68:購買の痕跡
次の機会がいつ訪れるかわからないからと万全の準備をして出発したその後で、さほど時間を置かずにより準備に適した場所についてしまうと、なんとも虚しいような腹立たしいような、そんな気分に襲われるのだということを、この日竜昇は初めて知った。
場所は高等部校舎をあっさりと通過したその向こう、最初に確認した四つの校舎の内で一番小さかった校舎の、その一階部分でのことである。
高等部校舎の一階、ちらりと覗いただけのその場所は、ある意味一番の危険地帯と思しき特殊教室が軒を連ねていたため素通りしてきたのだが、その次の踏み込んだ小校舎の、その一階部分には酷く都合のいいことに、竜昇たちが見つけたら絶対に物色しようと心に決めていた、念願の購買部が予想よりも大きな規模で店を構えていた。
「すごいな……。ちょっとしたコンビニ、いや、面積的にはその二・三倍はあるぞ……」
「品ぞろえは流石にパンやお弁当などの食品や、学校らしく文具が多いようですけど、教科書なんかも扱っているようですし、ああ、良かった、とりあえず制服や体操着もあるようですね」
奥のバックヤード、そこでハンガーにかけられている制服や、ビニールでラッピングされた体操服を見つけて、流石に静も若干安心したようなそんな声を漏らす。
ちなみに現在、静は左袖の無いジャージとボロボロのスカートのその上から、先ほどのデッサン人形の、王子の方からドロップしたマントを羽織ってその露出の多い服装を隠していた。
鑑定して判明したアイテム名は【染滴マント】。どうも染色による色の変更をしやすくしたマントのようで、マントの一か所の色を変え、そこに魔力を流し込むことで、マント全体をその色に変化させるという、染料一滴でマント全体の色を変えられるという奇妙なマントだった。戦闘用というより、どちらかと言えば変装や潜伏に向いていそうなアイテムだったが、今は静の服装の状態を鑑みて彼女に半ば押し付けるようにして装備させている。
ちなみに、マントの他にもあの二体の敵からは常識的なサイズのデッサン人形二体と、さらにお姫様が付けていたと思われる、見るからに高そうなティアラがドロップしたが、どちらも特殊効果などは見受けられなかったため、静の鶴の一声でどちらも破棄することとなった。
こう言う時、宝石がちりばめられたティアラに何の未練も抱かないあたりが、静という少女の彼女たる所以である。
「【探査波動】でも特に異常はない。とりあえず中を物色しておくから、先に着替えてきてくれ」
「わかりました。ではお言葉に甘えます」
そんな会話を交わして、竜昇はとりあえず品ぞろえを把握しておこうと、一人店内をうろついて商品の一つ一つを確認していく。
店内は窓が無いため、星明りなども差さずかなり暗かったが、幸いなことに壁を探った際に電灯が付くことは確認している。これまでは明かりが漏れることで位置を知られてしまう可能性があったため使えなかった電灯だが、窓が無いならばその危険性は低いし、先ほど店内に侵入した際店の出入り口のシャッターを閉めたため、廊下に明かりが漏れる心配もない。ついでに言えば、例のごとく【静雷撃】を仕込むうえでもこのシャッターの存在は非常にありがたかった。
(おお、ラッキーだ。まさか携帯充電器まで置いているとは……)
店舗の隅で電池式の携帯充電器と乾電池が置いてあるのを見つけて、竜昇は思わずその場で小さくガッツポーズをとる。
学校の購買で授業の邪魔にもなりかねない携帯電話の、その充電器が置いてあるとは全く思っていなかったため、この品ぞろえは素直にうれしかった。とは言え、もしかするとこの品ぞろえ自体が竜昇たちを無理やり戦わせている不問ビルの側の人間の意図かもしれないので、流石に素直に感謝まではできなかったが。
とは言え、これでとりあえず、食料、医療品、衣服、携帯充電器など、当初調達したいと考えていたものの大半が手に入ったのも確かだ。しかも、先ほどチラリと見た限りでは学校鞄などもあるようで、現在の静の持っていたカバンよりもより多くの荷物を調達していける見込みが出てきている。
もちろん、食料や電池などの消耗品はこの先又どこかで調達する必要性が出てくるだろうが、少なくとも当面必要になる物資は確保できた形になる。
と、とりあえず必要になりそうなものを集め始めた竜昇だったが、しかし電池と充電器を確保して、食料の方を物色しようと売り場を移動したところで、その食料品売り場の中に一点気になる個所を発見した。
(ん……?)
