81:不可解な感情

 手応えあり。

 特大の電撃を撃ち放ち、その電撃が敵の姿を丸ごと飲み込んだその瞬間、竜昇は自身その手に、感じるはずの無い手ごたえを確かに感じていた。


 同時に、空中でハイツの鎖から逃れた静が柱を蹴って竜昇のすぐそばへと着地する。


「竜昇さん」


「静、そっちも無事で何より、って言うかその格好って……」


 すぐそばに降り立った静の、その現在の格好を目の当たりにして、竜昇は思わずその姿を凝視しそうになってとっさに視線を逸らす。

 敵の鎖から逃れるためにセーラー服を脱ぎ捨て、着ていた制服もスカートのみを残すだけとなった静がその下に着ていたのは、驚いたことに下着ではなくスクール水着だった。

 しかも最近の競泳水着ともまた違う、いわゆる旧スクなどと呼ばれているものである。

 流石に静も胸のゼッケンに名前を書くような真似はしておらず、ネタではなくあくまで実用性重視でそれを選んでいたようだったが、それでもこうなった経緯を知らなければ悪ふざけかコスプレのような格好だった。

 下着姿でなかった分、普通に考えればましになっているはずなのに、なぜか普通に下着姿だったよりも背徳感を感じさせられる格好である。


「ああ、これですか? なにしろ下着の替えが無かったものですから、あの購買にあった物を一着拝借したのです。最悪、こちらならば下着と違って見られたところであまり問題ありませんし」


 あっさりとそういう静に対して、竜昇は内心『そうか、見られても問題はないのか』と、彼女の中の認識にそんな感想を覚えながら、同時に静を取り巻く厳しい服飾事情を思い出す。

 確かにあの購買に至る前、彼女は胸元を着ていた服ごと斬りつけられて、使い物にならなくなった下着の代わりに手当に使った包帯でそれを隠していたようなありさまだった。ならばあの購買で服の替えを探した際に、一緒に下着の代わりを探していたとしても別段不思議でもなんでもない。

まあ、しいて問題をあげるとしたら、仮に彼女が下に着ていたのが今のスクール水着ではない普通の下着だったり、下手をすると何もつけていなかったりしていた場合でも、先ほどのような場合には躊躇なく服を脱いでしまいそうなことが問題と言えば問題だったが。


「――ってそうだ服ッ!! よく考えたらお構いなし撃っちゃったけど、あれじゃ小原さんの服も丸焼けなんじゃ」


「ああ、そう言えばそうですね。……ですが、服もそうですけどどちらかと言えばあちらの心配をした方がいいのではないでしょうか?」


「あちら?」


「いえ、あのハイツというらしいかた、竜昇さんの【迅雷撃】の直撃を受けているわけですが――」


 どこか納得のいかなそうな、こんなはずではないというような表情で静の口から放たれたそんな言葉に、竜昇の方もようやく静が言わんとしているその事実に思い至る。

 確かに、言われてみれば【迅雷撃】の直撃を受けたのはこれまでの敵ではない、列記とした人間である。これが通常の敵であったり、撃ち込んだのが相手を昏倒させる程度の威力に留まった【雷撃】だったりすれば何も問題はなかったのだが、【迅雷撃】のあの威力を人体が受け止めたのだと考えれば確かに問題だった。


「……もしかして、死んでたりするかな?」


「その可能性は決して低くないかと。しかし意外ですね。互情さんなら、そのあたり、むしろ私よりも気にしているかと思っていたのですが――、いえ、どうやらいらぬ心配だったようです」


 そう言って、静はすぐさま先ほどまでの鋭い雰囲気を取り戻すと、竜昇の前に武器を両手に立ちはだかる。


 言われて、竜昇の方もその方向へと視線を向ければ、あろうことか見覚えのある人影がそこに立っていた。


「驚きですね。あれを受けて生きていたばかりか、立ち上がってこようとは」


 静の言葉に、竜昇も内心で覆いに同意する。

 先ほど竜昇の最大魔法、【迅雷撃】に確かに飲み込まれたはずの男、ハイツ・ビゾンが、自身と床面を繋ぐ鎖を消しながら確かにそこに存在していた。

 とは言え、その姿は先ほどまでと変わらぬとはお世辞にも言い難い。


 恐らくは電撃のダメージを緩和できる【甲纏】を使い、さらに地面に件の鎖付の杭を撃ち込んで、地面に電力を少しでも逃がすことでダメージを緩和したのだろう。あるいは竜昇の知らないなんらかの手札も使ったのかもしれないが、どちらにせよそれだけでは流石に【迅雷撃】の電撃を完全には無効化できなかったらしい。


