「証拠はありますよ」

 のんびりとした声が背後から応えた。

「何だと?」

「はい、どうぞ」

 紙の束をジーリングは副官に差し出した。

 表紙に見入った副官は表情を凍らせる。

「情報種第一級文書。──これ以上は何も言わなくていいでしょう」

 沈黙が場を支配した。

 『情報種第一級文書』。いかなる事由を以ってしても、持出を禁ずる──

「……失礼する」

「これからどうする気だ」

「それを行った者が誰であれ、我々が非常に不利な状況であることは理解した」

 副官は振り返らず告げる。

「軍部に投降する。私は補佐を務める者として罪に問われるだろうが、部下達を助けることはできるだろう」

「……そううまく行けばいいけどな」

 クレイグは棚にあった小瓶を手にとりもてあそびながら揶揄するように呟く。

 副官の眉がぴくりと動く。

「機密を売りさばいて私腹を肥やす高官、それをわざと見過ごしたあげく都合よく断罪する政府──それでもまだお前達は犬の首輪が欲しいのか?」

「貴様、我々を愚弄するのか」

「同じ国民でありながら……」

「生憎俺は国籍なんて鎖は断ち切ったんでな」

 怒りに猛る部下達に動じることもなくクレイグは答える。

「ま、手を下したのは俺じゃなく当の軍部だが──今の俺にとっちゃこの国の意味なんて何もない、ただ『生まれた土地』だったというだけだ」

「いきがるな、傭兵風情が」

「やめろ」

 副官が背後の言葉を制し、まっすぐクレイグの顔を見据えて告げた。

「我々は軍人だ、軍規に則って行動する」

 クレイグは大きく息を吐くと、胸ポケットから折りたたんだ紙を取り出し副官の方へ放り投げる。

「……幸運を」

 副官はその紙を広げ──再び丁寧に折りたたみ、敬礼する。

「お気遣い感謝する」

 ──残された者達は静かに去っていった。

 クレイグは手に取った小瓶をじっと見ている。

「魔法遣い」

 その声にジーリングが振り向く。

「教授は、目的のモノは掌大の瓶に入っているといっていたが」

 目の前にかざされた白い砂が半分ほど詰められた瓶を見て、ジーリングは小さく呟いた。

「……ナノ・ストレージ」

 クレイグはその名を小さく繰り返し、軽く転がす。液体のような動きだが、かすかに聞こえる微小な摩擦音が瓶の内容が粒子状の固体であることを示していた。

「……噂には聞いていたが」

 『実物』を眼前にかざしながらクレイグが軽く感嘆の声をもらす。

「これに天文単位のデータが入る訳か」

「大尉にも見たことがないものがあるわけですね」

「──ナノ・ストレージはまだ開発されて日が浅いし、コストダウンにもまだまだ時間がかかる。絶対数がない。……ほらよ」

 クレイグは小瓶──ナノ・ストレージを軽く勢いをつけジーリングに向かって投げつけた。

 ジーリングは虚を突かれた表情になったが、それを受け止めようと腕を伸ばす。

 空中で小瓶が砕けた。──掌に硝子の破片と細かい粒子が落ちた。

 ジーリングは顔を上げる。クレイグが腰掛けたままFN57を彼に向けていた。

「──何を」

 クレイグは彼に向けた銃口を外し、言い捨てた。

「別に」

「あなたはこのナノ・ストレージを回収にきたのではないのですか?」

 疑問から怒りへ、ジーリングの口調が変わる。

「お前に言う必要はないな」

「なぜ」

「依頼人はお前じゃない」

 青年は絶句し──なおも食い下がる。

「……ですが」

「お前のことは信用してない。お互い様だ」

「……」

 ジーリングはしばしの間沈黙していたが──やがてぽつりと呟いた。

「……先生はなぜ私に依頼されなかったのだろう」

「何だ。そんなガキのような理由ですねてたのか」

「……」

「そう睨むなよ。──俺に依頼したってのは、俺が部外者だからだろ」

「どういう意味です」

「これ以上は言えない。意味がないし、お前も納得しない」

「……」

「あとは帰って教授に聞くんだな。……で嬢ちゃん」

「何」

「そいつが何で檻の外にいる」

「檻の中は飽きたって」

「そうじゃなくてだな」

「『狐』が喋れないって言ったのは『黒』だけど」

「何で檻の外に出したんだって訊いているんだよ」

「だから、『FOX II』が『檻の中は飽きた』って言ってたから」

「……今度は狐かよ。で、聞きたかねえがその『FOX II』てのは」

「この子が、名前はないから好きに呼べって」

「Foxtrot II?」

 ジーリングが苦笑する。

「そう。この子、目が赤いから」

「よりによって『赤外線誘導ミサイル』か」

 そう言いながらクレイグはFN57のセーフティをさりげなくはずす。

「『黒』?」

「ただ俺は狐の面倒まで見られねえからな。お前が何とかしろ」

「……『元よりそのつもり』だって」

「それは結構。ところで嬢ちゃん」

「何?」

「何か感じないか?」



   ***



「仕掛けてこないね」

 周辺に気を配りながらレニが呟く。

「向こうもそんなにバカじゃないだろうし。もうちょっと有効そうな武器の準備でもしてるかな」

「嫌なこと言うわね」

「冗談だって。……でも僕とアヤを殺すのは簡単だけど、ベリファはそれこそ都市一つ破壊できるような兵器でも使用しない限り壊せないよ。そしてベリファは自分より僕を優先する。その僕がアヤを優先するんだからみんな死なない」