その箇所を見つめ、竜昇がその場所へと近寄ろうとしたちょうどそのとき、ふいに背後に気配を感じて、竜昇はとっさにその場で後ろに振り返る。
見れば、もう着替えが終わったのか、これまで来ていた霧岸女学園の制服とも違う、どこか古風なセーラー服に身を包んだ静が荷物を片手に立っていた。
「どうかしましたか、互情さん」
「……いや。随分と着替えるのが早かったなと思ってさ」
「ああ、はい。実は早着替えは得意でして。実はこれでもバックヤードを調べてから来たくらいなのです。友人曰く、脱ぎっぷりがいいんだとか」
「脱ぎっぷりって……」
内心でホッとしつつ言った言葉に対してそんな言葉が返ってきて、竜昇は心中で先ほどとは違う意味で動揺する。
そして、その動揺はどうやら静の方にも見透かされているらしい。目の前の静は表情こそいつものポーカーフェイスだったが、しかしその瞳の色は明らかにこちらの反応を楽しむような、眼だけで笑っているようなそんな感情が見て取れた。
悔し紛れに咳払いをして、早々に竜昇は話題を変えることにする。
「――ってあれ、そういや小原さん、また制服にしたのか? 今後動き回ることを考えるなら、制服よりもジャージや体操服の方がいいんじゃないかと思うんだけど……?」
「ああ、はい。私も一応ジャージや体操着など探してみたのですが、実は生憎とサイズが合うものを切らしているようで」
「切らしてた?」
「ええ。私の体格に遭うものは一枚も残っていませんでした」
予想外の言葉に聞き返す竜昇に対して、静は淡々と、しかし視線の中に強い興味を示しながら、自分が見てきたものをそう証言する。
そして、竜昇にもその事実が何を意味するかはすぐに分かった。なにしろ竜昇の方も、今しがた同じような事態に直面したばかりなのだから。
「こっちでも、実は似たような事態になってるのを見つけた。そこの棚、たぶんパンか何かが並んでいたんだろうと思うんだが、一列一品目がきれいさっぱりなくなってる」
「特定のサイズの体操着やジャージだけが丸ごとなくなってしまっていました」
聞けば、いくつか積んであった体操着の箱の内、静の体格に合うサイズのものだけが全て開封されて、部屋の隅にその段ボール箱だけが残されていたらしい。
購買の性質故なのか、もともとそれほど数があったというわけではなかったらしいのだが、それでもあったはずのものが無くなっているというのはこの場合大きな意味を持つ事実だった。
なぜなら、そうした無くなった物品が持つ意味とはつまり――。
「先客がいた、ということなのでしょうね、普通に考えれば」
「先客って……」
言われて、竜昇はすぐにはその意味が解らず一瞬とは言え言葉を失う。
一瞬、ここに何かの敵がやってきて、たくさんある物資の内からいくつかのものを持ち去ったのかと思ったが、このビルに出没する敵がそんなことをするのはどう考えても不自然だ。
むしろこの状況を説明するなら、より適切でそれらしい可能性がある。
「まさか、俺達以外の誰か、プレイヤーがここに来てたって言うのか?」
「可能性は高いと思います。というか、私たちがこのビルに入った経緯を考えれば、同じような経緯でビルに侵入している人間がいても何ら不思議はないかと」
「確かに……、そうだけど……」
言われて、これまであまり考えてこなかった可能性に竜昇は少なからず動揺する。
このビルに竜昇たち二人以外のプレイヤーがいる可能性。思えば十分に考えられたであろうその可能性を、しかし竜昇はこれまでほとんど考えてこなかった。
それはここまで生き抜くのに精いっぱいであったことや、思考が同じ立場の者達よりも、このビルを作ったであろう何者かの方に向いていたことなどが理由としては大きいのだろう。
