第4話
これは、後から智尋に聞いた話だ。
その日、仕事が早く終わった智尋は早々に帰宅し、家で泣きじゃくっていた尋貴を連れて散歩に出たらしい。手を繋いでゆっくりと公園を歩き、会話をしたと言う。
「そうかー……お母さんのお仕事、見ちゃったのか……」
「うん……」
暗い顔で頷く尋貴に、智尋は苦笑したらしい。私からすれば笑い話ではないのだが、良くも悪くもこれが智尋だ。よっぽどの事が無い限りは、いつでも笑顔を絶やさない。そこに惹かれて結婚したというのもあるので、この点ついて私はとやかく言う事はできないだろう。
「それで? お母さんの事、嫌いになっちゃったのか?」
「……うん……」
後にこの会話を知らされただけで三分間身動きが取れないほど落ち込んでしまったのはここだけの話だ。勿論、会話をした当時はその場に私がいない為、智尋と尋貴はどんどん会話を続けていった。
「じゃあ、どうすればまたお母さんの事を好きになれる?」
智尋の問いに、尋貴は少しだけ考えたそうだ。そして、消え入りそうなほど小さな声でこう言ったと言う。
「……お仕事、辞めて欲しいな。だって、お仕事だからお母さんは怪人を殺すんでしょ? 例え相手が怪人でも、誰かを殺すお母さんは嫌い。だから、お仕事を辞めてくれたらまた好きになれる……と思う」
「成程なぁ……。じゃあ、お母さんはお仕事を辞めれば尋貴に嫌われなくて済むのに、何でお仕事を続けてるんだろうな?」
「え?」
智尋の言葉に、尋貴は目を丸くした。そんな尋貴に、智尋は言葉を続けた。
「お母さんはな、好きで怪人を殺してるわけじゃない。それでなくたって、お母さんは尋貴の事が大好きで、尋貴に嫌われたくないって思ってる。なのにお仕事をいつまでも辞めないで戦っているのには、何か理由があるんだ。……尋貴は、その理由を訊こうと思ったか?」
「……ううん」
首を横に振った尋貴に、智尋は――本人が言うには――真剣な表情で言ったそうだ。
「じゃあ、お母さんの事を嫌っちゃ駄目だ。誰かを傷付けたり殺したりしちゃいけないように、理由も聞かないでその人の事を悪い人だと決め付けちゃ駄目だ」
「……よくわかんないよ……」
明らかに六歳児が理解できるレベル以上の話をする智尋に、尋貴は困惑して言った。だが、それでも智尋は言葉を続けたと言う。
「よくわからなくても、お母さんに会ったらまずは何でお母さんが仕事を辞めないでいるのか訊いてみろ。お母さんを嫌いになるかどうかは、それからだ」
理由が納得できないものであれば私を嫌っても良いのか、と、この話を聞いた時に私は智尋に詰め寄った。すると智尋は笑って
「だって、理貴は絶対に理由があって仕事を続けてるんだって思ってたし」
などと言うから敵わない。兎にも角にも、智尋に言われた尋貴は納得できないながらも頷いたらしい。
「……うん……」
尋貴がそう言った瞬間、まるで計ったようなタイミングで爆発音が聞こえたそうだ。更に後から聞いた話では、丁度この頃に基地内でエマージェンシーコールが鳴り響いていたらしい。
「なっ……何!?」
驚き戸惑う尋貴を宥めながら、智尋は苦々しげに呟いたようだ。
「怪人か……。この分だと、今日も理貴の帰りは遅くなるのかな……」
余談だが、我が家では帰りの早かった方が夕飯の支度をする事になっている。最近は怪人も多少レベルアップし始めた為、私の帰りが遅い日が続いていて智尋には申し訳ない限りだ。
「怪人? じゃあ、あそこにお母さんがいるの!?」
「ああ。……多分な」
頷く智尋に、尋貴は必死な表情で言ったらしい。
「止めないと! 止めなきゃ、お母さん、また怪人を殺しちゃうよ!?」
「無茶を言っちゃ駄目だ! お父さんや尋貴は、お母さんみたいに変身できないんだぞ? 変身できない人が言ったって、怪我をするだけだ」
滾々と説こうとする智尋に、尋貴はそれでも首を横に振ったと言う。