「大した自信ね」

「事実だから」

 レニはまっすぐ進行方向をみて応えた。


「目標、最深部へ向かっています。やはり目的は中央制御室かと思われます」

「しかし解せません。脱出不可能な最深部へ……自殺行為としか」

「ここの実質的責任者は何と言ったかな」

「局長ではなく?」

「あんなのは余生の安楽を求めて耄碌した屍さ」

「とすると……アヤ=ツヅキですかね」

「アヤ=ツヅキ……ツヅキ博士……」

「ご存じで?」

 指揮官は首を横に振る。

「時間の無駄だな、死にゆく者の正体を詮索するなんてことは……だが、確実に先方にとって絶望的なこの状態で、彼女達は明確な目的を持って進んでいるように見受けられる。油断はできん」

 断言し、通信機をとり短く返信する。

「まもなく用意が終わる。制御室に入り込まれる前に一気に仕掛けるぞ」


「着いたわ」

「……ここが」

分厚い扉を見てレニが息を吐く。アヤは頷いて廊下に書かれた2つの点の上に足を置く。

壁にIDカードを差し込み、続けて暗証番号を打ち込んだ。

 ──足音が複数近づいてくる。アヤは動かない。

「ベリファ!」

 レニの命令に前後して、脇にいたベリファの腕が広がり──

「撃て!」

 薄い膜の向こうで衝撃音が立て続き、白煙がたちこめる。

 かばうように伸ばされたベリファの腕が変形し、弾幕を撥ね返している。

「あとどのくらい!」

「5秒」

 ──ランプがつくと同時に制御室の扉が開く。同時にレニはアヤの身体を扉の内側へ押し込んだ。

「ベリファ!」

 その背中に囁くように告げる。

「ここを死守しろ。兵器使用自由」

「……」

 軋む声の返答を確認し、レニも扉の中に潜り込む。

「アヤ、閉じて」

 制御室の扉が閉じた。

「しまった、入り込まれたか」

「騒ぐな。──まずあの化け物からだ。全アンチマテリアルウェポンへデバイスドライバー接続」

「第一目標、人型強化外骨格。第二目標、装甲隔壁内部の生体反応。斉射制御をエヌラ01に同調。弾種徹甲」

 鋼鉄さえ引き裂く極音速の顎達が、その鎌首を上げ始めた。


「何あの生体認証」

「虹彩、心音、脳波」

 並べられた単語を思考で咀嚼し──レニは軽く顔をしかめる。

「バラした部品で開けられないようにって? ……イカレてる」

「あなたと同じくらいにね」

 くすっと笑ってアヤは中の端末にIDカードを差し込み、キーを叩いた。画面に【Call Emargency】の文字が現れる。

「行くわよ」

 人差し指がエンターキーを押した。


 轟音と共に巨人の身体に巨大な穴が穿たれる。

 白煙が立ち込める。兵士達は黙ったまま巨人のシルエットを凝視した。

「何だ……?」

 かすれた声が恐怖を帯びる。

 白煙の中、鋭い赤光が水平に走る。

 徐々に澄んでいく空気。大きく歪んだシルエット。赤光は燃えて裂けた布の奥から伸びていた。軋みとも叫びとも聞こえる錆びた音が廊下に響き渡る。

 空気の濁りが半減した。

「……れに、死ヌ」

 兵士達の動きが止まる。壁から一面に銃口が『生えて』いた。

 ひしゃげた身体の一部が障壁と融合していたことに気付いていた者はいただろうか。

「赦、サレ、ナイ」

 その言葉と同時に壁一面が無数の光を放った。


『メインシャフト分解まであと60秒』

「ベリファ!」

 レニの声に呼応して壁から巨人の身体が『生える』。

「僕と彼女を保護。その上で下に向かって掘り進め」

 ──巨人の身体が開いた。

 恐る恐るアヤはその身体に触れる。自在な変形をするそれは予想に反しひんやりとした金属の触感だった。

「アヤ、早く」

 レニが小柄なアヤの身体を押し込む。

 ──【万能外骨格制御機構フェノメナス】。

 不意に思い出す。大学で起こった事故。被害者であったはずの彼女が打って変わって加害者と認識されてしまったのは、レニの生存本能とそれによって引き起こされたベリファの暴走。

 だがアヤはその思考を振り払う。1回は諦めたのだ。自分が生き残るかどうかなんてことはどうでもいいこと……今はこの子が立てた誓いを反故にしないために。

 白衣のポケットに突っ込んだプログラム・ディスクに触れ、アヤは目を伏せた。

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