56:フォーメーション
眼前から雷の獣の群れが押し寄せる。
先ほどは牛とネズミだったのに対して、今度の敵は犬と猿。そのラインナップに、少しだけ十二支を思い出した静だったが、しかしその二種類に交じって襲来する大量の蝶の存在に、静はその考えをあっさりと放棄した。
どのみち敵の構成についてなど考えている暇はない。今は退くか進むかを判断するべきタイミングで、そしてその二つのどちらを選ぶかと問われれば静の中ですでに答えは決まっていた。
「交戦しましょう。フォーメーションは【スタンダード】で」
「――了解」
静が要請しながら前へと出ると、それに対して迷いのない声で竜昇が答えてくれる。
先ほど保健室に滞在していた際、静と竜昇は話し合いの場を持っていくつかの取り決めを行っている。
その取り決めの一つが、緊急時の判断は主に静が下して、竜昇はそれに従うというものだった。
竜昇曰く、自分はとっさの対応能力がそれほど高くないからというのがその理由で、一応【魔本スキル】の影響でその傾向は若干改善されはしたものの、こうした緊急時の判断は主に静が担うことが二人の中で決定されていた。
武器を構えて竜昇の前に立ち、静はすぐさまこの敵を迎え撃つための準備を整える。
「【甲纏】――!!」
魔力を放出し、静は全身と己の武器を念入りに黄色いオーラで包み込む。
電気系の攻撃に対して、このオーラが高い耐性を持っていることは、以前の大名との戦いの中で十分に証明されている。
敵は触れれば感電しかねない、そんな肉体を構成して襲い掛かる死体の群れだ。触れても感電しなくなる、そんな【纏力スキル】の存在は、静がこの敵と近接戦闘を行う上で絶対に欠かせない要素となる。
「――!!」
全身をくまなくオーラで覆って、静は襲来する死体の群れの、まずは先発として近づいてきた蝶の一匹目がけて右手の十手を振り下ろす。
恐らくは蝶の標本の、その一匹一匹に小さな勾玉を取り付けて使い魔化したのだろう。
先のネズミと違って、電撃の気配を隠そうともせずにひらひらと飛んできた蝶は、しかし振り下ろされた十手によってあっさりと地面に叩き付けられ、その体と勾玉を破壊されてあっさりその動きを停止させた。
「大丈夫、行けます、互情さん」
「オーケー。援護する」
自身の武器と体、それを覆うオーラが僅かに減衰したのを確認しながら、同時に自分が感電していない事実をかんがみて、静は背後の竜昇に対してそう宣言する。
対して竜昇の方も、静がとりあえず接近戦ができるとわかった直後に、自身の意識を【雷の魔導書】と接続し、【遠隔操作】の術式を介して自分の周囲に【光芒雷撃】の雷球を発生させた。
電撃が効かない現状、竜昇が持つ手札でこの敵に有効な手札は物理貫通性能を持つ【光芒雷撃】ただ一つしかない。
一応多くの敵を相手にするうえで一番有効と言える魔法が残った形だが、それでも敵を一網打尽にできる大規模魔法、【迅雷撃】が使えないのは少々痛手とも言える話だ。
「一度にこの数に囲まれると厄介だ。通路の幅が狭い連絡通路で迎え撃とう」
「承知しました、互情さん」
やたらと廊下が広い初等部校舎に踏み入らず、静は竜昇の言う通り、連絡通路に陣取って迫り来る敵に対して、先ほど取り決めたばかりの【スタンダード】のフォーメーションをさっそく展開する。
先ほどの保健室内で行われた取り決めのもう一つが、二人の戦力を効率よく使用するための、いくつかのフォーメーションの設定だった。