「でも! ボクはもうお母さんに誰も殺してほしくないんだよ! お母さんには、ボクの優しいお母さんでいて欲しいんだ!!」
その真剣な眼差しに、智尋は根負けしたらしい。
「尋貴……わかった。お父さんも、できればお母さんにこれ以上危険な仕事はして欲しくない。二人でお母さんを止めよう。止めて、お母さんにはお母さんになってもらおう」
「うん!」
尋貴は力強く頷き、二人は爆発のした方へと向かって歩き出したと言う。この話を聞いて、私が智尋を張り倒したのは言うまでも無い。
# # #
濛々と煙が立ち上っている。破壊され、瓦礫の山と化したオフィス街を、銛を持ち鎧を着込んだ、蜥蜴のような怪人が雑魚戦闘員の怪人達と共に跋扈していた。
「ひゃーっひゃっひゃひゃひゃひゃひゃあーっ!! 逃げろ! 泣き叫べ人間ども! このトカゲラス様の銛を恐れて、逃げ惑え!!」
典型的な悪役の台詞を吐きながら蜥蜴怪人――もといトカゲラスが高笑いをしていた、その時だ。
「そこまでだ!!」
「!?」
どこからともなく声が聞こえ、トカゲラスは辺りを見渡した。見れば、ひと際高い瓦礫の山の上に、達也達五人が立ち並び、めいめいにトカゲラスを睨み付けている。
「何者だ!? 俺様の邪魔をするんじゃねぇっ!!」
怒って叫ぶトカゲラスに、達也はニッと笑って見せた。そして、スッと左腕を掲げ、そこに装着されたブレスレットを一撫でして見せる。
「何者なのかはすぐにわかるさ。皆! 変身だ!!」
達也の掛け声に、全員が「おう!」と頷き、揃いの構えポーズを取る。左腕のブレスレットを掲げ、敵を睨み付けながら変身のキーワードを唱えた。
「武装強化! モード・ガーディアン、アドベント!!」
叫ぶと同時にまばゆい光が五人を包み、一瞬後には全員が色違いのバトルスーツに身を包んでいる。勿論、公務員の情報開示義務の為、頭部はクリアーのメットを装着している。その姿を目の当たりにして、トカゲラスは驚き叫んだ。
「その姿は……まさか!」
その言葉にニッ、と不敵に微笑むと、達也達はそれぞれ決めポーズを取り、お約束の名乗りを上げ始めた。
「熱き守護者、レッドガーディアン・日向達也!」
「優しき守護者、ピンクガーディアン・安田美菜!」
「気高き守護者、ブルーガーディアン・水谷吉野!」
「強き守護者、イエローガーディアン・稲葉善太郎!」
「賢き守護者、グリーンガーディアン・木村優介!」
余談だが、理貴の名乗りは「静かなる守護者、ブラックガーディアン・早坂理貴」である。更に蛇足だが、結婚前は姓が小倉だった。
兎にも角にも名乗りを終えた五人は一旦決めポーズを解除し、そのまま全員が同じポーズを取り始めた。慣れているのか動きには淀みが無く、全員の顔に照れのような物は微塵も無い。
「悲鳴を好む悪しき奴らに、街の平和は渡さない! 特殊守護戦隊ストリートガーディアンズ、ただ今参上!!」
流石にテレビ番組ではない為、背後でトリの爆発は起こらない。だが、長年戦い続けた積み重ねによって、ストリートガーディアンズの名は怪人に脅威を覚えさせるには充分なものになっていたのだろう。
「チッ……出て来い、ザコーズ!」
トカゲラスは手にした銛を大きく振り、何処へともなく呼びかけた。すると、何処からか雑魚怪人達が出現し、一斉に達也達に襲い掛かった。
達也達は腰からブレイドやガンをめいめいに抜き放ち、それを迎え撃つ態勢を整えた。
「皆、いくぞ! 理貴の分まで頑張るんだ!」
「うん! 理貴ちゃんが、答を選べるようにしないとね!」
達也の言葉に美菜が頷き、残る三人も無言で頷いた。そして全員が、怪人達と戦うべく瓦礫の山を駆け降りた。降り続ける雨を振り払い、水溜りを気にする事無く駆け抜ける五人の掛け声が、辺り一面に木霊する。
「うぉぉぉぉっ!!」
次の瞬間、達也達と怪人の群れはぶつかり合い、あっという間にその場は混戦模様と化した。
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