実際のところ、竜昇とて四六時中ビルに侵入する人間がいないかを観察していたわけではないため、竜昇が認知しなかっただけで、静以前にも誰かビルに入り込んだ人間がいたとしても何ら不思議はなかったというのに、竜昇は自分以外のプレイヤーがこのビルに存在しているというその事態そのものがほとんど盲点だったのだ。
だがそれに対して、静の方はどうも以前からその可能性を念頭に置いていたらしい。
「実際そう考えると、あの食堂の私たちが来る前からの惨状にも説明が付きます。あの惨状、ひょっとするとあの骸骨が無意味に暴れたのかもとも思っていましたが、あれが私達以前に来た誰かの戦闘の痕だったのだとすれば納得もできるというものです」
「……確かに」
言われて、ようやく竜昇の方も先ほどまで拠点として利用していた食堂の、その惨状にまで思考が及ぶ。
言われてみれば、あの場の惨状は何かが暴れたというより、何者かが敵と戦闘を行った後だと考えた方が自然な状況だ。焼け焦げた絨毯や斬撃痕、床や壁のクレーターなど、思えば攻撃の跡と思しき痕跡も実に多種多様で、あのすべてが昨日の骸骨一体によってつけられた傷と考えるのは無理がある。
「さっき、同じサイズの体操服が全部なくなってたって言ってたな。それって、ここに来た人間は一人や二人じゃなかったってことか?」
「……そう、ですね。この購買の体操着がすべてなくなっていたことを考えても、同じような体格の人間が複数人、少なくとも存在していたと考えるのが自然です」
「同じような体格……」
言われて、ふと竜昇はここに立ち寄った者達の、そのうちの何人かが女子だったのではないかとそう考える。
竜昇が見たところ、小原静という少女は同年代の女子の中では平均的な体格の持ち主だ。必然、彼女に合うサイズの服を選んだということは、服を持ち去った人物は静と大差のない体格をした人間だったことになる。
となれば、そんな体格の持ち主は静と同じく女性か、男子であったとしてもあまり背の高くない人物であることが予想できる。
(……いや、少なくともこの場で、ここに立ち寄った人間がどういう相手だったかを探ることに意味はないか……)
そう、ここに立ち寄ったのがどんな人物の集団だったのかについては今はあまり重要ではない。もちろん、長い目で見るなら彼女達ないしは彼らがどんな人間だったのかを推測する必要は出てくるのかもしれないが、生憎と竜昇たちが今考えるべきなのはそれ以前の問題だ。
すなわち、そのパーティはいったいいつ頃ここにきて、そしてどこに向かったのか。
(もしこのパーティと合流することができれば、共同で攻略を進めたり、情報交換したりできるかもしれない)
「物資を調達する前に、俺達の前にここに来た連中につながりそうなものが、なにか残っていないか探してみよう」
逆に何らかの利害が対立して衝突する危険性も頭の隅に置きながら、竜昇は静にそう提案し、共に一通り購買の中を捜索してみることにする。
並ぶ商品の中から明らかに減っているものを探し、同時に何か残されたものが無いかを探し回って、そして――。
「互情さん、これを見てください」
カウンターを調べた静が、まるで後から来る人間に残すように、これ見よがしに置かれていたらしい一枚の紙を見つけてきた。
残されていたのは、恐らくこの購買の中で見つけたのだろう数枚のルーズリーフ。
二つに折りたたまれて置かれていたその紙に書かれていた内容は、まさしくこの場所に後から来る人間へとあてたような、そんな誰かの手紙だった。
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