ここに来るまで、静たちはこう言っては何だがかなり行き当たりばったりに戦いを進めてきていた。
それは言ってしまえば、静も竜昇も自分たちの個人技能や、獲得した武器やスキルに任せてどうにか戦ってきたというだけの話で、二人で一応の連携を取ることはあっても、どうにもその場限りの場当たり的なものばかりという状態だったのだ。
だが敵が明らかに強くなっている現状、二人の連携が不十分なままで何処まで戦えるかは未知数だ。生存率を上げる上でも、より有効な戦術をある程度用意しておく必要がある。
そうして考案されたフォーメーションの一つ目が、戦術の基礎として考案された【スタンダード】である。
配置としては酷く単純、前衛に静を置き、その背後に竜昇が控えて魔法による支援を行うというもので、そのための魔法として竜昇は【光芒雷撃】を使用して雷球を生成、発生する六発の内の四発を静の周囲に配置して静の動きを援護、あるいは静が足止めした敵に対して雷球を用いて止めを刺すというフォーメーションである。
雷球六発の内、二発を竜昇の手元に残すこととしたのは静の発案によるもので、二発の雷球が手元に残っていれば、仮に竜昇の側に何かがあっても、残した二発で対処ができるようにという考えだ。
実際今の竜昇ならば【雷撃】程度の魔法ならば瞬間的に発動できるため、仮に背後から奇襲を受けるなどしても、残した二発の雷球や竜昇自身の【雷撃】、さらに呪符による【雷撃】発動まで含めれば、瞬間的な対応であっても攻撃魔法四発分は堅い。
そう言う意味では、静の側に雷球四発、竜昇の側に雷球と電撃の魔法二発づつを均等に配分して、なにが起きても一定の対処ができるようにしたのがこのフォーメーションであると言ってもいい。
二人しかいない静と竜昇を数に任せて圧殺するべく、蝶が、猿が、犬が、示し合わせたかのように一斉に、二人のいる連絡通路目がけて殺到する。
「
対して、竜昇がとった対応は、とりあえず先ほど決めた打ち合わせ通りのものだった。
静の陣取った位置の少し先、通路の四隅に配置された雷球の内、天井近くに配置された二発がまず光条と化す。放たれた電撃のビームが蝶数匹を粉砕し、その向こうにいた犬二匹を飛びのかせて一時的にとは言え殺到する敵達の、その数を一瞬だけとは言え減らしてくれた。
そうして、数を減らしつつも通路に侵入してきた敵への対処は、静の役目だ。
「――フッ」
黄色いオーラで包まれた十手を振るい、静はまず自身に迫ってきていた蝶達を立て続けに叩き落とす。
(――【甲纏】)
蝶との接触によって減衰したオーラを補充して、続けて静は蝶の後を追うように連絡通路へと飛び込んできた雷光の犬へと対処する。
(――、やはり打撃武器では核となる骨の破壊は難しいですか)
飛び掛かってきた犬の顔面を十手で打ち据えて、しかしそれによって静はこの場での己の武器の無力さを自覚する。
現在の静の武器は、右手で振るう【磁引の十手】と左手に持った【神造物】なる石刃を穂先にした急増の石槍だ。
対して、敵の身体構造は動物の骨と勾玉を合わせて、それを核に犬や猿と言ったその動物の肉体を再現したというそんな代物である。厄介なことにそうして再現された肉体は電撃であると同時にちゃんと肉としての性質を持っているらしく、打撃武器である十手ではいくら殴っても核となっている骨や勾玉まで攻撃が届かない。
(これでこの敵が上の階層であった陰陽師の水蛇のように、肉体としての性質を持たない相手だったらまだやりようもあったのですが――!!)
