第7話

 小雨が降り続いている。そのしとしとと降る雨音に、尋貴の叫び声は余韻を残す事無く消えていった。

 ブレイドを握った私の手が、動かない。振りおろす事が、できなかった。

「理貴……」

 達也が、気遣うように私の名を呼ぶ。私は、手からブレイドを取り落とした。顔は、泣きそうになっていたかもしれない。

「無理だ……。私には……私は……」

 泣き事が口から一言出る度に、全身から力が抜けていく気がする。遂に私は膝を折り、がくりと地面に座り込んでしまった。

 すると、その様子にチャンスが巡ってきたと気付いたのだろう。怪人はよろめきながらも立ち上がり、銛を振り上げた。のろのろと首を巡らせて見れば、その切っ先は真っ直ぐに私の心臓部を狙っている。

「……っ!」

 すぐに、自分の危機に気が付いた。だが、身体が動かない。立ち上がれない。ブレイドを握れない。

「さっきはよくもやってくれたなぁ……。串刺しにして、頭から喰らってやるぁっ!!」

 怪人が、銛を振り下ろす。だが、身体はまだ動かない。

「理貴!!」

 智尋が、達也が、美菜が、吉野が、優介が、善太郎が、私の名を呼んだ。身に危険が迫っている時は周りがスローに見えると言うが、これだろうか。名を呼んだ皆が、鬼気迫る表情でこちらに駆け寄ろうとしているのが見えた。だが、遅い。私と怪人の距離は一メートルと離れていない。達也達が私を助ける前に、怪人の銛が私を貫くだろう。

「お母さんっ!!」

 尋貴の絶叫が聞こえた。すまない、尋貴。私は、尋貴の良い母親にはなれなかった……。

 そう、心の中で懺悔を始めた時だ。突如、私と怪人の間に細長い、チョークのような白銀色の筒が飛び込んできた。筒は地面に当たってカツンという音を立てると、白い煙をもうもうと噴き出した。

 呆然としているうちに煙はひいていく。そこにはいつの間にいなくなったのか怪人の姿は無く、代わりに怪人そっくりのフィギュアが一つ、転がっていた。

 助かった事への安堵と、何が起こったわからずにいる、困惑。この二つから全員が呆然としていると、遠くからコツコツ、というアスファルトを革靴で踏みしめる音が聞こえてきた。見れば、そこには近江長官の姿があった。基地でしか会った事の無い長官を外で……しかも戦いの現場で見るという事は、とても不思議な感じがした。

 長官は私の目の前まで来ると、怪人のフィギュアを拾い上げた。

「どうやら、間に合ったようだな……」

「ち……長官……!」

 長官の言葉でやっと我に返ったような顔をした達也が、何とか口に出した言葉はそれだけだった。長官は、達也には応えずに私の方を見る。

「答は、出たようだな……理貴」

 その言葉に、私は思わず目を背けた。変身している。なのに、戦えなかった。その事実が、私に重くのしかかる。

「はい……。ですが、例え尋貴に嫌われてでも街を守ると決めた筈なのに、トドメを刺す事ができなくて……。やはり私は、前線から退いた方が良いのかもしれません……」

 項垂れて言う私に、長官は苦笑して見せた。

「まぁ、待て。そんなに結論を急ぐ必要は無い。じゃなきゃ、折角の新兵器の意味が無くなるぞ」

「新兵器!?」

「どういう事ですか、長官!?」

 思わぬ言葉に、達也と吉野が素っ頓狂な声を上げた。すると長官は、懐から先ほどと同じ銀筒を一本取り出し、私達に見せてくれた。

「開発チームに完成を急がせていた物が、やっと出来上がったんだ。詳しい説明は後にするが、今試した感じでは効果も申し分無い。……これを使えば、もう君達が怪人達にトドメを刺す必要は無くなる。……命を奪わなくても済むようになるんだ」

 その長官の説明に、私達は皆眼を丸くした。

「じゃあ、理貴ちゃんは……!」

 美菜が、嬉しそうに長官に言った。すると、長官は頷いて言う。

「ああ。前線を退く必要は無い。それに……息子に嫌われる必要もな」

 ちらりと尋貴を見てから、長官は私に向き直った。そして、軽く敬礼して見せると、言った。

「そういう訳だ。これからも、街の平和の為に尽力してくれ、早坂理貴」

「は……はい!」

 そう言って私は立ち上がり、長官に向かって敬礼をした。だがその時、智尋だけは腑に落ちない顔をしていたのは何故だろう?

 雨は、いつの間にか止んでいた。



# # #



「弱った状態であの煙を浴びると、コールドスリープ状態に陥る……。元々はその辺の虫や動物だったのが遺伝子改造されてああなっているわけですから、スリープ中に再び遺伝子改造を施して元に戻せば害は無い……というわけですね」

 優介の言葉に、吉野が頷く。

「大本の問題の解決を先延ばしにしただけのように思えなくもないけど……確かに、あれなら怪人も戦闘員も殺さなくて済むわね」

「うん。あの時、理貴が怪人にトドメを刺せなかった時はどうなる事かと思ったよねぇ……」

 そう言って、善太郎はあの日とはまるで違う青い空を見上げた。

「けど、結局あの後、早坂家はどうなったんだろう?」

 頭をぽりぽりと掻き、首を傾げながら呟いた。それに、優介も同意するように頷いて見せる。

「ですよね。怪人を殺さなくなりましたし、戦う理由もわかりましたから尋貴君は納得したでしょうけど……智尋さんはそもそも、理貴さんが前線に立つ事自体を嫌っていたみたいですし……」

「子どもの尋貴君と違って、智尋さんは現場が危なくて死ぬかもしれないって事を知っているものね。奥さんがいつ死ぬかもわからない戦場で戦っているなんて、気が気じゃないと思うわ。正常な証拠よ」

 吉野が頷いて言った。すると、美菜も頷き、そして言う。

「うん、それなんだけどね。理貴ちゃん、智尋さんと約束したらしよ?」

「約束?」

 吉野が怪訝な顔をして呟くと、美菜は再び頷いた。

「うん。何かね、あの後……理貴ちゃんと智尋さんで、話し合いをしたんだって」

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