 今のハイツの姿は、先ほどまでとは見る影もないありさまだった。

 服はあちこち焼け焦げているし、同じように体の各所にも火傷のような跡が見える。手足も痙攣しているのが隠しきれていないし、件の多節棍のような武器で体を支えていて、明らかに立っているのがやっとというありさまだ。

 どう見ても、今のこの敵は戦えるような状態ではない。

 “とどめを刺すのは簡単だろう”と、竜昇にさえそう確信できるだけの、そんな深いダメージをハイツは受けていた。


 そしてそのことを、恐らくハイツ自身が誰よりも自覚していたのだろう。


「……ベルフ、オルコカスト、ジルケイナ……」


 意味の分からない、負け惜しみなのか降伏の宣言なのかもわからない何事かをハイツが口にする。

 そして意味が分からない以上、竜昇たち自身も簡単に警戒を解くことはできない。相手が何を考えているのかわからない、しかし確実に何かを狙ってくるというのは戦う上では言い知れない恐怖だ。なまじこれまでの敵がまともな思考回路を持っているのかどうかも定かでない敵(エネミー)達だっただけに竜昇にはそんな恐怖がより一層強く感じられた。


 そんな竜昇たちの緊張を、ハイツの方も的確に読み取っていたのだろう。口元を歪め、一度自嘲するように笑いを漏らすと、すぐにその笑みの表情を消してその視線を竜昇たちとはまた別の方向へと移した。


「――!!」


 竜昇がその視線の行く先、相手の狙いを悟るその前に、静の方が何かに気付いたのか鋭い踏み込みでもって動き出す。

 踏切の直後、竜昇に反動が来ない位置で【爆道はぜみち】を使用し、ハイツとの距離を一気に詰めようとするが、それよりもハイツが問題の魔法を発動させる方が一手速かった。


「アウル・ハウル・ロウディア――!!」


 振り撒かれる魔力の感覚、それに反応したのは数ある魔法陣の内のたったの二つだけだった。

 走る静の、その進路方向の右手に存在する柱。そしてもう一点は、最初にこのフロアに竜昇たちが飛び込んできたとき、ハイツによって倒されていたと思しき男性の、その右肩のところだった。


 二点が鎖によってつながれ、その鎖が魔法陣に吸い込まれるようにして男性の体を牽引し、浮き上がった男性の体が一気に柱目がけて引き寄せられる。


「ヘッツレィッ!!」


 その牽引は、しかし静がその様子に気付き、男性の体が柱に激突するその前に中断された。

 それまで男性の体を牽引していた鎖が突然消えて、代わりに左太ももの別の魔法陣からさらに鎖が生えて、先ほどまでつながれていたのとは別の、一つ手前の柱と男性の体が連結される。

 今度は鎖が男性の体を牽引することはなかった。


 代わりに、直前までの牽引の勢いが鎖によって方向を変えられて、まるでハイツの使う武器の鎖の先の分銅を振り回すようにして、男性の体が静目がけて叩き付けられる。


「――っ!!」


 その光景を見て、さしもの静も思わず立ち止まる。

 迫る男性の速度は、静にとって決して回避できないものではない。 

 だが、“回避してしまったらどうなるか”、その想像が働いてしまうがゆえに、静は自身に安易な回避を許せない。


「くぅッ――!!」


 とっさの対応。静の体を包むオーラが勢いを増して、ハンマーのように迫る男性の体を無理を承知で受け止める。

 とは言え、体格のいい男と、女子として平均的な体格しか持たない静では体重差は圧倒的だ。いかにオーラの助けを借りたところで自分より体格の良い男性を受け止められるわけもなく、どうにか勢いを殺しつつも二人の体がそのまま吹き飛ばされて、もつれあうようにして床へと転げ落ちる。