思いつつ、静は現状では犬に止めを刺すのは無理と諦め、ただでさ短くなってしまったスカートが翻るのにも構わず、オーラを纏った足で犬の腹部を蹴り飛ばす。
できることならばその一撃で腹の位置にあるあばら骨らしき骨やそれとくっついた勾玉を破壊してしまいたかったが、やはりと言うべきか静の蹴り程度ではそこまでの衝撃は与えられなかった。
代わりに、静の周囲に控えていた雷球が即座に動き、その光条で動きの止まった敵の骨と勾玉を打ち抜いて瞬時にその犬を消滅させる。
「ありがとうございます」
「いいよ。打ち合わせ通りだ」
もとより、静が動きを止めた相手を竜昇が雷球で打ち取るという今回のパターンは、【スタンダード】というフォーメーションを考案した中で当初から想定されていたパターンの一つだ。そう言う意味では、静に代わって竜昇がとどめを刺したとしてもそれは想定されていた戦略通りということになる、のだが。
(あまりよろしくないですね。私自身がとどめを刺せないというのは……)
犬との二度の接触で減衰したオーラを再度補充しながら、続けて静はまたも弾幕を抜けてこちらへと飛び掛かって来る猿の敵へと持っていた石槍を突き出した。
狙いは敵の核となっている、腰の位置にある、恐らくは腰骨と思しき猿の骨。
なんとか数を減らそうと勢いよく突き込んだ石槍の穂先がギリギリその腰骨の表面に傷をつけ、しかしそれだけの破壊では不十分だったのか槍の穂先の猿はじたばたと暴れて一行に消える様子が無い。
「――ッ」
突き刺したことで接触時間が長くなったせいなのか、どんどん減衰するオーラの様子を見た静がすぐさま槍を振るって穂先の猿の体を先ほどの犬目がけて投げ捨てる。
再び息を吐き出すようにオーラを噴出させて電撃に対するガードを固め、しかし静は、その魔力消費の量と頻度には自分が追いつめられるつつあることを理解していた。
(――ッ、オーラの消耗が思った以上に激しいですね)
この敵とやり合う上で、【甲纏】の存在はある種の生命線だ。下手にオーラが減衰したまま戦って、電撃を相殺しきれなかったり、オーラを失った状態で敵と接触すれば、それだけで静は感電して動けなくなるか、あるいはもっと進んで感電死という最悪の結末に陥る可能性すらありうる。
(とは言え、この数、この敵の量を相手に【甲纏】を発動し続けるとなると――)
見やった前方で、遂に竜昇の【光芒雷撃】弾幕を掻い潜ってきた電撃の犬が静目がけて襲い掛かる。
背後にいる竜昇も次々に雷球を補充して迎撃や敵の動きの牽制を行っているようだが、しかし圧倒的な数故にどうしてもその弾幕を掻い潜って来る者が複数出てきているのだ。
そしてそうなれば当然、そうして掻い潜ってきた敵の迎撃は静の役割となる訳だが、現状静の武器では敵の電撃の肉をうまく貫けず、相手へのとどめを、数が六つしかない竜昇の雷球に任せざるを得なくなっている。
(魔力を【甲纏】以外の別に回す余力があれば、こちらでも打てる手はいくつかあるのですが……)
本来であれば、石槍と十手しか武器がなくとも、静には攻撃力を底上げする手段をいくつか習得している。
【剛纏】で筋力を増強し、武器攻撃の威力を底上げしてもいいし、先ほど習得した【嵐剣スキル】の【風車】や、投擲スキルの【回転】【螺旋】など、より相手の電気の肉を突破しやすい手段は静の中にもいくつか存在しているのだ。投擲スキルについては投げるものが必要という欠点はあるものの、一応静もそれを補う手段は見出している。
だがそうとわかっていて静がその手段を取れないのは、偏に魔力の出力がそれに追いついていないのが原因だ。なにしろ、先に上げたそれらの技にはどれも相応に魔力を使う。敵が一斉に襲い掛かってきていて、それと交戦するために【甲纏】のオーラが不可欠である以上、減衰したオーラを補充するのだけで今の静の魔力放出量は手いっぱいなのだ。攻撃力のある他の技を使用するだけの余裕が今の静には存在していない。
(とは言え、このまま続けていてもらちがあきません)
思い、とにかく状況を打開するべく静は方法を模索する。とにかく一発、この状況を打開する、そんな手段が必要だ。
ならば今静がとるべき手段は。
「――互情さん、一度『リセット』します。」
「オーケー。足止めする」
静の後ろに下がりながらの求めに対して、すぐさま背後の竜昇が応じて牽制に回っていた雷球が静の目の前へと結集する。
まるで壁として立ちはだかるように、相手の進路上を塞ぐ六つの雷球。実際、通常の時ならば触れただけで感電、今相手にしている敵であっても至近距離から撃ち抜かれかねない雷球が壁として存在しているというのは、こちらに攻めかかってくる敵にとっては相当に邪魔な存在であるはずだ。一度に六発しか操れないため、数にものを言わせてゴリ押しされてしまえば突破されてしまう守りだが、それでも静が魔力を捻出する、その程度の時間は稼いでくれる。
「――フゥゥ……!!」
両手の武器の内、右手の十手に魔力を込める。
使用するのは先ほど習得したばかりの【嵐剣スキル】その中でも静が先の戦いで散々てこずらされたその技だ。
眼前で六つの雷球が、一つはビームとして消費され、一つは激突した敵個体によって吸収されて数を減らしていくその有様を眺めながら、静は己の持つその武器へとあらん限りの魔力を込める。
雷球が全て消費されるまでかかった時間はわずか数秒。それでも、竜昇が稼いでくれたその時間は状況を『リセット』するに十分な時間だった。
動きを阻害する雷球を突破し、こちらへと踏み込んできた敵の集団の、その最先端にいる猿の一体目がけて距離を詰め、静はその顔面目がけて魔力をたっぷりと込めた十手を叩きつける。
同時に発動するのは、敵との接触によって発動する暴風の技。
「――【突風斬】」
魔力を帯びた十手が猿の顔面にめり込んだ次の瞬間、込めた魔力に応じた激烈な魔力が炸裂して、眼前にいた敵たちが一斉に背後へと吹っ飛んでいく。
時間をかけて魔力を最大まで込めていた分、その威力は静が人体模型から受けていた時より数段勝る。場所が狭い連絡通路の中だったことも相まって、押し寄せていた敵の大半がなす術もなく通路の向こうへと押し戻され、体の小さい蝶などは暴風の威力だけでバラバラになって次々にその場で消滅していった。
フォーメーション【リセット】は、敵の集団に襲われ、距離を詰められた際にその距離をいったん元の離れた距離にまで戻すべく二人で話し合って決められたフォーメーションだ。元々【突風斬】自体が相手を吹き飛ばすことで間合いを離す効果があるのだが、今回のように複数の敵がまとめて襲ってきた際、竜昇が【光芒雷撃】の雷球で足止めをすることで、静に魔力を込める、言ってしまえば『溜め』の時間を取らせて、複数いる敵をまとめてぶっ飛ばしてしまおうという乱暴な作戦である。
そしてこの作戦の最大の肝は、相手との距離は単にリセットされるだけではなく、相手をふっ飛ばすことでリセットしているという点だ。
すなわち、単に初期の状態に戻ったというだけではなく、今の敵は暴風に吹き飛ばされたことで盛大にその態勢を崩している。
「今です。【ラッシュ】で一気に数を減らしましょう」
「了解――!!」
静の隣に竜昇が並び、同時に雷球が一斉に前面に押し出されて一斉に光条と化して敵に襲い掛かる。
フォーメーション【ラッシュ】はその名のとおり相手を連撃によって畳みかけるというものだ。二人がすぐそばで横並びになり、遠くの敵にあらん限りの遠距離攻撃を叩き込む。
竜昇が使うのは当然この敵にも有効で、六発同時に使用が可能な【光芒雷撃】。
そして静の場合は呪符による魔法も想定されていたが、この敵に対しては効果が無いことがわかっているので、この場でとるのは別の手段だ。
(――【鋼纏】)
ウェストポーチのベルト、そこに引っ掛けられていたボールペンの一本を引き抜いて、静はそこに金属コーティングの魔力を流す。
先の戦いで、投げ銭として使っていた古銭をすべて失ってしまった静だが、すでに先ほどの保健室でそれに代わる新たな投擲物を拝借していた。
静が投擲に使用すべく採用したのは、保健室の机のあちこちにあったボールペンだった。
特に手元の部分にクリップの付いたものを優先して選び、現在静は最初から自分が持っていた分と見つけた分を合わせて、合計七本のペンをクリップ部分をひっかける形でウェストポーチのベルトに差していた。正直言って心もとないにもほどがある装備品だが、それでもいくつかの技を組み合わせれば使えないこともない。
「――【
ダーツを投げるのと同じような要領で、金属コーティングしたボールペンを投げ放ったその瞬間、同時に追加した魔力がボールペンを巻き込んで渦を巻く。
棒状の物体をまっすぐに、しかもドリルのような回転と共に撃ち込む投擲技・【
本来投擲のためではないボールペンが、二つの技の力を借りて一直線に獲物の元へと襲い掛かり、電気でできたその体を貫いて中の骨、そして勾玉を撃ち抜き、粉砕する。
「集団から外れている個体はこちらで仕留めます。互情さんはとにかく相手が固まっているところに撃ち込んでください」
「わかった」
戦闘の中で敵の数が減るのを確認しながら、静は竜昇に指示を飛ばして自身もボールペンを引き抜いて再び投擲の態勢へと移っていく。
結局、二人が大校舎二階に集結していた敵をすべて倒しきるまでには、その後一分もかからなかった。
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