「静――ッ!! 野郎ッ――!?」


 同時に電撃のダメージが抜けきらないはずのハイツが鎖に引かれて宙へと飛び出す。

 どうやら自身の体と、竜昇たちから離れた位置にある柱を鎖で連結し、その鎖に牽引されて先ほどまでと同じ空中機動に移ったらしい。

 今この瞬間を狙われては不味いと、とっさに静たちのフォローに雷球を飛ばそうとした竜昇だったが、しかし空中のハイツが狙っていたのは全く別の対象だった。


 竜昇の背後、これまで鎖によって壁につながれ、磔にされていた少女の体が鎖の消滅によって解放されて、代わりに着ている制服の胸の中央あたりに魔法陣が現れてハイツと少女の体を鎖でつなぐ。


「なんだと――!?」

 鎖が少女の体を急速にハイツの元へと引っ張って、空中にいるハイツがいまだしびれで動きの悪い腕をどうにか動かして少女の体を確保したのはその直後のことだった。


 そうして、ほとんど自分にぶつけるようにして少女の身柄を確保すると、ハイツは少女の体を抱えたまま、その全身のプロテクターから更なる鎖を伸ばして付近の壁や柱と自身を連結し、そのけん引力によって急速に竜昇たちの元から遠ざかっていく。

 行く先は竜昇たちがここに来たのとは逆方向。

 改札の向こうの、電車が侵入するホームがある、その階段方向だ。


(あいつ、あの娘を攫って逃げるつもりか――!!)


 瞬時に相手の意図を推察して、竜昇は瞬間的に考えを巡らせる。


 今の人間をハンマーにするような攻撃で、静は今すぐには動けない。

 直前に見た静の様子ならば大きな怪我をしたとは思わないが、それでも大の男を少女一人が受け止めたのだ。いかに彼女と言えども僅かばかりは足が止まるし、そのわずかの間にあの敵は逃走するつもりだろう。


 ならば、今唯一自由に動ける竜昇は、いったいどのような行動に移るべきか。


「――逃がすか!!」


 一瞬の逡巡の末、竜昇が下した決断は単独での追跡だった。

 踵を返し、空中を鎖のけん引力によって逃走するハイツの、その行先目がけて竜昇自身も疾走を開始する。


「竜昇さん――!?」


「静は後から追って来てくれッ!!」


 驚く背後からの声にそう返して、竜昇は全力疾走でハイツの後を追う。

 ここに来る前、静によって与えられた支援技の助けを借りて、空中を猛烈な速度で逃げていくハイツに続いて改札口の方へと走り出す。


(逃がす訳にはいかない――)


 この状況は、おおよその推測こそ立って入るものの、まだまだ不明な点が多い。

 実際のところ攫われた少女や静にぶつけられた男性が竜昇たちと同じプレイヤーだというのも、全部二人の格好を見て出した推測でしかないのが現状だ。

 だが、たとえ竜昇の推測が全て外れていたとしても、あの敵があの少女の身柄を押さえたまま逃走に成功するというのはどう考えても最悪の事態だ。

 攫われた少女が攫われた先でどんな目にあわされるかわからないというのも理由としては大きいが、それ以上にあそこまで追い詰められていた敵がこの期に及んで自分一人ではなく、無理やりに少女一人を攫っての逃走を企てていることに大きな不安を感じる。

 いったい何を思ってそんな行動に移ったのかはようとして知れないが、しかし碌なことにならないという予感が竜昇の中で激しい警鐘を鳴らしている。


 なにより、竜昇たちは既にあのハイツという男と敵対してしまっているのだ。

 あれだけの強敵を、みすみすこのまま逃がしてしまうのは先々のことを考えてもあまりに危険が大きい。


(逃がさない。絶対に逃がさない――)


 走る勢いを殺さぬまま【光芒雷撃レイボルト】を起動。

 同時に、胸の内に生じた決意を小さく一言言葉に変える。


「――絶対に仕留めるころす。今、ここで――!!」


 ――その感情が本来ならば明らかに不可解なものであることに、自分自身では一向に気付かぬままに。


「【光芒雷撃レイボルト】――発射ファイア!!」


 宙を鎖の牽引によって走るハイツの背中へ目がけ、竜昇は出現させた雷球を躊躇することなく叩き込む。

 手加減など、頭の片隅にさえよぎることなく。

 殺してしまっても一向にかまわないという、そんな本来あるまじき勢いで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る